#05
「お待たせ致しました。ノヴァルナ様」
ノヴァルナの耳に聞こえて来たのは、若い女の声。シャトルの操縦室からだ。
そこに座っているのは、先端部が白くなった淡いオレンジ色の長い髪に、狐を思わせる立った耳とふんわりとした尻尾を持ち、白い肌と、やや吊り上がった深緑の瞳の眼が美しい異星人の女性。名はラン・マリュウ=フォレスタ。ノヴァルナの『ホロゥシュ』の一人で、俊敏さに長けるフォクシア星人だ。
「時間通りだ。さすがだぜ!」
ノヴァルナの誉め言葉に微笑んで頷き、ランはコクピットの幾つかのスイッチを、手際良く操作しながら告げる。
「BSHO、投下に備え」
その言葉は外部スピーカーから発した指向性音波で、船のエンジン音を突き抜け、中庭にいるSP達や、城の中のヒディラスとカルツェにも警告として伝わった。
やがて降下速度が落ち、摩擦熱による赤化が消えた船の平らな底部の中央が開いて、黒銀色を基調にした全高15メートル程の将官用人型機動兵器BSHO(Battle Structure for High Officer)ユニットが、うつむいた姿勢で出現する。皇国公用語で『ム・シャー』と呼ばれる上級兵士に与えられる、全高12メートル程の個人用人型機動兵器BSI(Battle Structure of Integral)ユニットの、完全カスタマイズ上位機種だ。
それはシャトルの高度がキオ・スー城上空五百メートルに達した所で、船と接続した数本のケーブルと、機体を固定しているアームの解除とともに、オートモードで投下された。
空中で直立姿勢を取ったBSHOは、反重力ドライブの出力を外部下方へ向けて発動させ、つむじ風を起こしながら中庭へ軟着陸する。だが軟着陸とはいえ、重量が三十トンはある機体のため、綺麗に刈り揃えられていた中庭の芝生は無残にえぐれ、その下の焦茶色の土まで掘り返された。無論、それだけに留まらず、キオ・スー城全体が大地震のように揺れる。
「な!な!な!何をやっとるのか!!あ、あの大馬鹿者は!!!!」
「父上、落ち着いて下さい」
事もあろうに戦闘兵器を、宗家の城の中庭に降下させるという、驚天動地のノヴァルナの行動に、ヒディラスは口から泡を噴きそうなほど動転し、傍らのカルツェも、さすがに平然とはしていられなかった。
その一方でノヴァルナは、周囲のパニックもどこ吹く風、膝をついて腹部のコクピットのハッチを開いた自分用のBSHOに、妹を連れて悠々と乗り込む。
軟着陸の大きな揺れに、城のあちこちで警報が鳴り始める中、妹のフェアンを膝に乗せたノヴァルナは、コクピットのハッチを閉じ、スロットルを操作してエンジンの出力を上げた。『ECB-47センクウNX』…それがノヴァルナ専用BSHOの名称である。
反重力ドライブが出力上昇で甲高い金属音を発し、『センクウNX』の足元から黄色の光を帯びた、反転重力子のリングが広がるとその直後、左肩のアーマーに『流星揚羽蝶』の家紋を描く人型の機体が、宙に浮かび上がった。SP達は機体を遠巻きにして右往左往するだけで、もはや役に立たない。
そこへ上空から旋回降下して来たのは、ランのシャトルだった。先端に三角の把手のついた懸吊ワイヤーを、船底部の中から長く伸ばしている。
「よし、行くぜ!」
BSHOをはじめ、BSIユニットにはホバリング移動機能はあっても、高高度飛行能力はない。ノヴァルナが操縦桿を引くと再び、そして先程より大きな、反転重力子リングが機体足元に発生して、人型の機体は跳躍した。
しかも跳躍したついでに『センクウNX』は足先で、中庭の池のほとりに植えられた、見事な枝ぶりをした惑星コルキオ産の“金花の松”の、上半分をバキリとへし折って行ってしまった。
それを見て青ざめたのはヒディラスである。ノヴァルナがへし折った松は、銀河皇国星師皇室からその忠義を認められ、恩賜としてキオ・スーとイル・ワークラン両ウォーダ家に一本ずつ戴いたものであり、長年に渡る手入れによる見事な枝ぶりと相まって、両家の宝の一つとなっていたのだ。
