#16

 

 演習中の父親を無断で奇襲などと、どさくさ紛れにとんでもない事をカミングアウトした主君に、「ええっ!?」と驚きの声を上げたのはランだった。ノヴァルナに随伴してもう一隻の駆逐艦に突撃しながらも、詰問する。


「ノっ! ノヴァルナ様! この前の演習でのあの奇襲、事前にヒディラス様から許可を得られていたのでは、ないのですか!!??」


「得られてねーよ、んなもん。言ったら奇襲になんねーだろが」


 目前に迫る駆逐艦からの激しい迎撃砲火もどこ吹く風。ノヴァルナは乗り慣れないはずのASGULを、巧みに操ってビームをかわしながらとぼけた声で応じる。


「それはそう…いや、そういう話ではありません!」


 どうやらランもその時の奇襲に加わっていたらしく、しかもてっきり許可を得た上での行動だと思っていたようであった。ただ文句を言いはするが、やはりノヴァルナ同様、目指す駆逐艦からの迎撃砲火をものともしないのはさすがで、その技量について行けないキノッサは舌を巻く。


“この連中の言ってる事とやってる事…こりゃやっぱり、エラいとこに就職しちまったぞ…”


 キノッサがそう思っているうちにも、艦首にノヴァルナとランの襲撃を受けた二隻目の駆逐艦も、強制的な回避行動で『ビッグ・マム』の追撃コースから外れる。すぐにコースを戻せばいいと思われがちだが、それぞれが秒速何万キロもの速度で移動している世界の話であって、再計算の間にも『ビッグ・マム』との距離は大きくなるのである。


 だが問題は敵の旗艦である『ジルミレル』だ。重巡航艦にはそのような脅しまがいの戦法は通用しない。『ジルミレル』はあらぬ方向を向いた二隻の駆逐艦を、押し退けるようにして直進して来ると、『ビッグ・マム』に向けて三連装の主砲塔群からビームを放った。

 ビームは『ビッグ・マム』の右舷を掠め、外殻を船尾から船首まで一直線にえぐり取る。バリバリバリと耳をつんざく、雷鳴のような音と激しい衝撃が『ビッグ・マム』の船内中に伝わり、駆逐艦の一撃が掠めた時とは比べものにならないほどの恐怖と混乱を、船倉居住区の民間人達に与えた。


「被害は!!?? 居住区は無事か!!??」動揺しきった声でヨッズダルガが尋ねる。


「右舷後部乗員室から前部機械室まで被弾! ですが船倉は無事です!」


 『ビッグ・マム』の被弾した箇所は、いずれも現在無人で死傷者は出ていない。ただ居住区となっている船倉の外壁部分からは僅か5メートルほど上で、間一髪と言ってよかった。スペースデブリとの衝突に対応するため外壁はかなり分厚いが、高エネルギーのビーム攻撃に耐えられるようなものではない。ヨッズダルガは歯ぎしりして命じた。


「クソッ! 仕方ねえ。待機中のASGULを出せ!」


 『ビッグ・マム』の上甲板の一部が開いて、二機のASGULが発進する。緊急の際に『ビッグ・マム』の直掩用として残しておいた機体だ。だがその間にも敵の重巡は、主砲の第二撃を放とうとした。


「やらせるかよっ!!」


 叫んだノヴァルナは、ASGULを『ジルミレル』の前方に回り込ませ、人型に変形してポジトロン・ランス(陽電子鑓)を、発射直前の主砲塔の一基目がけて投擲する。そして素早く楔型の機動形態に戻して飛び去った。

 砲口の周囲は発射に備えてエネルギーシールドが張られていない。ノヴァルナが投擲したポジトロン・ランスは砲口に突き刺さると、エネルギーを充填されていた主砲塔を暴発させた。『ジルミレル』の前部主砲群に火柱が上がり、複数ある残りの主砲を発射したものの、爆発の衝撃でビームは『ビッグ・マム』を僅かにそれる。


「ラン! キノッサ! 奴の魚雷の被弾箇所を攻撃しろ!!」


 機体を翻しながらノヴァルナは命じた。主砲の暴発で艦体が傾いた『ジルミレル』の、下側に潜り込んだランとキノッサは、人型に変形させたASGULの頭部にある、固定式ビーム砲を連射する。狙いは『ジルミレル』の下部、宇宙魚雷の被弾箇所だ。そこならエネルギーシールドは張られていない。

