5月19日 桶狭間の戦い

 やあやあ諸君。

 私の名はいずく。いずくかけると申す者だ。


 諸君らは今日と言う日を如何にお過ごしだろうか。日々は刻一刻と進む二十四時間の連鎖であるが、それは円環ではなく螺旋であり、繰り返しではなく積み重ねである。だがしかし、中にはどうもそれを理解していない者が多い。

 私の話を聞き入れ、今日と呼ばれる日が先人達が積み重ねた如何なる日なのかを知らば、諸君らの過ごす毎日にも色が付くのやも知れぬ。




 戦争において、その勝敗を決定づけるのは言うまでもなく戦力差である。諸君らの自宅にある一番強力な物を用いても銃を持った敵にはほぼ勝ち目が無い様に、また、小学生が大人に勝ち目が無い様に、少数は大軍には勝てる見込みが無い。だが、永禄3年のこの日、約4万人と言う大軍を相手に、その10分の一程の人数で勝ち星を挙げた戦が起こった。本日、2017年5月19日は『桶狭間の戦い』が起こった日である。


 桶狭間の戦いは、1560年、尾張国桶狭間で起こった合戦である。歴史に興味がない人もその名は聞いたことがあるだろう。日本三大奇襲とも呼ばれる、戦国時代に大きな影響を起こした戦である。


 名だたる武将達が天下を奪い合う戦国時代。駿河の戦国大名である今川義元、そして今川氏真と言う親子が、尾張に戦力があまり無いと知り進行してきた所から語ろう。彼ら今川家の駿河は現在の静岡に当たる。当時の都は京都に会った為、上京しようとすれば尾張、現在で言えば愛知を通る必要があった。故に以前から目を付けていた尾張に本格的に乗り込んできたのである。


 尾張を率いていたのはかの有名な織田信長。だが如何に信長とて動かせる兵が4,000程では手も足も出ない。今川家の侵攻になす術なく、砦を三か所も落とされ、兵力を半減させられてしまう。


 今川家はこの時点で勝利を確信していた。ここまで圧倒的に制圧していては織田信長には手の出しようもないだろう。

 その様子を見ていた織田信長に反感を持つ尾張の民は、今川軍に酒や食べ物を献上してきた。どうかこれで、あの尾張のおおうつけを討って欲しいと。

 今川軍はこれを受け取り、大将首を取る前に宴を開いた。如何に勝利が確定的であろうと戦は戦である。先に行けば中には死ぬものもあるであろう。もしかしたらそう言った兵士への今川からの気持ちだったのかもしれない。だが、これが歴史に語り継がれる程の大逆転劇への引き金となる。


 午後に入り、それまで晴れ渡っていた空から急に豪雨が降りだした。既に酒が回っていた今川はこの雨から避難しようとするも、それは突然の奇襲をかけてきた織田軍によりはばかられる。結局、今川義元がこの時に命を落とし、統率を失った大軍は敗走するしかできなかったのである。


 歴史に残された桶狭間の戦いは、簡略化はしているがこれが全てだ。だが、私はいくつか疑問に思う事がある。例えば、酒に酔ったからと言って何もできずに殺される程、今川義元と言う武将は間が抜けていたのだろうか。

 これは私の推測ではあるが、もしかしたら尾張の住民から渡された食料、酒の中にはある種の睡眠薬、もしくは麻痺毒の様なものが盛られていたのではないのか。つまり、織田家に反感を持っているふりをして今川軍に近づき、歴史の陰で織田軍の勝利に一役買っていた、と言うのもあり得ない話ではないとは思うのだが。


 貴族の母を持ち、政治家の資質のほうを取り沙汰される今川義元を、武家に生まれた織田信長が打ち倒したこの戦。考察すればするほど謎は深まる。ただ一つだけ確かなのは、織田家が圧倒的に不利な状態であったという事だ。

 そもそもこの桶狭間の戦いのみならず、織田家はいつも好条件とは言い難い戦を繰り返してきた。武田家や上杉家が9割以上の戦勝率を維持していたにもかかわらず、織田家は7割程度であったという事からもそれは伺える。だがしかし、歴史に名を残す者と言うのは、リスクを恐れず、その結果窮地を好機に変えてきた人間なのかもしれない。




 今日は桶狭間の戦い、特別な一日である。

 我々は本日を祝福し過ごさねばならないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る