#02

 

 空港から出発したノヴァルナと二人の妹、三人が乗り込んだのはリムジンである。

 その前を先導するニ台のSPの車…そこまでは星大名の一族らしくていい。


 しかしその後ろは目茶苦茶だ。反重力バイクに乗った『ホロゥシュ』達が、まるで田舎の暴走族のように、群れをなしてついて来ていたのだ。

 しかも『ホロゥシュ』達は皆、バイクの後部に皇国公用語で“名君主ノヴァルナ”やら“戦神ノヴァルナ”などと書かれた、赤や青の幟を差している上、先程の空港でフェアンとマリーナを出迎えた時の、黒ずくめの着衣ではなく、様々な極彩色の作業着姿に着替えている。


 その違和感たっぷりの集団が、交差点の信号を全て自分達が優先するよう、青に変えながらナグヤのメインストリートを進んで行く。

 日頃から、ノヴァルナの奇行にうんざりしているナグヤの市民は、もはや批判的を通り越して、見放したような目で、その“大名行列”を眺めていた。




“やれやれ。また『カラッポ殿下』が、なにかやってるよ…”




“あれ、遊びに来た妹君のイチ様と、マリーナ様の出迎えだろ…お二人とも巻き添えにされて、お可哀相に…”




 沿道からはそういった小声のやり取りの他、視覚情報をNNLに保存する者もいる。おそらくSNSのシャベッターなどに投稿するつもりであり、またこの後のコミュニティーサイトが荒れる予感を生んだ。


 ただ外の批判や同情をよそに、ノヴァルナと二人の妹は、リムジンの中でもマイペースであった。


「兄様~、チョコ食べていい?」


 そう言ってフェアンは、高級なテーブルに置かれたカクテルグラスに入っている、小さな花の形のチョコレートに手を伸ばす。


「おう、そいつは惑星ランデンのカカオ使ってるから、旨いぞ。俺にも一つ取ってくれ」


「はあーい。マリーナ姉様も食べるぅ?」


「結構よ。それより兄上…」


「ん?」


「この車、ナグヤのお城とは、別方向に走っているように見受けますが…」


 窓の外の景色を見ながら、マリーナは尋ねた。空港からナグヤ城までは、ここに来る度に通るので、街なみに覚えがあるのだ。


「おう、わかったか」


 そう応じて頭を撫でてやろうとしたノヴァルナだったが、またフェアンが面倒な事になりそうなので、やめておく。


「せっかくだから、アイツも呼んでやろうと思ってな。ついでに迎えに行くのさ」


「アイツって?」


「トクルガルのイェルサスさ」





 ノヴァルナが妹達に立ち寄りを告げた、イェルサス=トクルガル…それはノヴァルナ達ウォーダ家が支配する、オ・ワーリ宙域に隣接した敵国、ミ・ガーワ宙域の星大名トクルガル家の嫡男で、現在15歳の少年だった。


 しかしなぜミ・ガーワの領主の嫡男が、敵であるオ・ワーリのナグヤにいるかといえば、実はイェルサス=トクルガルは、ウォーダ家の人質にされているからだ。

 ニ年前のヒディラス・ダン=ウォーダの侵攻の際、領域周辺部を訪問していたイェルサスは避難中を、護衛していた味方に裏切られ、ウォーダ家に差し出されたのであった。


 侵攻が終了して一週間後、ヒディラスはトクルガル家に次期当主の命と引き替えに、ナグヤ=ウォーダ家への従属を要求した。

 人質の命を利用するのは卑怯だと罵られそうだが、有力者同士が子弟を人質にして交渉するのは、この時代のこの世界では、政略結婚と並んで普通の事であった。


 しかしイェルサスの父親は、これを一顧だにせず拒否。


 怒ったヒディラスはイェルサスを殺害しようとしたのだが、なぜかそれにノヴァルナが『コイツは俺にくれ!』と横槍を入れ、助命したのだった。


 周囲の家臣達は首を傾げたが、ノヴァルナは「俺の初陣が勝利だと言うなら、コイツを褒美にくれ!なら俺はもう何も言わん!」と言い張った。

 ノヴァルナの初陣の勝利が、実は情報操作された悲惨なものであった事は、ウォーダ家中では公然の秘密であり、それでノヴァルナが納得するならば、とヒディラスも折れたのである。


