第4話
「大丈夫かい、君!?」
門前に差し掛かり、両脇を直立不動で固めていた二人の男が、驚いた様子でこちらに駆け寄ってきた。マントには見覚えがある。あの二人が羽織っていたのと同じ、青地に黄金で刺繍がされた少し厚手の外套だ。
「血だらけじゃないか! 怪我は!? 一体どうして……」
……そういえば、そうだった。近くに水場はなかったし、洗い流す方法がなかったのだから仕方がない。俺はとっさに。
「二人のセイバーが助けに来てくれたんですけど、そのまま化け物に殺されてしまって……」
と、嘘とも言い切れない嘘を吐いた。
「セイバー……って、エストとリエッタか!?」
そう、その二人だ。はい、と俺が頷くと、男は二人で同時に顔を見合わせた。男女の二人組と違って、男二人のマントの下には鎧が見えていた。前が見えるんだか怪しい作りの、フルフェイスの兜も被っている。くぐもって聞こえる声が違うから別人なんだろうが、外は全く同じ出で立ちだった。そういうわけで、顔を見合わせた二人の具体的な表情は分からず、推察するしかなかったが。
まあ、難しい問題でもない。単に焦っているのだろう。
「あいつらが、まさかミノタウロス程度に……」
「じゃあ、その返り血は?」
「その二人の血です。目の前で殺されてしまって」
「そうか、それは、……辛い目にあったな」
「いえ」
我ながら、冷めた芝居である。命を賭したエストっちとリエッタに感謝の句を述べるなり、涙の一つも流して見せれば良かったのだろうが、生憎、守ってくれてありがとうなんていう謝意はこれっぽっちもなかったし、本当の気持ちを無視して流れてくれるほど涙も安いものではなかったようだ。そもそも、化け物は涙を流せるものなのだろうか。ここでその真偽を確かめる気分にはならなかったから、また次の機会にでも取っておこう。
今は精々、意気消沈の様を演じようじゃないか。
「それで、化け物、ミノタウロスは……?」
「相打ちでした」
なんて心を決めたところで、尋問は終わりだった。
俺がこの街の出身ではないと話すと、宿に行って休めと言われた。記憶がないことまで話さなかったのは、そのまま町の中に連れていかれて、明かすタイミングを逸しただけである。
血まみれのまま街路に出るわけにもいかず、案内を買って出てくれた片方の男が俺の頭からマントを被せて隠し、宿へと連れて行ってくれた。
噴水を中央に据えた広場を見下ろす、大きな建物。マントに顔まで隠しているから宿の名前は見えなかったが、それにしても立派な宿屋であることはよく分かった。
事情を話し、安くないだろう宿代の都合もつけてもらって、血まみれの俺を少々苦い顔で部屋に通した宿の主人の好意で、変えの服まで用意してもらう。血を吸って重くなった衣服を主人に渡し、シャワーを浴び、貸してもらった寝間着らしき服に着替えて、今はこうして、ベッドに寝っ転がっているのだった。
それだけ切り取って見れば、いやに呑気な昼下がりである。昼間から高級宿でベッドに身体を投げているのだ、呑気に見えても止むなしだ。それにしても。
「化け物に殺された、ねえ」
自分で言っておいておかしくなってくる。よくもまあそんな嘘がすらすらと、口を吐いて出たものだ。
が、とっさにしては上出来な判断だったと、自分を褒め称える。
マントが同じ、ということは、あの男女の二人と門番の二人には何らかの関係があると見るのが当然だ。単純に考えるなら、同じ組織の人間。エストっちの言っていたセイバーとやらが、組織を指すのか個人を指すのかは分からないが、何にしても同じマントの四人は全員“セイバー”であると、そう考えるべきなのは明白だった。
同じ組織に属する人間。要は仲間である。
その仲間が『殺された』と、その犯人が目の前にいるとなれば、少なくともあの二人の門番は、俺に親切にはしなかっただろう。だから俺は、俺が殺した、とは言わなかった。
“化け物に殺された”。
どの化け物かはともかくとして。
しかし、この嘘はいつまで有効だろうか。
あの二人の仲間、門番を含めたセイバーの皆はきっとすぐにでもあの二人を探しに行くだろう。先の現場で死体を見て、俺に疑いが向くことはあるだろうか? 死闘の末に二人組みを破った俺は、その遺骸を元は人間のそれと分からないぐらい、ぐちゃぐちゃにして来た。なぜと聞かれても、何やら気分が高揚していたから、としか言い様がない。苛烈な戦いに血が沸いたのか、勝利の美酒に意識が酔ったのか、殺人そのものに肉が躍ったのか。
冷静になってみると、やりすぎたのでは、という不安が頭をもたげる。
良い方に考えるなら、死体を見ただけではミノタウロスに殺されたのだかそうでないのだか分からないから、こちらに嫌疑の目が向けられるのにも相応の時間が掛かる、かも知れないと言える。
が、悪い方に考えるのなら、あの執拗な殺し方そのものが不自然に映ってしまう可能性もあった。そうなれば、この前向きな現実逃避は慰めにもなっていない、と言える。
死体をあそこまで痛めつけるもっともらしい理由はない。俺のように(後付けだけど)カムフラージュを企んでいるなら別だが、あの野生じみたミノタウロスが何のカムフラージュで人間をミンチにするというのだろう。あるいは、俺のように興奮してぐしゃぐしゃにしてしまう、自制の利かないおちゃめな一面が、あのコワモテにもあったりするやも知れない。
それはそれで、今度はぐしゃぐしゃ加減が足りないのでは、という問題が出てくる。
あの巨体が本気で人を壊しにかかれば、肉は欠片も残らず、地面だってぼこぼこに凹んでしまう。そういう意味では、実に人間らしい破壊の跡になっているのだろう。だからと言って、ミノタウロスに成り切ってもっと徹底的に潰してやれば正解だったのかと己に問うてみると、それもやはり微妙なところだった。
……まあ、なんだ。どっちでも良いか。
このいろいろなことを忘れてしまっている頭では、いくら考えたって正解は出ない。
それに、どっちに転んだところで多分、死にはしないのだ。痛い思いもしない。そういう風に失敗に意味がないのなら、あれこれ悩む必要性だってないも同然。
エストっちのリエッタとの戦いにだって、あんなに苛烈な戦いにだって、何度死んだか分からないぐらいのやりとりにだって、やっぱり緊張感はなかったんだから。
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