 機関砲のように連射されるランとキノッサのビームに、被弾箇所から火花と破片が飛び散り、小さな爆発が幾つも起きる。撃破されるほどのダメージではないが、それでも『ジルミレル』は回避行動を取らざるを得なかった。

 

 ただ『ジルミレル』にばかり関わっているわけにはいかない。衝突回避システムを逆手に取られ、コースを狂わされていた二隻の駆逐艦が、再び『ビッグ・マム』への攻撃体勢に入った。応援に駆けつけて来た『ビッグ・マム』の二機のASGULがそれに気付き、強引に仕掛けようとして、逆に二隻から十字砲火を浴びて砕け散る。


 しかしその二機のASGULの散華は全くの無駄ではなかった。照準と砲撃で駆逐艦の足が遅れた僅かな時間に、モルタナの率いる六隻の海賊船が間に合ったのだ。


「野郎ども! アツい奴をぶち込んでやりな!!」叫ぶモルタナ。


 六隻は陣形も速度もバラバラであったが、家族意識の強い彼等は、目の前で散った二機の仲間に怒りを滾らせ、駆逐艦に突撃する。

 海賊船の連装ブラストキャノンがそれぞれに火を噴き、二隻の駆逐艦を叩く。小口径のビーム程度でエネルギーシールドを簡単には貫けないが、それは承知の上―――狙いは射撃用センサーである。ブラストキャノンのビームとエネルギーシールドの反発によるプラズマ放射で、『ビッグ・マム』を照準しようとする射撃用センサーの精度を落とすのが目的だ。

 

 海賊船の猛撃に、たまらず回避しようとする駆逐艦は、上甲板に格納された対艦誘導弾を発射して来る。それでも海賊船は『ビッグ・マム』を撃たせないため、誘導弾を回避せず、CIWS(近接防御火器システムで)撃ち落としながら、駆逐艦を攻撃し続けた。すると海賊船の一隻が誘導弾を迎撃しきれず、一本を船体のど真ん中に喰らって爆発する。


「お嬢ーーーッ!!!!!!]


 通信機から聞こえる、自分を呼ぶ仲間の断末魔の絶叫に、モルタナは「ギリッ!」と歯を喰いしばってクロノメーターを見る。あと1分…予定ではあと1分だ。


“もう少し! あと少しだけ…”




 ところがそんな思いを打ち砕くように、彼等の元に急速接近するものがあった。


「ノヴァルナァァァァァァァーーーーーッッッ!!!!!!!!」


 禍々しい怒声とともに飛来したカダールの『セイランCV』だ。護衛のBSI『シデン』を引き連れ、距離を詰めて来ると超電磁ライフルを撃ち放つ。


「チッ! ったく、商売繁盛だぜ!」


 ノヴァルナは舌打ちしながら、機体を細かい動きが可能な人型に変形してスクロールさせ、カダールの一撃をかわした。カダールはさらに『セイランCV』のQブレード(量子剣)を起動して、大上段から斬りかかって来る。そこに咄嗟に飛び込んだのは、ランのASGULだ。人型変形と同時に、カダールのQブレードをポジトロン・ランスの穂先で受け止め、激しい火花を散らす。


「ノヴァルナ様! 間もなく時間です。お下がりください!」


「ラン!」


「ここは私が!」


 我が身を盾にノヴァルナを守ろうとするラン。しかし彼女の乗るASGULでは、カダールの乗るBSHOの出力に足元も及ばない。


「貴様! いつもノヴァルナの元にいるフォクシア人の女だな。どけぃ! 宇宙ギツネが!!」


 ランとも面識があるらしいカダールは、フォクシア星人に対する侮蔑の言葉を吐き捨てるように言い放ち、ランのASGULを軽々と撥ねのけた。だがそれで正面がガラ空きとなった『セイランCV』に、ノヴァルナ機の固定式ビーム砲が放たれる。胸部から左肩にビームの着弾が走り、ウォーダ家の家紋を消したショルダーシールドの接合部に小爆発が発生した。


「おのれ、ナグヤのガキがァッ!」


 罵りながら体勢を立て直したカダールの振り抜くQブレードが、ノヴァルナの機体の右腕を斬り撥ねる。歯を喰いしばって後退するノヴァルナに、カダールは哄笑を浴びせた。


「クハハハハハハ! その程度か!」


 ノヴァルナはカダールの嘲りを無視し、クロノメーターに目をやった。時間だ。だがまだ何も起こらない。周囲の宇宙空間に視線を走らせ、眉間に皺を寄せる。


“何をやってやがる!”