しかしノヴァルナは、足を引っ掛けて機体のバランスが崩れた事を舌打ちしただけで、松の木がどうこうなど気にも掛けず、『センクウNX』にワイヤー先の把手を掴ませた。
「いいぞ、ラン。行け!」
ノヴァルナの指示を受け、BSHOを吊り下げたシャトルは、青空を上昇して行く。あとに残るのはキオ・スー城に鳴り続ける警報と、狼狽する人々の怒号と悲鳴。
そこへキオ・スー城主のディトモスが、ようやく駆け付けた。だがその眼に見たのは無残に掘り返された中庭と、真っ二つに折れた“金花の松”…あんぐりと口を開けたまま、へなへなと腰砕けにその場にへたり込む。
窓の下に広がる阿鼻叫喚の光景に、父親のヒディラスはうわごとのように呟いた。
「や…奴め。ノヴァルナめ…城から逃げ出すために、ここまでやるというのか…」
「兄上はわざわざこのために、BSHOをナグヤ城から運ばせたのでしょうか…」
そういうカルツェも父親と同様、兄ノヴァルナの度を過ぎた行動に唖然としたままだった。
彼等ナグヤ=ウォーダ家の領地は、この惑星の反対側となるヤディル大陸である。
ナグヤ・ウォーダ家の名前の由来となった、大陸中央部の旧来のナグヤの城は、現在ノヴァルナが城主を務め、当主のヒディラスは新たな行政の中心として、五年前に初期建設が完了した、大陸東岸のスェルモル城にカルツェとともに住んでいる。
ノヴァルナはキオ・スー城から謹慎を破って脱走するために、ナグヤ城で留守居していた『ホロゥシュ』の一人、ラン・マリュウ=フォレスタに連絡し、惑星の裏側から自分のBSHO『センクウNX』を運ばせたのだから、まさに度を過ぎていた。
とその時、二人がいる書斎のドアが激しくノックされる。
「ヒディラス殿!ディトモス様がお呼びですぞ!!至急お越し下さい!!!!」
宗家の使いの者が、ドアの向こうで叩き付けるように呼び出しを告げ、何の呼び出しかは言わずもがなのヒディラスとカルツェは、暗澹たる思いで顔を見合わせた………
「アッハッハッハ!!」
自分の父親が今頃、どれ程肩身を狭くしているかなど意にも介さず、ノヴァルナは『センクウNX』のコクピットで高笑いしていた。全周囲モニターに映る背後では、俯瞰に見るキオ・スー城が次第に小さくなっていく。
『センクウNX』をウォーダ家の機体と認識し、沈黙していた城の自動防衛システムも、さすがにこの大暴れで起動したらしく、各種の対空対宙火器が空を向き始めた。センサーの表示では、防御シールドも城を幾重にも覆ったようだ。
「ね、ねぇ兄様…さすがにやり過ぎじゃない?」
ノヴァルナの膝に乗る妹のフェアンも、今度ばかりは顔を引き攣らせていた。兄の無軌道ぶりは理解しているつもりだが、一族の宗主相手にここまでの狼藉は、いくらなんでも悪ふざけの範疇を超えている。しかしノヴァルナはニヤリと口元を歪めただけで、反省の色など全く見せずに応じた。
「細かい事は気にすんな!」
「いや、細かくないし」
飽きれるフェアンに、ノヴァルナは言葉を続ける。
「オヤジも含め、城の石頭どもに説明するだけ時間の無駄だ。ヤツらが俺の話を聞くと思うか?」
「いや、それ、兄様の日頃の行いのせいだし」
「お、次のメールが来たぜ!」
妹と会話が噛み合わないまま、自分のNNLに届いたメールを視覚化したノヴァルナは、それを一読して「ふふん」と鼻で笑った。
「誰から?お父様から?」
と尋ねるフェアン。脱走時に接続を断っていたNNLは、BSHOが到着した際に再接続済みだ。
「いや、城のドアの鍵を開けた奴からさ」
「じゃ、あの怪しいメールの…」
「おう。このタイミングで送り付けて来るってのは、どっかで俺達の華麗な脱出劇を、見てたって事だな」
「あははー…華麗ですか」
それは昨日ノヴァルナに、キオ・スー城に危機が迫っている、と告げた相手からのメールであった。素性はわからないが、メールで予告した通り、キオ・スー城のすべてのドアの電子鍵が開いた事から、少なくとも城のセキュリティに細工が出来る手立てを、入手しているようだ。
