第28話

 どうせ拘束するならもっといやらしい感じで拘束しろ。徹底的に辱めてやれ。俺に抱かれているだけのティアフは妙に強気だった。胸や股間、身体のラインを余すことなく強調するようにわざとらしく肉を這わせて、より変態チックに拘束し直し、一種の趣味の悪い緊縛芸術めいた格好となったココメを、見せびらかすように高々と掲げながら、俺は燃え盛るフォウリィ邸を勇んで襲撃した。

 まだ幾人のセイバーが残っていて、彼らはフォウリィ邸に潜み、侵入者の俺に刃を向けて来た。屋敷の爆破にも動じず守ろうとするのだから見上げた忠誠心だが、意地で実力は埋まらない、返り討ちにするのは簡単だった。まな板の上に乗った食材へ包丁を入れるように容易く、死体が一つ、また一つと増えていく。返り血を浴びてもティアフは嫌な顔一つせず、ココメの心は見るからに擦り切れていった。

「話さないのか?」

 ココメは首を横に振った。振り続けた。気丈な女だ。フォウリィにそれほどの忠誠を捧げているのか、あるいは本当に知らないという可能性もないではなかった。だが、事ここに至って事実の如何などもはや、到底、些細な事情と化していた。ティアフは、復讐の一環として、彼女を最初の生贄に選んだのだ。フォウリィを召喚するための生贄であり、俺たちが殺しを行う代償に捧げる供物。血と炎に塗れたこんな地獄では、供物を受け取って来れるような神様などいはしないか、いてもロクはモノではあるまいが、別に、誰が受け取ろうが受け取るまいが、どちらでも良かった。

 この殺しそのものが、ティアフの復讐なのだ。この殺しそのものにこそ、意味があるのだ。

「これじゃあ、書類の類、は、あんまり、期待できないかな」

 フォウリィ邸は広かった。爆発は、その一部を吹き飛ばしたに過ぎなかったが、火の手の回りも異様に早く、重要な証拠のある部屋が燃え、既に灰になっていたとしてもおかしくはなかった。ココメが折れることなく、順調にセイバーを七人も殺した辺りで、ある部屋に踏み入った。ここらにはまだ火の手が及んでいない。捻り取ったセイバーの首を肉筋の一本で掴んだままドアを打ち破って見ると、そこには丸っこい男がいた。

「ひぃっ」

 天蓋付きのベッドの上。鎧を着ていないし、まるで戦う意志もないようだから、セイバーではない。いかにも高級そうな生地と装飾の洋服に、煌びやかな装飾品を身に着けた様子からいって、そこらの一般人というわけでもなさそうだ。思い当たるとすれば。

「ああ、これがフォウリィか」

 名前を呼ばれて、また短く、甲高く、その丸っこい男が反応した。ティアフが頷くのを確認するまでもない。この太っちょが、現アルマリク首長“フォウリィ・ウィンプス公爵”というわけだ。

「な、何者だ、貴様らぁ! どうやってここまで……!!」

「降ろせ」

 とんとん。ティアフが俺の腕を叩く。彼女をそっと降ろしてやって、ついでに持ち込んでいたセイバーの生首をひょいと、ベッドの上に放り投げてやった。真白なシーツにびしゃり、赤の斑点。フォウリィが悲鳴を上げて、奥の壁に身をすり寄せた。といっても、それ以上は遠くに逃げようがない。壁を抜けるか、壊してしまうか、あるいは自分が擦り切れるか、石壁と融合でもしない限りは。

「フォウリィ様!」

 ココメがこれまでで最も大きな声を出した。主君の御身を案じているようであり、自らの危機を報せているようでもある。どちらか、というわけではないだろう。フォウリィの目前には悠々と死が歩み寄っていたし、ココメの首元には確然と死が張り付いていた。一応言っておくと、俺は何も、自分自身を格好良く“悠々とした死”だと表現したのではない。怯え切って身を縮め込ませている豚の前に、屠畜をするようにナイフを持って立つのは誰あろう、ティアフ・ケイ・エコンその人なのだ。

 毅然しゃんと立てはしない。ナイフを握るのもきっと精一杯で、今にも取りこぼしてしまいそうだ。ベッドによじ登り、シーツを掴んで這って進む姿は、死にかけのキツネのように惨めだ。しかし、大人の男が相手だとしても“殺し損ねる”ことは全くない、決してしないと断言できる力強さでもって、ティアフは最後にはベッドの上に立ち、彼を見下ろした。

「ロー」

「何をやっている! セイバーは! カナタのやつはどうした!」

 近くに来い、という風に彼女が手首を振った。けれど、もし自らで手を下すつもりなら、俺が側に寄っていく理由は何もない。ははあ、なるほど、とその真意をはかり、とうとう泣き始めていたココメを彼女の側にやった。

