#04

 

 遥か遠く、青白い恒星を望む宇宙空間に、大きさの異なるタンカーが超空間転移して来る。『クーギス党』の移動本拠地の巨大タンカーと、打撃母艦代わりの中型タンカーである。


 巨大タンカーの方は『ビッグ・マム』、中型タンカーの方は『リトル・ダディ』と名付けられていた。

 目的地のMD-36521星系まではまだかなりの距離があるが、一回の転移距離は推進機の性能にもよるものの、ほぼ130光年が限界のため通常空間に戻ったのだ。

 そしてここからまた推進機の点検と整備、重力子チャージを行って、数時間後に転移を行う。恒星間航行も決して、イメージほど便利で楽なものではない。




 打撃母艦『リトル・ダディ』の艦内では、乗り慣れないASGULでシミュレーションを終えたラン・マリュウ=フォレスタが、コクピットのハッチを開けて身を乗り出した。


 一般兵向き簡易BSIユニットの、ASGUL(Aerospace Strategy General Unit of Legionnaire)は、BSIユニットと宇宙攻撃艇の中間的存在で、人型に変形出来る楔形の機体を持っている。

 ただ人型に変形出来ると言えばカッコイイが、実際にはほぼ完全な人型であるBSIや、さらにその上位機種のBSHOとは違い、楔形の機体から手足状のマニュピレーターが生えた、人型と言うより、蛙か亀に近い形状となる。

 また人型に変形するとBSIユニット同様、格闘用武装を使用した複雑な戦闘行動は可能だが、機動性や防御力が極端に低下するのが難点であった。

 そしてAerospaceの文字が示す通り、これはほぼ宇宙用の機体であって、地上で使おうものなら、鈍重すぎて戦車のいい的にしかならない。


 しかも機体のサイズ上、BSIユニットのような搭乗者のNNLとリンクさせた、四肢感覚制御システムも搭載されておらず、反射的行動力はBSIユニットに比べるべくもない。


 一般的にBSIユニットとASGULのキルレシオ(撃墜対被撃墜比率)は、無条件の宇宙空間で1対15.6とされており、BSIユニット1機を撃破するためにASGULが、15.6機も撃破されるという不利さである。

 これがさらに上位の将官用完全カスタマイズ機種、BSHOが相手となると、1対34.9にまで跳ね上がる。数を頼む以外にまともに戦って勝ち目はない。

 

 ASGULの楔形の機体の縁に腰を下ろし、ヘルメットを脱いだランは、しな垂れ落ちるオレンジ色の長い髪をふわりと振りさばいた。


“ヘルメットを被る事になるんだったら、髪留めを持って来ればよかった…”


 朝からシミュレーションを繰り返した手足に、さすがに疲労感を覚えながら、ランは『リトル・ダディ』の船倉で自分の左側に並んだ、四機のASGULを眺める。そのどれもが先端部に、鮫を意匠した目口が描かれていた。


“そう言えばノヴァルナ様…普段はあんなに派手好きなのに、ご自分のBSHOには絶対、ああいうのお描きにならないのね…どうしてかしら?”


 思考がノヴァルナに向いたランは、今度は右側のASGULに目をやる。その機体の下では、床に胡坐をかいたノヴァルナが、『クーギス党』の整備士達と一緒になって、笑顔交じりに重力子コンバーターの修理をやっていた。


 予定されるイル・ワークラン=ウォーダ/ロッガの合同部隊との戦いでは、戦力的には圧倒的に不利であった。ノヴァルナの立てた作戦が不発に終われば全滅の可能性が高い。危険な賭けであり、ノヴァルナも脆弱極まりないこのASGULで出撃し、陣頭指揮を執ると言って聞かない。


“明後日の戦いではこの身にかえて、必ずやノヴァルナ様をお守りする……”


 主君を見詰めるランが自分自身にそう告げて、口元を引き締めると、疲れた体が僅かばかりに喉の渇きを訴えた。

 とその時、人の気配を感じたランは、狐と似た耳をピクリと震わせ、肩越しに振り向く。すると同時に、よく冷えた飲み物のスクイズボトルが差し出された。


「あ、どうも…」


 完璧なタイミングにランは反射的にボトルを受け取り、渡してくれた相手を見る。そしてギョッ!と肩を跳ねさせた。そこにいたのは、『クーギス党』の女副頭領であるモルタナ=クーギスだったのだ。オレンジ色がかった肌の健康そうなモルタナは、満面の笑みでランに近付いた。


「おつかれー」


「あ…ありがとうございます…」


 モルタナから出逢ってすぐ、自分に好意以上のものを感じている事を告白されたランは、引き攣り気味の笑顔を返しながら、座ったまま後ずさりする。その姿にモルタナは「ハハハハッ」と陽気な笑い声を上げた。


