#01-01-03
明けて翌日、今日は氏族会議は行われず休息日である。その代わりイル・ワークラン=ウォーダ家の使者も交えた昼食会と、夜に舞踏会が予定されていた。そして明日からはまた会議である。
今日も晴天となった朝、父親から謹慎を命じられたノヴァルナは、今は自室で過ごしている。今日が休息日なら、なぜ辛抱せずに昨日会議を脱走したかと問われれば、それがノヴァルナだからとしか答えようがない。
一方退屈なのは妹のフェアンである。自分は謹慎を命じられていないのをいい事に兄の部屋に遊びに来ると、二人のSPが両脇を警護する扉を軽くノックした。
「ノヴァルナ兄様、入ってもいい?」
「おう、フェアンか。入れ」
気軽に応じたノヴァルナの言葉を聞き、扉を開いたフェアンは、アンドロイドと見間違うほど無表情な、二人のSPの間を抜けて兄のいる部屋の中へ入った。
キオ・スーの城でノヴァルナがいる部屋は、領主の一族だというのに、ごくありふれた調度品しか揃っていない。
実はこの部屋は、住み込みの使用人用の部屋なのだ。この城を訪れた当日、いきなり勝手に城の中を見て回ったノヴァルナが、彼専用の部屋を用意されていたにも拘わらず、何を思ったかこの部屋を自分用にすると、言い張ったのである。
部屋は城の一階の片隅にあり、本来の上層階にある貴賓客用の部屋に泊まっているフェアンは、兄に会うため長い距離を歩いて来るハメになっていた。
「そろそろ、おまえが来る頃だと思ってたぜ」
そう言うノヴァルナはベッドの上に胡座をかいて、脳に埋め込まれたNNL端末を外部出力デバイスにリンクさせ、目の前に浮かんだホログラムの画面を眺めている。
「なに見てるの?兄様」
「昨日の反応」
ベッドの上に四つん這いで上がり、ノヴァルナの傍らににじり寄ったフェアンは、右のこめかみを軽く指で押し、自分もNNLを立ち上げて、脳波コントロールで兄のネットとリンクさせた。
ノヴァルナが見ていたのは、NNL情報コミュニティーサイトの『iちゃんねる』であった。近年では些か古びれて来たものの、利用者数と行き交う情報量はまだまだ多い。
「なになに…『カラッポ殿下がまたやらかした件』…こっちは『例の若様のご奇行報告スレ』…なにこれ、アハハ。兄様、また思いっきり叩かれてるよ」
「おう、どいつもこいつも常識人ぶりやがって。宇宙じゃ星大名とやらが年中殺し合いやってるってのに、ハハハ…庶民は平和なもんだぜ」
自分への批判を軽く笑い飛ばしたノヴァルナは、一方で何をやっているのかホログラムキーボードをせわしなく操作し始めた。『iちゃんねる』への書き込みかと思ったが、そうではないらしい。その隙にフェアンはリンク操作で、こっそり兄の閲覧履歴を確認した。
“『イマーガラ家の連中を許さないスレ逆鱗4枚目』…『オレ徴集兵マジ戦いたくないんだけど涙8滴』…『はやく故郷に帰りたい12戦目』…どれも結構悲痛な書き込みばっかり…兄様、自分への批判スレはあたしをごまかすためで、本当は普段からこっちを読んでたんだね…”
心の中で呟いて、フェアンはノヴァルナの横顔を見詰めた。その視線に気付いたノヴァルナは、自分への批判スレを指差して言い放つ。
「これこれ。このよくある『明日から本気出す』っての。いつの明日なんだよって話だよな。ハッハッハ…」
妹の視線の意味を理解し、取り繕うような笑い声をあげるノヴァルナの脇腹を、肘を立てて寝そべるフェアンが肩で小突いて軽くからかう。
「で?兄様はいつから本気出すの?」
悪戯っぽい笑顔で見上げる妹に、ノヴァルナは即答した。
「んなもん、いつだって俺は本気だぜ」
はぐらかされた気分のフェアンは、「もぅ」と再び肩でノヴァルナの脇腹を小突く。するとノヴァルナは、とぼけた声で告げた。
「さぁて…ボチボチ出掛けっか」
