神様の作り方

花凜香

1・夢ですか?

|「貴女は死にました」


気がついたら突然声をかけられて驚きました。

どなたかは存じませんが唐突な事をおっしゃるのですね?

私に話しかける声の主さんを探すけれどぼんやりとした明るい世界が見えるだけで他には何も見えないし、何も有りません。見渡す限りぼんやりとした明るい景色の中に一人たたずんでいます。


「死んでしまったのですか、私?」

首をかしげて問いかけると、姿の見えない声の主さんが答えてくださいました。


「はい。魔法の尖氷槍アイスランスを背中に刺されて」


「あ、そうでした。そういえば私、魔法で刺されちゃったんでしたね」


「死んだのにノリが軽いですね」


声の主さんが何かおっしゃっていますが気にしません。

思い出しました。

アシニア王国領の街にある教会で身寄りのない戦争孤児たちの面倒を見ながら暮らしていたのですけれど、戦争がどんどん激しくなってきて、とうとう教会のあるこの街にまで戦火が広がってしまって。


街の人達はほとんど避難されたのですけれど、病気で寝たきりの人や幼い孤児たちを抱えてはとても避難できず、私は教会の中に残された人達をかくまっていたのでした。


「ここが戦場でなくなれば危険は無くなります。それまでの辛抱ですよ」

怯える子供達や寝たきりの人を励ましていたのだけれど駄目でした。

アシニア王国軍の兵隊さん達が負けちゃって逃げ出したので、侵略してきたバルト帝国の兵隊さんや魔法使いさんが教会の中まで入って乱暴してきたのです。


教会は貧乏で食べ物は粗末だしお金になるような物もありません。居るのは子供達と寝たきりの人だけですと教えてさしあげれば乱暴をやめてくれると思ったのですが、バルト帝国の人達は子供達を殴ったり、寝たきりの人を蹴りつけるのをやめてくれませんでした。


「ここに居るのは皆、神様のお慈悲にすがる弱き者だけです。どうかこれ以上酷い事をしないでください」

震える自分の体を奮い立たせて、暴力を働く人達にそう訴えかけたのですが聞いてくださいませんでした。


「神?神なんてこの世にいると信じているのか?」

にっと笑いながら暴力の手をとめた魔法使いさんが私にたずねてきましたので、私はこくっと小さく頷きました。


「だったら神とやらにすがって、今すぐこいつらを助け出させてみろよ」

人を馬鹿にした笑い声で魔法使いさんや兵士の皆さんが愉快そうに私を見つめます。


「そのような意地悪をおっしゃらないで。神様はそう簡単にお姿を見せてはくれないというのは教えにもある通りです。どうか、力なき者達をこれ以上苛めないでください」

兵士の皆さんと魔法使いさんが顔を見合わせてにやりと笑いあっています。なんだか不吉な予感がするのですけれど気のせいでしょうか?


面白い遊びを思いついたような表情で魔法使いさんが兵士さん達に命令をすると子供達や寝たきりの人達が外に一列に並べられました。


「簡単に姿を見せないというのなら、これだけの人数を一人ずつ処刑していけば慈悲深い神とやらも我慢できずに出てくるかもしれないぞ?」

何がそんなに楽しいのか私にはまるで分かりませんが、魔法使いさんは愉快そうに私を見てそうおっしゃいました。


「やめてください!」


「まずは一人目」

一番右端に立たされた男の子に視線を向けて魔法使いさんが詠唱を始めました。


この詠唱は尖氷槍(アイスランス)の呪文。私には魔法の才能は無いので使えませんが修道院の知識蔵書館内で読んだ事があるので知っています。鎧の上からでも人を串刺しにできるほど強力な攻撃魔法だったはずです。


「だめ!」

気がつけば私は走り出していました。


両親を戦争で亡くした男の子がいったい何をしたというのですか?

大切な両親を奪われた悲しい子なのに。

今度は本人の命まで奪うつもりですか?


許せませんでした。

なんの罪もないこの子が命を奪われる理不尽さが。

私は男の子をかばい、姿勢を低くさせます。

その時、背中から胸にかけて今まで感じた事もない激しい激痛に襲われ私の体は痙攣を起こしました。


「シスター・エリカ!」


「エリカ様!」


私がお世話してきた人達の悲鳴のような声が私の名を叫んでいらっしゃるのが聞こえてきますが痛くて痛くて今にも死にそうなので、申し訳ないのですがお返事できそうにありません。

下を見ると私のかばった男の子が涙を浮かべながら私の顔を見ています。


良かった。助ける事ができました。

喉の奥から鉄の味がこみ上げてきて口もとから溢れてきます。

私は最後の力を振り絞って、男の子を安心させようと笑顔をつくりました。


そこで気を失って再び意識を取り戻したら、このぼんやりとした何もない景色の中に一人でたたずんでいたのです。


「ここは天国ですか?」

たずねるとまた声だけが答えてきます。


「違います」


「え、じゃあ地獄なんですか?!」

ふえーん。悪い事はしていないつもりだったけれど、気がつかない内に私は罪を犯していたのでしょうか!

間違って小さな虫を踏んじゃった時でしょうか?

それとも神聖な燭台を落として壊しちゃった事?

いえいえ、やっぱり子供の時にお腹が空いたのが我慢できなくてこっそり食糧庫から食べ物をくすねて食べてしまった時の事でしょう!


ああ、神様。どうかお許しください。

反省していますから、どうか地獄だけはお許しください。

地獄は怖いですー。


「地獄でもありません」

そう答えてくれた声の主さんに泣きながら私は問いかけます。


「え、地獄じゃないの?」


「はい」


「天国でも地獄でもないならここはどこですか?」


「ここは時空の狭間に私が作った空間です」


「ふへ?」

泣き声で返事をしたから変な声が出ちゃいました。恥ずかしいです。

でもそんな事は言っていられません。

時空の狭間?作った空間?

