第84話
怒るのでも泣くのでもなく、懺悔めいて淡々とただ、言葉を吐き出す。しかしながら双頭の化け物、苦悶に歪む修道女の顔に語りかけるその様子は、悪魔に懺悔をするように冒涜に満ち、陰鬱としているものであった。
「槍術と回復術はアルのものだが、そのハルピュイアの顔と身体には覚えがなかった。アルは人間だったから。亜人なら、身体をいじれば先祖返りを起こして“ああ”もなる。けれど、アルには“ああ”なる謂れがなかったんだ。でも、その謂れが
「じゃあ、やっぱりこいつは……」
「アルモニカとナシャーサの
緑の皮膚に覆われたナシャーサのそれ。透き通るほどに白い肌をしたアルモニカのそれ。一つの身体にあって二つの頭を持ち、そのどちらもが苦しみながら、表情には微妙な差が見て取れる。この
「とすれば、槍と魔法を
「戦う力として無意識に呼び覚ましているんだろう。一体ではないが、多くの部分で混ざり合っている。気付かなかっただけで、朝のアルにもナシャーサに由来する何かがあったのかも知れない。わたしには“今のアルしか分からない”から、比較はできないけれど」
「まいったな、本当に、人と亜人の混ざりものなのか。……しかし、そんなこと有り得るのか?」
「有り得る」
迷いなく言い切るアールエンの声にはにわかに、はっきりとした意志が宿っていた。自信があるには違いないが、自嘲とも憎悪とも取れる風に強める語気はまるで、何かを呪うようでもあった。
「有り得るし、どちらもヴィント・エーナスと関わりがあるのも偶然じゃない。やつの周りで何かが起こっていたんだ」
アールエンの立てた予想を、ティアフは難しい顔をして吟味している。そこまでの話はヴィントから聞かされていなかったようだ。わざと話さなかったのか、それとも知らないことだったのか。今更命を賭して庇い立てするようなものが彼に残っていたとは思えない、というのが直接会話したティアフの見立てだが、その如何を問いただすことも既にできなくなっていた。
だが彼の告白を真に受けるのなら、おそらくは知らなかったから話さなかったのだと考えられる。“アルモニカの殺害”が
「とはいえ、全部がヴィントの周りで起こってる、か。確かに、偶然にしちゃ出来過ぎてる。人と亜人の混ざりものを作れるって話も気になるが……おまえは、それについて何を知ってるんだ?」
“有り得る”と言い切ったアールエンの言葉には、それを裏付ける何らかの経験、知識? があると読み取れた。だから、ティアフが問うたのも当然の流れであった。当のアールエンがすぐに答えなかったのは、言葉を選んでいるというよりは、その苦い顔から察するに“話したくない”という葛藤であったようだ。
が、結局、アールエンは答える方を選んだ。
「光聖は“人間を強化する”技術を探求していた」
「強化?」
「別の言葉で言えば“作り変える”技術だよ。例えば、亜人の要素を普通の人間に組み入れれば、普通の人間よりも強い人間ができあがる。そういう研究だ」
「そいつはまた……」
人間であるアルモニカに、亜人であるナシャーサの要素。要素、というにはあまりに露骨に発現しているようだが、仕組み自体は間違っていない。光聖が関わっているという事実も、抜け出した身とはいえ元光聖所属のヴィントに関係のある人物が材料に選ばれている点で納得がいく。
正義を標榜する光聖による人体実験だなんて、末恐ろしい話である。しかしこれが本当なら、ベリオール・ベルに潜んでいるセイバーにも意味が出てこようというものだった。“スケアリーランスを野放しにしていたのは、その被検体の観察が目的だったから”。本来は公の存在として世にはばかることのないセイバーが息を潜めているには、もっともらしい悪辣で外道な理由である。合点もいくが、確定的な証拠が出てきてない以上、未だもって推測の域を出ない。断定してしまうのも危険であった。
「つまり、これ以上は分からない、か」