その言葉に、フェアンは「えっ!」と小さな声を発した。昨日の騒ぎを起こした件で、フェアンはともかくノヴァルナは会議に出席する以外は、部屋で謹慎を喰らっているからだ。扉の向こうにいるSPも警護というより、ノヴァルナを部屋に閉じ込めておくのが、真の目的であった。
「でも、お父様から謹慎を…」
「このノヴァルナが、そんな言葉で止められると思うのかよ?フェアン」
みなまで言わせず問い返すノヴァルナに、フェアンは肩をすくめて首を振る。
「だけど兄様、どうやって?」
「見てみな」
そう言ってノヴァルナは、自分のNNLに届いていた一通のメールを転送した。フェアンが脳波コントロールでそれを開くと、視覚情報として脳が認識し、目の前の景色にメールの内容が重なる。
『キオ・スー城に危機迫る。明日午前10時より故障を装い、5分間だけ城の扉の鍵を全て開放。以降の行動は御身の御判断にて』
「そいつが昨日、お前とドライブしてる間に届いててな」
ノヴァルナの言葉で時計を見ると、今はもう午前9時前で、指定された10時まであと1時間ほど。しかも差出人が誰かは不明だ。
フェアンは寝そべったまま、自分もホログラムキーボードを開き、素早く指を動かした。メールの解析を進めると、経由したサーバーはこの第四惑星ラゴンではなく、第七惑星サパルの衛星軌道上に浮かぶ、鉱石採取プラントのもの…間違いなくダミー情報だ。悪戯にしては手が込み過ぎている。
「危機迫る…って。内容といい差出人不明といい、なんだかあからまさに怪しいんだけど、兄様…大丈夫?」
尋ねるフェアンに、ノヴァルナは不敵な笑みを返して応じた。
「おぅ。丁度いい退屈しのぎになるぜ!」
むしろ何かある事を期待する目で振り向く兄を見て、フェアンは小さく溜め息をつく。兄の悪ふざけをかなりまで許容出来るし、一緒に楽しんだりも出来るフェアンだったが、それでも兄には越えて欲しくない一線があった。それが軽々しい命のやり取りである。
ニ年前、初陣から帰還したノヴァルナは一人でふらりと城を出て行き、四日ほど行方不明になった事があった。その間なにをしていたかというと、なんと身分を隠して喧嘩三昧、スラム街で不良狩りをしていたのだ。
事が判明して涙声で詰問するフェアンに、ノヴァルナは頑なに理由を口にしようとせず、代わりに軽く言い放った。
「寿命で死のうが、スラム街で死のうが、戦場で死のうが変わんねーよ、フェアン。それを周りの奴が大往生だとか、犬死にだとか名誉の死だとか、死に方に勝手に値札を付けてるだけさ」
その言葉の持つ寂寥感に耐えられず、フェアンが肩に縋り付いて大泣きを始めると、兄は「悪かった、フェアン…もう言わねえ」と詫び、頭を優しく撫でてくれたのだが、その時感じた“いつかノヴァルナ兄様が、一人でどこか遠くへ行ってしまうかも知れない”という思いを、フェアンは今でも忘れる事が出来ない。
「あたしも連れてって!!」
その思いから強く訴えたフェアンに、ノヴァルナは飄々と応じる。
「そう言うと思ってほら、ちょうど出来たぜ!」
言い終えると同時に、ホログラムキーのenterを叩くと、兄妹それぞれの眼前に浮かぶ、長方形をしたNNLのホログラムスクリーンが、マス目に二十枚細かく分かれ、さらにその一枚一枚が、重ねたタオルを開くように展開して四倍ほどに大きさを増す。
「これなに?」
「こっから逃げ出す仕掛けさ。お前の分もちゃんとあるぜ」
ノヴァルナがキーボードで行っていたのは、このプログラムの作成だった。
「やったあ!兄様、大好き!!」
「おう!任せとけ」
嬉しそうに腕にしがみついてくるフェアンの笑顔に、ノヴァルナがドヤ顔で応じると、やがて午前10時を告げる控え目な鐘がキオ・スーの城内に響く。するとメールが告げた通り、全ての扉の電子ロックが外れたのであった。
▶#04につづく
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