「いーじゃん。逃げなくても」


「べ…別にそんな事は」


「尻尾さわってもいい?」


「絶対ダメです」


 ランのつれない態度もお構いなしに、モルタナは身を乗り出して、コクピットの縁に体を預けた。彼女の視線の先には、ランが見ていたノヴァルナの姿がある。


「ホント、変な若様だねぇ…」


 モルタナの穏やかな口調が、ノヴァルナを貶める言葉ではない事を言い表していた。その“変な若様”の周りでは、いつの間にか他の整備士や、『クーギス党』の兵士達まで集まって来ている。全員が笑い顔だ。

 すると盛り上がって来たノヴァルナは、大げさな身振りで何かを伝え、最後は自分を指差して、「――それ、俺だし!」と大声でオチをつけた。周囲の者達がドッ!と大爆笑する。


「ハハハ。ウチの連中と、もうあんなに仲良くなっちまって…まるで元から、ここにいたみたいじゃないか」


 目を細めるモルタナに、ランも同調して言う。


「ノヴァルナ様は、街の人や城の人の評判はあんなだけど、前線の兵達には人気なんですよ」


「うん。ああゆうタイプはそうだろね」


 頷いたモルタナは、視線をランに向けて言葉を続けた。


「…で?あんたはその人気者の若様を守るため、ずっとシミュレーションでASGULの特訓てわけかい」


「時間が少しでも惜しいので…」


「愛しいひとのためなら、命懸けか…妬けちゃうね」


 冗談めかして言うモルタナに、生真面目なランは赤面して目を泳がせ、「わ…私はそんな…」と応じる。そして泳がせていた視線を、再びノヴァルナへと送った。


「私は…フォクシア人の私と一族を信頼して下さる、ノヴァルナ様のご器量に報いたいだけです」


「ふーん。なんかワケ有りっぽいね…よかったら聞かせてよ」




 モルタナに求められ、ランが応えたのは、自分達フォクシア星人についての偏見であった。


 狐のそれと似た耳と尻尾を持つフォクシア星人は、他の銀河皇国民からしばしば“宇宙ギツネ”と呼ばれる事がある。

 それは無論、この狐の耳と尻尾が由来ではあるが、実際に使われる時は、“ずる賢い奴”“信用ならない奴”という侮蔑の意味合いが、強く含まれているのだ。


 フォクシア星人はヤヴァルト銀河皇国に比較的早期から参加していた種族であり、惑星国家フォクシスは公国制を布き、元首たる公王は銀河皇国の有力貴族でもあった。元来、種族的思考が優柔不断で日和見主義者と思われていた彼等だが、その評価がある時から嫌悪を伴うものとなる。約二百年前に起きたモルンゴール帝国との戦争である。


 この戦争でフォクシア星人は、最初に銀河皇国を裏切ってモルンゴール帝国に寝返り、最後にモルンゴール帝国を裏切って銀河皇国に寝返った。

 これが緒戦で銀河皇国に大損害をもたらし、最終決戦でモルンゴール帝国の不要な滅亡を招いて、双方から呪われる存在となったのである。


 その歴史が元で、今の時代になってもフォクシア星人を、何かにつけ“裏切るかも知れない”“重用してはならない”という色眼鏡で見る人間が多い。


「私達、フォレスタ家は自分達に対するそんな目の中、以前は隣国ミノネリラの旧領主、トキの一族に仕えていました」


 ランが口にしたトキの一族とは、現在のミノネリラ宙域の星大名、サイドゥ家によってその地位を逐われた元宙域総督で、皇国貴族だった。


「トキ様の元での待遇は、決して良いものとは言えず、祖父の代に、兄弟が不和となったトキ家への諫言を逆に咎められた我が一族は、見切りをつけてオ・ワーリに移り住み、ノヴァルナ様のお父上のヒディラス様に仕え始めたのです」


 そう言うランの口調は明るいものではない。


「祖父の諫言を聞き入れる事無く、ついには内紛を起こしたトキの一族は、重臣のドゥ・ザン=サイドゥにつけ込まれ、最後は国を乗っ取られてしまいました。そしてオ・ワーリに移り住んだ私達は、今言ったフォクシア人に対する視線に晒されたのです。事情を知るヒディラス様はそうでもなかったのですが、古くからの家臣の方々からは、“主君を見捨てた”とか“サイドゥ家のスパイなのではないか”といった言葉を…」


 政治的な話はともかく、モルタナはランの心情は理解する事が出来た。時に力のある者に身を寄せ、生き延びて栄達を目指すのは、この時代でもよくある話である。ましてや一族の興亡がかかる星大名や、武将達にとっては当たり前の行為だ。

 それがラン達がフォクシア星人であるというだけで、同じ事をしても“卑怯者”“裏切者”と、聞こえるほどの“陰口”を叩かれたであろう事は、想像に難くなかった。

 ただランの一族が望んでいるのは、保身や栄達とは少し違うようである。


「私達は家名よりも、フォクシア人としての名誉を取り戻したい。フォクシア人にも忠義に生き、忠義に死ぬ者がいるという事を知って欲しい。それが私と、私の父…いえ、隠居した祖父をはじめとする我がフォレスタ家、代々の望みなんです」



▶#05につづく

 

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