 ただ周囲の者はノヴァルナの意図が読めず、ノヴァルナを嫌う者達は、この頃すでに傍若無人さを見せ始めていたノヴァルナが、いたぶって遊ぶためにイェルサスを引き取ったのだ、とさえ触れ回った。


 だがイェルサスを引き取ったノヴァルナは、危害を加えるどころか、ナグヤの街から離れたダクラワン湖のほとりにある、ナグヤ=ウォーダ家の別荘にイェルサスを住まわせ、使用人さえつけて面倒を見だしたのだった。しかも頻繁に遊びに付き合わせ、今や弟分扱いの親密ぶりである。


「お優しい兄上は、ともすればご自分が初陣で、人質にされていたかも知れぬ事を想われて、イェルサス殿を助命なされたのでしょう?」


 大人びた微笑みで問い質すマリーナに、ノヴァルナはとぼけた顔で、「さあな」と応じる。どうやらマリーナは、ノヴァルナの初陣の真実を、知っているようだ。

 

「えー?マリーナ姉様って、兄様の初陣の話、知ってたの?なんで言ってくれなかったのー!?」


 この前の傭兵達との戦いの時、『ホロゥシュ』のラン・マリュウ=フォレスタから、初めてノヴァルナの本当の初陣の様子を聞かされたフェアンは、マリーナがそれをすでに知っていた事が、不満そうだった。

 しかしマリーナは、冷めた口調で応じるだけである。


「あら。あなた私に、何も聞かなかったじゃない」


 フェアンは膨れっ面をして、リムジンのソファーの上で胡座をかいた。


「ぶー」


「そういうはしたない格好と、口の利き方をしては、いけません」


 窘めるマリーナだが、その口調はきついものではない。三人を乗せたリムジンは、『ホロゥシュ』の派手なバイクの一団を従え、ダクラワン湖を周回する高速道路のインターへ向かって行った………













―――同時刻。シナノーラン宙域ガルガシアマ星雲………




 水を湛えた水槽の中に、絵の具を溶いた着色水を絵筆で垂らし、雲や爆煙を創作する古い特撮技法がある。


 ガルガシアマ星雲は、まさにそんな特撮の雲が、漆黒の宇宙空間に漂っているように見えた。暗い紺と赤紫、そして僅かなオレンジ色のガスが入り混じりながら、3光年近い長さで河のように広がり、その中央部には、生まれたばかりの八つの恒星群が、強い光を放っている。


 それらはこれからさらに数億年かけて淘汰され、惑星を生み出し、新たな恒星系へと成長して行くであろう。




 だが今、その星雲はそこに会する人々に、死をもたらす場となっていた。




 単縦陣で星雲内を航行する、10隻の艦隊が右上舷へ転進した。編成は軽巡航艦2、駆逐艦8の宙雷戦隊だ。全ての艦の舷側には、五つの菱形が星を形作る『星金剛石』の家紋が描かれている。


「敵艦隊、反応は8。巡航艦級4、駆逐艦級4…針路253-022」


 タ・クェルダ軍第34宙雷戦隊旗艦である、軽巡航艦『アルルザ』の艦橋で、オペレーターの報告に戦隊司令は、敵に同航戦に持ち込まれた事を軽く舌打ちして、命令を発する。


「全艦、右砲雷撃戦用意」


 その言葉で艦長をはじめ、諸科の長が指示を出していく中、司令官席の斜め後に立つ参謀が、落ち着いた口調で尋ねる。


「敵はこちらの陽動を見抜いていた…という事でしょうか?」


「あるいは、向こうも同じ事を考えていたか…だな」

 

 戦隊司令は艦橋の宙に浮かぶ、戦術ホログラムディスプレイに目を向けながら、言葉を続けた。


「うちもウェルズーギの連中も、この膠着状態を打開するために、動いてる最中だからな。似たような手を考えてもおかしくはない」


 そう言っている間にも、戦術ディスプレイ上で、『連星二羽雀』の家紋マーキングが示す、敵のウェルズーギ艦隊がさらに距離を詰めて来る。と、その時、オペレーターの一人がやや声を上擦らせて報告した。


