#05

 

 静かではあるが堅い意志を感じさせるランの言葉に、モルタナはむしろ悪戯っぽい微笑みを見せ、問い質す。


「いわゆる大義ってヤツかい。だけどさ…あんた自身はどうなのさ?」


「わ…私自身?それはどういう…」


「まーたとぼけてー。オンナってのは、理屈だけで動く生き物じゃないでしょ?」


「い、言ってる意味がわかりま―――」


「許したんでしょ?あの若様に」


「!!!!!!」


 さりげなく本陣に切り込まれ、ランは絶句した。見開いた双眸に、二年前の記憶が蘇る………

 あまりに不躾なモルタナに、怒声を発そうかと思う。しかしそう反応する事が、すでに自分が敗北した証であると気付いたランは、ふうっと大きく息をついて、伏し目がちに自分の想いを吐露した。



誰にも言えない秘密……悪夢のような初陣からともに生還し、傷ついた本当の心がむき出しになって嗚咽する、年下の主君を抱き締めた夜の出来事………




私だけのノヴァルナ様だったひととき………


そこにはフォクシア人の誇りも……


『ホロウシュ』の使命もなく……


私はただ“このひとを守りたい”と思った………


だけど………




「…たとえそうだったとしても、私は私に対する今以上を、ノヴァルナ様に求めはしません」


「どうして?」


 尋ねられたランは視線を、相変わらず『クーギス党』の整備士達と屈託なく笑い合うノヴァルナに向け、少し寂しそうな笑顔を浮かべて応える。


「あの方の隣には、あの方と同じものが見える方がふさわしいんです…私には見れないものを見る事が出来る、もっと高みを目指せる、ノヴァルナ様になってほしいから」


 それを聞いたモルタナは軽く天を仰ぎ、やれやれといった様子で告げた。


「なーんだ。結局のところはベタ惚れじゃん」


 するとランは生真面目な性格には珍しく、冗談めかしてモルタナの言葉に応じる。


「だって女は理屈だけでは動かないもんでしょ?わかったら、もう私の事はあきらめてください」


「やーだねー。あたいもそんなあんたに、ますます惚れちまったよ!」


 それに対し今度はランが、やれやれといった表情で首を振った。とその時、モルタナはふと船倉の向こう側の片隅に何かを見つけ、目で追いながら話題を変える。


「ところでさ、そのフォクシア人の名誉だっけ?それにこだわるあんたの親父さんて、どんな人?」


 思わぬ話題の切り替えに、ランは「私の父ですか?」と小首を傾げ、少し考えをまとめてから応える。


「名前はカーナル・サンザー=フォレスタ。ノヴァルナ様配下のナグヤ=ウォーダ軍第2宇宙艦隊で、BSI部隊の総指揮官をしています。360度どこから見ても、軍人といった感じですね。私が生まれる前から、生まれた子供は全てウォーダの兵として生きて、死ぬよう決めていたとかで、最初に生まれたのが女の私だったため、複雑な心境だったようです」


「ふーん。ウチの親父とは、やっぱ全然違うね」


 そう言ってモルタナは顎をしゃくり、ランにも視線をやるよう促した。その先の船倉の片隅には、彼女の父親で『クーギス党』頭領のヨッズダルガがいて、宇宙攻撃艇の陰から、整備員や兵士達と盛り上がるノヴァルナの様子を、サイボーグの大きな図体を小さくしてコソコソと窺っている。今しがたモルタナが見つけたのは、そんなヨッズダルガの姿だったのだ。


 どうやらヨッズダルガはここに来て、ようやくノヴァルナと和解する気になったらしいが、これまで散々罵っていた事が気まずく、声を掛けられずにいるようだ。その光景にモルタナは呆れたように言い放つ。


「はん!何やってんだか…いったいどこの乙女だよ」


 その言い草に生真面目なランも、さすがに吹き出さずにはいられなかった。


「あははははは…ひどい」


「ったく…変に気の小さいところがあるんだから」


「でも、いいお父様だと思いますよ。今の世の中、義理だけで水棲ラペジラル人を、助けようとしておられるんですから」


「まぁ、あたいらは元来が海の上の船乗りだからね。義理人情は生きるに欠かせないもんさ」


「でも貴女方は、シズマ恒星群の独立管領だったんでしょ?」


「叔父さんはね。ウチは親父が早くに家督継承権を放棄して、親戚のやってた水産会社を継いだんだ。十三人衆があんな事にならなきゃ、今でも宇宙に出る事すらなく、惑星ディーンで一日中、十メートル級のダイオウマグロを追っかけて暮らしてたはずさ」


 シズマ恒星群を治めていた独立管領十三人衆が、イーセ宙域星大名キルバルター家に凋落され、独立を貫こうとしたモルタナの叔父との間で内乱を起こし、叔父は戦死。後をモルタナの父ヨッズダルガが継いだのは、以前にノヴァルナと共に聞いた話である。

 