「なんだこれ…数字が並んでるだけか」
正体不明の相手からのメールを開いたノヴァルナは、そこに記載された数字だけのメッセージを見詰めた。そしてすぐに何かに気付いたらしく僅かに眉を上げ、ナビコンピューターのホログラム画面を呼び出す。
「確かこのメールって、“プラント衛星”のサーバー使ってたよな…」
呟きながらNNLのメール画面に指先を滑らせ、数字の羅列をコピーしたノヴァルナは、その指先をナビコン画面に滑らせてペーストし、幾つかのキーを操作した。すると画面は切り替わり、彼等がいる惑星ラゴンのホログラムと、それを周回する無数の人工衛星を示す白い光点が現れる。ただその光点の中には一つだけ赤いものがあった。それには今入力した数字が割り当てられている。それを見て妹のフェアンもNNLを立ち上げ、キーボードを開いて操作を始めた。
「兄様。これ…」
フェアンが言うとコクピット内に、アクセス中のNNLの空間投影画面が拡大される。
「ああ。鉱物資源二次精製プラント衛星…他の惑星から集めた一次精製済み鉱石を、二次精製するための大型人工衛星…というより、軌道ステーションだな」
「軌跡を見て。少しずつ軌道が変わって来てる」
「なるほどな。計算だと次の周回でキオ・スーのほぼ真上を通過するみたいだぜ。あと二時間ほど…ってとこか」
「でも管理局は?把握してないのかな?」
「どうせ管理局のコンピューターは、衛星からダミー情報でも掴まされてんだろ。こっちから位置情報を個別に要求しないと、更新されない仕組みだ」
するとフェアンは怪訝そうな表情を浮かべる。
「なんか、このメールを送って来てる相手…はじめから何が起きるか知ってるのに、わざとギリギリのタイミングで、兄様に知らせてるみたいな気がするんだけど」
フェアンの言う通りであった。最初のメールは前日。今のメールはヒントにすぐに気付いたのに、怪しいプラント衛星が城の上空に到達するまで、あと約ニ時間という時間の無さだ。
するとノヴァルナは、フェアンの頭に右手を優しく置いて笑顔で応じる。
「おう!気付いたか。さすがは俺の妹だ!」
「えへへ…」
褒められて嬉しそうなフェアンに、ノヴァルナは不敵な笑みで告げた。
「ゲームだな…こいつは俺を試してるのさ。時間のないこのピンチに、俺がどう行動するかをな」
「ピンチって?」
「一つの城に、キオ・スー家の首脳が集まってるんだぜ。今まとめてドカンとやりゃあ…」
「あっ!!」
フェアンはピンチの中身を知って、思わず声を上げた。オ・ワーリ宙域国は、オ・ワーリ=シーモア星系を拠点にするキオ・スー=ウォーダ家と、オ・ワーリ=カミーラ星系を拠点にする、イル・ワークラン=ウォーダ家の両輪で成り立っている。その片方を失うような事になればミノネリラとの戦いに敗れ、国力の低下したオ・ワーリがさらに混乱するのは間違いない。
「そんな!お父様やカルツェ兄様は、まだお城に!…」
国がどうこう以前に、肉親の危機に悲痛な声を上げるフェアン。
「俺に任せとけ、フェアン」
そう告げ、フェアンの頭を手で撫でたノヴァルナは、シャトルを操縦しているランに、プラント衛星の座標を転送し、指示を出す。
「ラン!俺達を船に収容して、今転送した座標のプラント衛星に向かえ。それからお前もBSIを準備しろ!」
通信器からランの「了解」という応答があり、兄妹の乗る『センクウNX』が揺れて、シャトルに収容され始めた事を示した。
「ねえ兄様。だったらやっぱり、このメールで知らせて来てくれたのは味方?それとも敵?」
兄の面白くなって来た!という顔がむしろ不安を駆り立て、フェアンは眉をひそめながら尋ねる。
「さあな。だが俺にとびきりの退屈しのぎを、用意してくれたヤツには違いねぇ。逢う事があったら、礼の一つも言ってやるさ!」
眼を輝かせるノヴァルナを乗せたシャトルは、一気に成層圏を突き抜けて行った………
▶#06につづく
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