「敵方向より、発砲と思しき高エネルギー反応!目標本艦、着弾まで10秒!!マーク!!」


 艦長が緊急回避を命じ、艦橋のスクリーンに映る赤紫のガス星雲が、模様を渦巻かせる。その中をガスと反応し、小さな稲妻を纏いながら、緑色の曳光効果を与えられたビームが八本、真っ直ぐ突き進んで来た。

 回避運動が間に合い、ビームは傾いた旗艦の斜め上を通過する。


「この距離で砲撃だと!?」


 訝しげな表情で、司令官はビームが来た方向に目をやる。ただそれは反射的なものであって、その視界に敵の姿は認められない。


「これは…まさか!」


 呻くように言う、参謀の懸念を肯定するように、索敵オペレーターが緊張した声で告げる。


「新たな敵反応!探知方位78度プラス12、距離3万2千。戦艦級4、巡航艦級6、駆逐艦級10。針路312-0!」


 今の砲撃は、その戦艦のものに違いなかった。最初に発見した艦隊の向こう側にいたのだ。星雲ガスのせいで各艦の探知機能が低下しているため、発見が遅れたのである。


「敵戦艦群第二射!!着弾まで8秒…マーク!」


「回避運動急げ!」艦長が叫ぶ。


 手前の宙雷戦隊ならまだしも、向こうの戦艦戦隊は射程外であり、このままでは一方的に叩かれるだけだ。事実、今度の回避はギリギリで、至近を通過した敵ビームが、星雲ガスと反応して生じる稲妻で、旗艦を激しく揺さぶる。


「く…最初の艦隊は露払いか。退却する。艦隊針路280度マイナス5!本陣に報告急げ!」


 戦馴れしたタ・クェルダ軍の戦隊司令官は、己の不利に悪足掻きせず、戦力の保持を優先させるため、即時撤退を命じた………









 つい百年ほど前に核融合反応を起こしたばかりの恒星が放つ、青白い輝きに照らされ、二百隻を越える宇宙艦が緩やかなカーブを描き、六段になって並んでいる。ガルガシアマ星雲の“河岸”に布陣した、タ・クェルダ軍の中央艦隊…本陣である。

 

 壮観な眺めのタ・クェルダ軍本陣、その中心にあるひときわ巨大な艦が、総旗艦『リョウガイ』であった。


 劇場ほどもある広さの『リョウガイ』の艦橋内には、控えめな照明の中、百人近い人間が詰めている。

 その正面にはやはり劇場のスクリーンほどの大きさの、戦術ホログラムディスプレイが、ガルガシアマ星雲の両軍の戦力状況を映し出していた。

 鶴翼の陣形で布陣した、自軍タ・クェルダ宇宙艦隊二千に対し、敵ウェルズーギ宇宙艦隊は、千七百が傾斜陣形をとって対峙中だ。


 ただ前述した通りで、星雲ガスがセンサーの解析度を低下させ、全ての戦力状況が正確とは言えない。


 すると通信士官が艦橋中央の円卓に駆け寄り、会議中の武将の一人に小声で何かを報告する。頷くその武将に、艦橋前面を見据える位置に座る、偉丈夫から声が掛かった。


「何事か?バルバ」


 その声の主こそタ・クェルダ軍総帥、シーゲン・ハローヴ=タ・クェルダである。

 21歳でカイ宙域の星大名の座を父から奪い、隣接する広大なシナノーラン宙域へ侵攻を開始、28歳にしてほぼ平定し、“カイの虎”と恐れられた逞しい体の武人は、褐色の肌と金髪の掘りの深い顔と太い眉が、まさに虎のイメージに相応しい。


「は…我が配下の第34宙雷戦隊が、戦艦4を中心とした、敵の有力な打撃艦隊と遭遇した模様です」


 そう応えたのは、実力者揃いのタ・クェルダ家臣団の中でも秀でた、バルヴァ=バルバであった。

 バルバの言葉に頷いたシーゲンは、通信士官に顔を向け、直接尋ねる。


「場所は?」


「はっ、セクター17であります」


 硬い表情で返答した通信士官は、戦術ホログラムディスプレイに向き直った。NNLで脳とリンクさせてあるらしく、画面の該当位置に、ウェルズーギ家の家紋が浮かび、さらに拡大図と周辺情報が開く。報告の遭遇場所は鶴翼陣形の右翼前方だ。