詳細を明かすには、これに関わっている光聖側の人間から話を聞くしかない。が、そんな都合の良い人物は周りにおらず、見当もつかなかった。実験場になっていたベリオール・ベルなら、これを観察していたと思しきセイバーらを尋問すれば解明できそうでもあったが、しかし、今は先にやっておくべきことがあった。
目の前の問題を片づけなくては。
「森では何があった」
俺たちを逃がした後に、アールエンとスケアリーランスとの間で何があったのか。アールエンの右腕の傷。スケアリーランスの変貌。これには素直に、アールエンは口を開いた。
「暴走を起こした。アルモニカの顔が生えて、わたしの魔法を打ち破った。この右腕はその時のものだ」
「暴走。……心播が起こったのもその時、か?」
「強い魔法だったからな、心が漏れ聞こえてもおかしくない」
セイバーの腕を丸ごと壊してしまう強力な攻撃。どうやら、そうした魔法の使用に伴って心の声が漏れ聞こえる現象を
「魔法ってのは、自分のイメージを魔力を通して具象化する技術だ。裏を返せば魔力には、“人のイメージを読み取って、理解し、一時的にでも格納する”機能があるってことになる。そうじゃなきゃイメージの具象化なんてできないからな」
分かっていないものを出力することはできないし、持っていないものを出力することもできない。魔力とはそれ自体で万能なのではなく、何者かに使われることで、形のない“想像”を形のある“事象”へと変換できる翻訳機でしかないのだ。故に、例え一瞬でも、魔力には受け取ったイメージを自身の内に保持しておく機能がなくてはならない。
「その、“預かったイメージ”が外に出る、ってことか?」
「イエス。不安定な魔法はイメージを消費し切る前に発動してしまって、残りのイメージを、言ってみれば“イメージそのものを具象化したような魔法”として引き起こしてしまう。今回の場合なら、“ヴィントはどこ”という想いの一端を魔法として発動し、アールエンはこれを喰らった」
「その
また、その言葉だった。
まさかスケアリーランスに対峙している間に眠りこけていたわけはないのだし、“叩き起こす”という言葉は何らかの比喩なのだろう。だが、一体どういう状態から叩き起こされたのか、肝心のことをアールエンはまだ話していなかったし、積極的に話したいわけでもないようだった。
彼女にとっては具合が悪い。
「それは……」
と、アールエンが言い淀んだ後の言葉をあらかじめ知っていたかのように、ティアフはこう引き継いで、指摘した。
「それは、“アルモニカの記憶喪失につけこんで作り上げた関係から”、じゃないか?」
ちらと、アールエンの瞳がティアフに向く。涙を浮かべているのでもないのに揺れ惑い、酷く悲しく痛々しい。だが、後何分も生きていられない子犬が哀願するような目をいくらされても、ティアフは手を抜かずに話を続けた。
「ヴィントの話を聞いて最初に思ったのは、それなんだ。あいつの話にはアールエンという名前が一度も出てきていなかった。だというのに、ベリオール・ベルでアルモニカと一緒にいたのはアールエンだった。あんたの登場は唐突過ぎるんだよ。それまで影も映っていなかったのに、急に主役として舞台に現れたんだ」
「それが、記憶喪失につけこんだ瞬間?」
「だと思う。アールエン、あんたは言ったな。“今のアルしか分からない”、と。それは、光聖時代にはアルモニカのことを“良く”は知らなかったってだけで、そういう人間のいることを知ってはいたんだろう。聖女とまで謳われた存在なんだ、別に不思議なことじゃない。そんな、大それた人間が記憶を失った状態で目の前に現れた。あんたは、その
「つけこむチャンスか。けど、つけこむ理由は何だ? ヴィントのように、好きにできる優越感でも欲しかったのか?」
「そう。おんなじ感情、愛だよ。好きだったんだろう、アルモニカのことが」
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