何の事か意味がさっぱりです。

でも、そんな些末な事はどうでもよくなりました。

だって今気がついたけれど、私に声をかけてくれているこの静かな声の人ってもしかすると

「えと・・・。もしかして貴方は神様ですか?」

恐る恐るたずねると声の主さんが答えてくださいました。


「神でもありません」


「神様ではないのですか・・・」


神様にお会いできたかも!

そう喜んでいた私の落胆振りがよほど目に余ったのでしょうか?声の主さんがどこか申し訳なさそうな声で話しかけてきました。


「そんなに神が好きなのですか?」


「はい。私は神様の忠実なる信徒のつもりですから。この身も心も全て神様の御心のままに」


「あの」


「はい?」


「神はいませんよ」


「いきなり衝撃的すぎる発言です!」

今まで神様だけを信じて生きてきましたのに。

それはあんまりです。


再び涙目になる私に声の主さんが思いもよらぬ提案をなされました。

「これから貴女を別の世界に転生させようとしていたのですが、少し特典をさしあげましょう。そんなに神が欲しいなら貴女が神を作れば良いでしょう」


「え?」

お話しの内容が耳を疑う事ばかりです。

別の世界に転生?

神様を私が作る?


「あの・・・意味がわかりません」


「別の世界への転生とは貴女がこれまで生きてきた世界とはまるで違う異世界に貴女が生まれ変わる事です。今までの場所より文明も少しだけ進んでいて比較的平和な時代の場所に転生させますので安心してください。絶対に安全ではありませんけどね」


「えーと。異世界への転生というのも驚きましたけれど、神様を私が作るという内容の方がもっと驚いている事なのですけれども」


「ああ、その事なら大丈夫です。向うの世界の根源プログラムを書き替えるだけですぐにできますから」


「意味は分かりませんが、さらっと凄い事をおっしゃられているように感じます」


「では貴女を異世界転生させます」


「え、ちょっと待ってください!」


「どうしました?」


「あの教会にいた人達がどうなったのか心配なのです」


「それでしたら戦争孤児も寝たきりの病人も全員死にました」


事も無げに声の主さんは答えてくださいましたが私はショックです。

結局、私はあの子達を助けてあげられなかった。


「気に病まれているようですが、彼らの魂はすでに新しい依代(よりしろ)を得て転生していますよ。新しい人生が彼らにも待っています」

泣きそうな私に声の主さんが希望の光を見せてくれた。


「貴方はやはり神様なのではありませんか?それも他の神様を作れるくらいに凄い、神様の中の神様とか?」

私がそうたずねると声の主さんはまたあっさり否定なさいました。

神様の中の神様のような気がしてしまうのですけれど。


「ところで、他の人達も私と同じように異世界へ転生されるのですか?」


「違います。あの人達はあの世界の中で別の人物として生まれます」


「え、それでは異世界転生をするのは私だけなのでしょうか?」


「はい」


「どうしてでしょうか?」


「貴女はもともとあの世界の住人ではなかったのですよ」


「え、私ってもともと異世界の人だったのですか?」


「貴女自身は生まれも育ちもこちら側の世界ですけどね」



それってどういう意味なのでしょうか?

ああ、意識が遠くなってくる。



「神の作り方は(今の貴女の心)に刻み込んでおきます」



待ってください。

まだ聞きたい事がいっぱいあるのです。

お願い、まだ転生させないで・・・・。








「うーん。お願いですー」

呟く私の頭の上にポンという何か柔らかいものが当った感触に目が覚めた。


「ふにゃ?」

目をこすりながら起き上がると先生があきれ混じりの表情で私を見ていた。


小仲江梨花こなかえりかさん。私の授業中の声は子守歌じゃありませんよ。ほら、起きなさい」


あ、優衣ゆい先生だ。おはようございます。

寝ぼけながらも挨拶は忘れません。


「また寝るなー!」


机に座って優衣先生にご挨拶した私はそのまま机に頭を乗せてまたおやすみです。


「優衣ちゃん。エリちゃんは一度寝ぼけるとなかなか目が覚めないからもっと強くたたかないと」

私のお友達の茉希まきちゃんが不穏な事を言っている気がするけれど、眠いので気にしません。


「先生をちゃん付けで呼ばないでって言ってるでしょ!それと江梨花ちゃんって寝ぼけている時のお顔がとろんとしていて凄く可愛いからあまり叩きたくないのよね」

そう言って、優衣先生が私の体を揺すります。


「ふぁ、地震ですか?」

もう一度目を開けて起き上がった私を見るクラスの生温かい視線に気がついて、じょじょに私は正気を取り戻しました。


「ごめんなさい」

はっ!として立ち上がり、優衣先生に深く深く頭を下げて謝ります。


「もういいわ。今度は寝たらだめよ」

仕方なさそうにため息をつくと優衣先生は黒板の方に戻っていきました。


はう。

お昼ごはんを食べた後の午後の授業は睡眠欲という名の悪魔が毎日、私を誘惑してきます。この誘惑に私はなかなか勝てません。明日こそは頑張って寝ません!


そう机に座って何度目になるかも忘れた決意表明を心の中でしていると、後ろの席の貴樹たかき君が小声で私に話しかけてきました。


「江梨花、お願いお願いって何度も寝言を言ってたけど、どんな夢を見てたの?」


ふへ?

そういえばどんな夢を見ていたんだっけ、私。

うーん・・・。思い出せないです。


ま、いっか。

ただの夢だし。

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