「ココメ。これが最後だ」

 フォウリィは、ココメとティアフを交互に見ている。ココメは、絶望と憤怒の入り混じった瞳でティアフを睨んでいる。ティアフはただ、風のない水面のように穏やかな殺意を映して、フォウリィを眺めていた。

 三者三様。そのどれもが、感情の極致にある。

「おまえが話せば、フォウリィは殺さないでいてやる」

「嘘を!」

「本当だ。あたしは、こいつが暗殺を認めれば、その後の生き死に何てどうでも良いとさえ思ってる」

「何を言っている! ココメ、こいつ、何を言っているんだ!」

「だってそうだろう。自分に刃向かう民を殺したことが光聖にバレてみろよ、無事で済むはずがない。こいつを生かして全ての非光聖いっぱんじんの恨みや疑惑を増幅するのか。こいつを殺して全ての非光聖いっぱんじんにケジメを付けて見せるのか。どっちが得かなんて、考えるまでもない」

 好きだろう。そういう犠牲の二択。

「暗殺? 暗殺だと!? ばかげたことを! 貴様ら反光聖派は、まだそんなふざけた陰謀論にすがっているのか! 大体、貴様は何者だ! 小娘!!」

「おまえが殺したケンズ・ケイ・エコン。それの一人娘だよ」

 フォウリィは、おおよそココメと同じような反応をした。すぐに嘘だと決めつけず、反論せず、口を噤んで、息を呑んで、何か有り得ないものを……言ってみれば、亡霊でも見てしまったかのようにティアフを見つめるのだ。

 しかし、ココメと違って、フォウリィがぴしと固まったのは一瞬だった。

「ケンズも、その娘も、あの時に魔者に殺されている! 確認したはずだ!」

「それは嘘だ。“あたしの遺留品はその場で発見されていない”。正確には生死不明だよ。どうしておまえは、それを死んだと決めつけられるんだ?」

「状況がそう言っている!」

「違うな。おまえが依頼して殺させたからだ。……“全員殺されたって知ってるから”だろうが!!!」

 激昂して、ティアフはフォウリィの右足にナイフを突き立てた。ぎいいやああああ、と醜い悲鳴が耳をつく。ココメもまた、自分がやられたかのように……できるものなら変わってやりたいと本気で思っているのだろう、痛烈な金切り声を上げた。今までになく強く、拘束に抗って身をよじっている。本当にフォウリィのことを慕っている、その必死さがありありと伝わって来る健気さだった。むろん、解けはしない。抜けようとすれば抜けようとするほどからまる、締め付けが強まって痛くなる、なんて器用な趣向は凝らしていないから、どれだけ暴れようが勝手だが、身をよじればよじるほど、着衣が乱れ更にみっともない格好になっていくのは俺にも防ぎようがなかった。

 まあ、今更みっともないだなんて、気にしたところで誰も見ていないか。恥を忍んで主君に死なれては元も子もないのだし。

「殺さないで!」

「だったら話せ。でなければ殺す。この臆病者はどっちみち死ぬけどな」

「恩はないのですか! このお方は光聖の威光の下になかったアルマリクを照らし、セイバーによって魔者を退け、果樹園を取り戻した英雄なのですよ! 称えられこそすれ、こんな仕打ちを受ける理由は!」

「五度の派兵を失敗しておいて、何が英雄だ!!」

 ぐり。突き刺したナイフを無理やりに捻る。筋肉と神経を抉られる痛みはいかほどか、その場から逃げ出そうとか、ティアフを蹴り飛ばして止めさせようなどとは思いもよらぬほど、……と、いったところか。

「やめなさい! 全てがうまくいくとお思いですか! そんな子どもじみた浅い考えで、あなたは!」

「全てにうまくいかせるつもりがなかったことぐらい把握してるんだよ!! ……アルマリクから消える金、一年前の暗殺事件、そういう裏事情の資料しょうこが出て来ない可能性はあっても、“実際に動かした作戦の資料まで出て来ない”なんてこと、さすがにあるわけがない。証拠がなかったらなかったで問題だし、改ざんしたものが見つかればなおのこと、恰好の的だ」

「そんなもの……」

「やっぱり、見くびってたんだ、おまえらは。あたしたちのスパイを受け入れたのも承知の上だったんだろうが、いくら何でも放任し過ぎた」

 この作戦。

 仲間を殺されたニットたちがフォウリィを引き摺り下ろしてやろうと、その悪事を認めさせてやるとして始めた復讐さくせんの始まりは、確かに怨念だった。怒りだった。しかし肝心要、外してはいけない土台に立って、彼らは決して足元を軽んじず、先を見据えて暴走せず、自分たちを抑制し続けていた。

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