「…とは言え、元々独立管領を継ぐ才能がなかったから、さっさと水産会社の社長に収まってたのが、仕方なしに『クーギス党』の頭領だからね。あたいもついてるとは言え、実際には中小企業の社長に、いきなり大企業の社長の座が与えられたみたいなもんで、頭の痛い話さ」


 肩をすくめるモルタナにランは微笑んで、ふとした疑問を投げかけた。


「でもどうして…貴女達まで全員、今度の作戦に参加するんです?ノヴァルナ様は志願者だけを募ったはずなのに」


 明後日に予定される、MD-36521星系での戦いはこちらが圧倒的に不利であり、そのためノヴァルナは『クーギス党』に対しては、ASGULをはじめとする兵器の借用と、志願者のみを求めた。そしてその他の者は兵も含め、後方に下がっているよう告げたのだが、『クーギス党』は全戦力を供出し、本拠地母船『ビッグ・マム』は戦闘に加わらないものの、同じ星系内まで同行する事を訴えたのである。


 ランの質問にモルタナは船倉の天井を見上げ、少し間を置いて苦笑交じりに応えた。


「ここいらでそろそろ、あたいらも決着をつけようと思ったのさ…あんたらと出逢ったのが、ちょうどいい機会だしね」


「決着…?」


「あたいらの母船…あんたも見ての通り、ボロボロだろ?」


「………」


「シズマ恒星群を逃げ出して二十年。その間、ドック入りも出来ず、航行しながら修理や整備をして来たけど、もう限界が近くてね。いつ外壁に大穴が空いたり、対消滅炉が暴走して吹っ飛んだりしてもおかしくはないんだよ」


「だからと言って…」


 ランが困惑した表情で言いかけるが、モルタナは首を振ってそれを押し留める。


「それに見たろ?コンテナで休眠状態のままの、千人以上の水棲ラペジラル人」


「え…ええ」


「なぜあのままなのか、わかる?」


「いいえ…」


「起こしてやっても、あたいらでは新しく住める海洋惑星を、用意してやれないからさ」


 そう言ってモルタナは乾いた笑い声を漏らし、自嘲気味に言葉を続ける。


「ハハハ…後先考えずに取りあえず助けておいて、結局はもてあますなんざ…とんだ義賊様だと思わないかい?」


「………」


 告げる言葉が見つからないランに、モルタナはため息混じりに言い捨てた。


「最初からわかってた事さ。最初からね…」


 モルタナの言った事は冷然たる現実であった。

 

 シズマ恒星群を逃げ出しても、この中立宙域以外の周りは全て、どこかの星大名の支配する宙域である。いずれかの星大名の庇護を受けようとしても、イーセ宙域の星大名キルバルター家との因縁を知られれば、捕らえられた上で、取引の材料にされる可能性が高い。

 またそれを拒み、独立不帰の意思を貫いて、シグシーマ銀河系辺境に新天地を求めるにしても、そのためには複数の星大名の領域を突破せねばならず、無謀以外の何物でもない。

 結局のところ『クーギス党』のやっていた事は、自分達の意地を通しているだけに過ぎなかったのだ。そしてそれは自分達も自覚していた行動であった。


「この二十年間奴らとやり合って、脱出した時の戦力も今では三分の一にまで減った…だからこれが最後の意地ってヤツさ」


 モルタナはさらに続ける。


「いまだに居心地は悪いけどさ、座っちまった独立管領の椅子だ…親父とあたいはけじめをつけさせてもらう。それと引き換えなら、非戦闘員の連中の命ぐらいは助かるだろう」


「え…ええ…」


 躊躇いがちに同意しながらも、ランはモルタナ達を“甘い”と思わざるを得なかった。

 おそらく『クーギス党』は今度の戦いを、その結果如何にかかわらず、最後の戦いにするつもりだろう。ヨッズダルガとモルタナは最後の意地を通したあと、いずれかの陣営に降り、自分達の命と引き換えに、残る一党の助命を求める気なのだ。

 しかしそれは甘い…義侠心溢れる『クーギス党』だが、心の中のどこかで同じものを敵に求めてしまっている。敵がわざわざ合同討伐艦隊を編成した時点で、そういったものを求めるのは、遅きに失した考えだ。




「モルタナさん」


 少し間を置き、あらたまって呼び掛けるランに、モルタナは「え、ひょっとして告白!?」と冗談を返したくなったが、自分を見詰めるランの眼差しの真摯さに、言葉を飲み込んだ。


「今からでも遅くありません。イーセの星大名、キルバルター家に降伏してはいかがですか?ノヴァルナ様は私が説得しますので」


 それに対しモルタナは一瞬ランを睨み付け、そっぽを向いて素っ気なく応える。


「お断りだね」


「モルタナさん!」


「そいつは出来ない相談ってやつさ」


「どうしてですか!? 少なくとも今回の敵の討伐艦隊には、キルバルター家は絡んでいません!彼等に降伏すれば…」

 