「…ガスの濃度が高いな。一番確率の高い敵艦隊の予想針路は?」


 シーゲンの質問に応じ、ディスプレイ上に矢印が伸びていく。右翼の端を越えて、背後に回り込む針路であった。シーゲンは腕組みをして思案顔になり、続けて通信士官に尋ねる。


「その艦隊は、航宙母艦を伴っているのか?」


「いえ…現在のところ、確認出来ておりません」


 数機のBSIユニットや、その簡易型のASGULなら、戦艦や巡航艦にも搭載する事が出来る。だがそれはあくまでも補助戦力である。

 

 少し考える間を置いたのち、シーゲンは軽く言った。


「おそらくは、陽動に見せ掛けた基幹艦隊…に見せ掛けた、陽動だな」


 その言葉に円卓を囲む武将達が頷く。彼等のほとんどが、シーゲンの父の代からの歴戦の猛者であり、みな同じ所見のようであった。“カイの虎”シーゲンをして、「人は石垣、人は堀」と言わしめた、頼もしい面々だ。


「発見した艦隊には、今しばらく手を出さず、周辺セクターに索敵艇を増派せよ。母艦部隊がいなければ、大規模陽動だ」


 シーゲンに命じられ、通信士官は直立して「はっ!索敵艇増派を命じます」と復唱すると、走り去った。


 発見した敵の打撃群が本物の基幹艦隊ならば、後方に母艦部隊がいるはずである。傾斜陣を崩す以上、新たに戦線を形成・維持するだけの戦力が必要だからだ。

 だが母艦部隊がいないなら、こちらが迎撃艦隊の派遣に陣形を崩したところを狙って楔を打ち込むため、別行動をとっているに違いない。撹乱も兼ねた陣形分断には、BSIの大量投入が最適だからである。


 視線を円卓に戻したシーゲンは、武将達を見回して告げる。


「よし、打合わせはこれまでだ。言わずもがなだが各自、警戒を怠るな」


「ははっ」


 武将達は一斉に頭を下げると同時に、その姿を消滅させた。通信士官が耳打ちしたバルバをはじめ、シーゲン以外は円卓についていた全員がホログラムだったのだ。実際の当人達は、星雲内の所定の位置で、自らの旗艦に座乗しているという訳である。


 一人になったシーゲンは、NNLの画面を立ち上げ、呼び出したホログラムのスイッチに指先で触れた。するとシーゲンの前で円卓の一部が丸く開き、中からグラスと、ウイスキーの黒いボトルが迫り上がって来る。

 シーゲンはウイスキーをグラスに注ぎ、ひと口含んで舌触りと味わい、鼻腔から抜ける香りに、満足そうに口元を緩めた。


「戦術ディスプレイを肴に一人飲み…ですか?」


 男の声が背後から掛かり、シーゲンは椅子をゆっくりと回して振り向く。そこにいたのは二ヵ月前、傭兵達と戦ったノヴァルナの前に現れたミノネリラの浪人、ミディルツ・ヒュウム=アルケティであった。


 シーゲンは無言でニヤリと微笑み、自分の右隣りの席を、ウイスキーの残るグラスで指し示す。会釈したミディルツが、指定された椅子に座ると、シーゲンは再びNNLの画面を立ち上げ、円卓を操作して新しいグラスを用意した。

 

 新しいグラスにウイスキーを注いだシーゲンは、それをミディルツに手渡す。受け取ったミディルツは、シーゲンに向けてグラスを軽く掲げ、口に含むと、シーゲンと同じように、満足げな息を漏らした。


「良い品ですね」とミディルツ。


「1512年。ティルサルガ星系産だ」


「なるほど…ティルサルガはムーランガルミ家の領地でしたね」


「今は、俺の領地だがな」


 そう言って、シーゲンはウイスキーの入ったグラスを回す。中で揺れる琥珀色の液体が、夕暮れの海を連想させるようだ。


「おそらく…ケインの奴も今頃、同じ酒を飲んでるだろうさ」


 ケイン・ディン=ウェルズーギ…それがシーゲン・ハローヴ=タ・クェルダがこの戦場、ガルガシアマ星雲で戦っている敵の総司令官にして、軍神と呼ばれる、エティルゴア宙域国の星大名の名前だった。