 そこにようやく、カダールらに振り切られた『ホロウシュ』と『クーギス党』の攻撃艇が、追い付いて来た。ただそれはノヴァルナが待ち望んでいるものとは別である。


「ノヴァルナ様!」


 ダメージを受けたノヴァルナの機体を見て、三人の『ホロウシュ』は頭に血を昇らせ、『セイランCV』へ突撃する。だがその『セイランCV』との間に、護衛の『シデン』が立ちはだかって超電磁ライフルを連射した。旧式のASGULでは逃れるのがやっとだ。


「くそっ! せめてこっちもBSIだったらよぉ!!」


 ヤーグマーは苦々しく言い放って操縦桿を倒し、回避行動を取った。


 一方のモルタナ達も敵の艦隊を引き留めるのは、もはや限界であった。駆逐艦の砲撃がまた一隻の海賊船を粉微塵にする。二隻の駆逐艦は目標を海賊船に切り替えたようだ。

 

 そして艦隊旗艦の『ジルミレル』は、『ホロウシュ』達と共に追いついて来た、攻撃艇の一機を迎撃砲火で叩き落しながら主砲を放つ。その高エネルギービームは必死に回避運動する『ビッグ・マム』の船首上部を斜めに貫き、大穴を開けた。しかもモルタナの海賊船のセンサーによると、『リトル・ダディ』の自爆で混乱に陥ったロッガ家の別働隊も、ついにこちらへ向かいつつある。


 ノヴァルナと同じようにクロノメーターに目をやったモルタナは、予定された時間プラス12秒となった表示に、臍を噛む思いだった。時間キッカリを望んでいたわけではないが、追い詰められていく状況が焦燥感を煽る。

 海賊船の連装ブラストキャノンは発砲を続けるが、駆逐艦のエネルギーシールドはまだ破れない。攻撃艇が『ジルミレル』に向けて対艦誘導弾を放つものの、誘導弾はCIWSに撃ち落とされ、その攻撃艇も接近し過ぎてビームを喰らい、四散する。

「ナグヤのにーさん、まだかい!?…あたいは、こんな焦らしプレイは好みじゃないよ!」


 口では冗談めかしつつも、真剣な眼差しを向けるモルタナの視線の先で、カダールの繰り出すQブレードの斬撃をかわしながら、ノヴァルナは悪態をついた。


「あの野郎ども、ふざけやがって! もう十秒以内に来ねぇと、あとで全員ぶん殴る!」






 するとその声が聞こえたのだろうか―――






 ノヴァルナ達が戦っている宇宙空間の真ん中に、突如として真っ白な輝きが大きく広がり、やがてそれが消滅すると超空間転移用のワームホール、『虚空界面』が発生する。


 そしてその『虚空界面』の中から、今しがたノヴァルナに“もう十秒以内に来ねぇとあとで全員ぶん殴る”と言われた、“あの野郎ども”―――全長が七百メートルを超える、巨大な宇宙戦艦が出現したのである。




「!!!!!!!!!!!!」




 目の前に超空間転移して来た超巨大戦艦の威容に、イル・ワークラン=ウォーダ家のカダールも配下の兵も、またロッガ家から派遣されたコバック=ベルカン達も一瞬、頭の中が空白となって思考停止に陥った。超巨大戦艦の舷側にはオ・ワーリ宙域星大名ウォーダ家の家紋、『流星揚羽蝶』が堂々と描かれている。


 巨大な戦艦は『クーギス党』の母船『ビッグ・マム』と、イル・ワークラン=ウォーダ軍の重巡『ジルミレル』の間に、悠々と割って入って来た。


「かは!…ひ…あ…」


 『ジルミレル』の艦橋ではカダールの側近が艦長席で腰を抜かし、椅子からずり落ちそうになりながら、意味不明の言葉を呟いて戦艦を見上げている。そこに追い打ちをかけるように、オペレーターが震える声で戦艦の艦籍照合結果を報告した。


「ナッ!…ナグヤ=ウォーダ軍第2艦隊旗艦! 宇宙戦艦『ヒテン』です!!!!」


 それはノヴァルナ・ダン=ウォーダの専用宇宙戦艦の名であった。



▶#17につづく

 

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