 説き伏せようとするランだが、全ての言葉を伝え終わらないうちに、モルタナは振り返って強い口調で言い放った。


「キルバルターのクソ野郎共は、母さんをあたいの目の前で殺したんだ!!!!」


「!!!!!!」


 モルタナの突然の言葉にランは息を呑み、顔色を失った。そのモルタナはうつむいて、陽気一辺倒だった彼女からは聞いた事のなかった、呪わしい震え声で吐き捨てる。


「それだけじゃない…館を襲って来た兵士達に…いとこのリーチェルお姉ちゃんも、母さんと一緒に…あのケダモノども!!」


 詳しい事は分からない…ただ言葉の端から、モルタナの母親と従姉に何が起きたのかは、ランにも想像はついた。


 おぞましい事だ。人々が銀河中を旅する知能を得た今でも、そのような惨劇が絶える事はない。

 ましてやそれが戦場であれば、実際に殺し合いをする末端の兵士個々にまで、完全に理性を求めるのは不可能な話だ。時にその知能は惑星の表面で棍棒を手にし、欲望を満たすため隣の集落を襲っていた頃と、大して変わらないレベルとなる。

 

 クーギス家が他のシズマ十三人衆や、キルバルター家と戦ったのは二十年前…当時のモルタナはまだ四歳だったという。

 子供の記憶は三歳からと言われるが、それとほぼ変わらない歳で、死というものをまだほとんど認識出来ないぐらいの子供に、トラウマとなるような記憶を刻み付けたのである。

 キルバルター家に対する憎しみの大きさ…それはおそらくモルタナだけでなく、彼女の父親をはじめとする『クーギス党』の共通認識である事は、彼女達から感じる家族意識を思えば、想像に余りある。


「ごっ…ごめんなさい!……」


 自分の方がモルタナさん以上に不躾だった…ランは不用意に彼女たちの心に踏み入ってしまった事を、素直に詫びた。

 モルタナは険しい表情のまま目を閉じ、左手で黒い前髪を掻き上げると、何かを飲み下すように顎を上に向かせる。そして大きく息を吐いて、両手で自分の頬をパチンと叩いた。


「あたいこそ、ごめん」


 振り向くモルタナは申し訳なさそうな笑顔を見せる。


「この前、あんたの若様に“簡単に泣き言を言うな”って叱られたの…忘れてたよ」


 それは前日、ロッガ家の秘密駐屯基地から妹達を奪い返して来たノヴァルナに、モルタナが弱音を吐きそうになった時の事だった。その時の言葉を思い出さなければ、この場でもっと取り乱していたかもしれない。


「…ったく、年下のくせに生意気な若様さ。あの口の利き方で言ってる事が、一々もっともなんだから」


 そう言うモルタナとランの眺める前で、ASGULの修理を終えたノヴァルナは、作業着の埃をはたきながら立ち上がり、整備士達に「んじゃ、俺、戻るわ」と告げた。「若様、おつかれッス」などと、すっかり打ち解けた口調で言葉を返されて、「おう!」と上機嫌で応える。

 そのうえでノヴァルナは、モルタナとランがいる機体の脇を通りかかったところで、とぼけた声で言い放った。


「ねーさんもランも、デートはほどほどになー」


 ランが焦って「わ、私はそんな趣味―――」と否定しかけるのを、モルタナの可愛い子ぶったわざとらしい声が遮る。


「やだぁ~見つかっちゃったー!噂になったらどうしよぉ~」


 するとノヴァルナは「それからな。ねーさん」とモルタナにビシリと指を差して、いつもの不敵な笑みで付け加えた。


「俺の博打に乗っかるんだったら、負けたあとの事なんざ考えなくていい!」


 もしかして今のランとの会話が、聞こえていたのか?…モルタナは一瞬あっけにとられた後、去って行くノヴァルナの後ろ姿に、苦笑を浮かべて頭を掻く。


「ったく…これだもの。なーにカッコつけてんだか。これじゃ深刻ぶってるあたいらが、馬鹿みたいじゃないか」


 とその直後、モルタナの見送る先で、ノヴァルナを待ち構えていたらしいヨッズダルガが、物陰から飛び出して来た。和解の声を掛けるチャンスだと思ったのだろう。しかしヨッズダルガが何かを言うより先に、ノヴァルナの方が胡散臭そうな表情で問い掛ける。


「あ?なんだオッサン。なんか用か?」


 その挑戦的な物言いに、「うっ!…」とたじろいだヨッズダルガは、巨体をクルリと回して背を向け、天井を見上げて言い捨てた。


「べっ!別に何でもないわい!!」


 ノヴァルナは頭の上に、“?”マークを浮かばせたように首を傾げると、ヨッズダルガを放置して無言で立ち去る。そんな光景を見せられたモルタナは「おえ…」と呻いて肩を落とした。さすがにこれは食傷気味だ。


「乙女の次はツンデレかい…やめてよ。今晩、夢に出て来たりしたら、どーすんのさ…」


 一方その隣で硬直しているランはそれどころではなく、自分の本当の気持ちをノヴァルナに聞かれたかも知れない事態に、青くなったり赤くなったりを繰り返していた………




▶#06につづく

 

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