 中規模の星大名が割拠していた、広大なシナノーラン宙域の中でも、最も有力であった宿敵ムーランガルミ家を追いやり、シナノーランのほぼ全域を手に入れたシーゲンの前に立ちはだかったのが、ケイン・ディン=ウェルズーギ率いる、隣国エティルゴアである。


 “正義の軍神”を称するケイン・ディンは、シナノーランから敗走したムーランガルミ家を受け入れ、領地回復の支援のため、シーゲンに宣戦布告したのだった。


「ケイン・ディン公も無類の愛飲家。ムーランガルミ殿の手土産の酒を、さぞ楽しんでおられるでしょうね」


「ムーランガルミの領地は、旨い酒を造る惑星ばかりだからな…ハッハッハ…俺達は旨い酒のために戦う、というわけだ」


 陽気な笑い声を交えるシーゲンであったが、その眼光は鋭い。

 すると、ミディルツは旗艦『リョウガイ』の艦外画像に目をやり、左下方の宇宙空間に密集隊形を作る、全長30メートルほどの楔形をした、小ぶりな重装甲艇の集団を眺めた。


「あれがムーランガルミ家やスワング家を打ち破り、シナノーラン制覇の原動力となった、タ・クェルダ家自慢の『騎兵団』ですか」


 一斉突撃とともに、高出力のシールドと重装甲で攻撃を跳ね返して、搭載した三機の重装甲BSIを放出。敵の陣形を食い破り、戦局を一気に決定づける…『タ・クェルダ騎兵団』は、いまや周辺国において、恐怖とともに語られる存在となっている。

 しかし、その『騎兵団』が本陣にいるというのは、遊軍になっているという事であった。

 

 ミディルツがさりげなくその事を告げると、シーゲンはグラスを飲み干し、代わりのウイスキーをつぎながら、「ハハハ」と笑い声をあげた。


「だからこそ、ここでこうやって、ひと月も身動き出来ずにいるってわけだ」


 そう続けたシーゲンは、戦術ディスプレイを見上げ、座席に身を沈める。


「去年の初対戦で、ケイン・ディンが喰えぬ奴だと思い知らされたからな…奴がこの星雲で傾斜陣をとったのも、俺に『騎兵団』を使わせないためだ」


「なるほど、互いの手の内が分かった上での、この膠着状態ですか…貴方とケイン殿、場が場なら、良い飲み友達になりそうですね」


 落ち着いた口調で言うミディルツも、グラスを空ける。シーゲンは笑顔を見せ、そのグラスにウイスキーを注いだ。


「そういう卿はどうなんだ?オ・ワーリナグヤの馬鹿息子殿に、自分を売り込みに行ったんじゃなかったのか?」とシーゲン。


「そのつもりだったのですが…」


 含み笑いを見せるミディルツに、シーゲンはその裏にある意味を察した。


「ふふん…想像以上の馬鹿だと知って、仕えるには“物足りなく”なったか?」


「そんなとこです」


「ワハハハハ!」


 二人の会話は、表面だけを聞けばノヴァルナを貶めているように思える。しかし、その実は全くの逆であった。“物足りなく”なったのは、ミディルツが自分自身に対して、という意味である。


「ならばいずれ、卿とは戦場でまみえる事になるかも知れんな。で?これからどうするつもりだ」


「友人のフジッガ・ユーサ=ホルソミカを訪ね、一度皇都キヨウに向かおうか…と」


「ふうん…星帥皇室と誼(よしみ)のある、ホルソミカ家をねぇ」


 裏読みする目を、ミディルツに向けるシーゲン。そこへ先程とは別の通信士官がやって来て敬礼する。


「お話中、失礼致します。閣下」


「何か?」


「はっ!スルガルム/トーミの星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラ様から、連絡が入っております」


「ほう…ギィゲルト殿か。で?何と?」


「は…それが」


 言葉を濁した通信士官は、同席しているミディルツに視線をやる。それを知った上でシーゲンは命じた。


「構わん。話せ」


「はっ!イマーガラ様におかれましては、この戦について仲裁の用意あり、と」




 後の世に『第二次ガルガシアマ会戦』と呼ばれる戦いは、こうして決着がつかぬまま、終わりの時を迎えようとしていた………




▶#03につづく

  

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