👪記憶の墓⏱ 3部作

乃上 よしお ( 野上 芳夫 )

第2部 記憶の墓


「はい!剛力商事の田中です」

「営業の水島さんいますか?担当してもらっている黒元食品だけど」

「申し訳ございません。水島は只今外出しております。折り返しご連絡さしあげますが、何かご伝言はございますか?」

「ウチが損した件で相談したいんだけど、どうしてくれるのかなぁ?」


 田中はパソコンモニターを見て、黒元食品と担当の水島がやりとりしてきた履歴の内容を確認した。どうやら発送部署の手違いで、金額も商品も違うものを納品してしまったらしい。

 すぐに謝り補償すればよかったのに、担当者は上司にバレて評価を下げたくなかったのだろう。船の事故のせいとウソをついて、それが客にバレてしまっていた。


 それでもまだ担当の水島は非を認めずに、自分の携帯電話の設定を、黒元食品からは着信拒否にしていた。

 それで相手は会社に電話してきたのだった。

 田中には事情がのみこめた。だが、マニュアルどおりの話をすることになる。


「お客様、申し訳ございません。それでは担当から連絡させます。よろしくお願いします」

「だからさぁ、もう何回も同じことを聞かされてるわけ。このあとは上司の人から連絡がくるんでしょう?

 ウチも貰った商品を売ってから気がついたんだけど、お客様からチラシと違うものだと言われて、無料で取り替えたり大変なの」

「それでは、こちらで対応を検討させていただき、ご連絡いたします」


 受け応えをしていた田中は、会社が導入したオペレーションシステムの一部で、ロボットだった。AIと直結されていて、お客様に最適なコトバを選択して話をしていた。客は話をしている相手がロボットだとは知らない。客とのやりとりで、このシステムは上手く機能していた。


 担当の水島は、この件に対応するのにウンザリしていた。黒元食品は、届いた商品を全部売ってしまったうえで、もともとのオーダー品を無料で納品させようとしていた。実際に強欲なところのある客だった。

 元はと言えば、納品を間違えた発送部署の責任だ。ウソをついてはいたが、水島は自分が悪くないと思っていた。


 水島の上司は、彼の尻拭いのために何度か黒元に連絡していた。だが、今日は担当の水島に電話するように指示した。今後のためにも、このくらいのことはサバけるようにならなければいけないと思っていたのだ。


 その頃、水島はひとりでコーヒーショップにいた。

 懐かしい曲が流れていて、楽しかった学生生活を思い出していた。

 彼は小さい頃からソコソコ勉強もできて、有名大学に入り、親には心配をかけない子だった。

 スポーツはテニスをずっとしていて、キャプテンになったこともあった。

 剛力商事の最終面接では、彼のそんなところが評価されたのだろう。彼は期待の新人として半年前に採用となり、営業部に配属されていた。


 ——オレには、やっぱりこの仕事は向いていないんじゃないか?街のオヤジの無茶苦茶な話を聞いたり、ドロを被るような仕事ばかりだ。

 水島がそんなことを考えていると、会社から連絡が入った。上司からだった。補償は会社で持つように検討するから、とにかく黒元食品に電話しろと言う。


 ——仕方がない......

「もしもし、剛力商事の水島ですが......」

「あぁ、ウソつきのあんたが電話してきたのか?」

「はい、ウソつきです」

「あのねぇ、あんたバカじゃないの?」

「はい、私はバカです......」


 水島はそのまま電話を切った。受話器の向こうで、相手が何かを言いたくてモゴモゴしているのがわかった。

 だが、これが水島の剛力商事での最後の仕事になった。


 後日、剛力商事の営業部長に水島のお母さんから電話があった。岩田営業部長の手元には、ちょうど水島からの辞表も郵送で到着したところだった。

 水島本人の携帯電話は、ずっと前から着信拒否になっていた。


 ——最後はママの登場か......

 岩田営業部長はつぶやいた。

 ——これで3人目だ。まだ半年にもならないのに辞めるなんて......


 岩田の経験をつんだ眼からみても、採用されて営業部にきた新入社員は、みなワルくはなかった。頭はイイし、背は高く見た目も良かった。

 しかし、些細なことでポッキリと折れて、辞めてしまうのだった。

 ——やはりAIが人の採用を決めているからなのか?

 俺がもっと採用に権限があれば、こんな事にはならないのに......


 実際には、AIの私情をはさまぬジャッジメントはフェアで的確だった。もし岩田が採用に絡んでいたら、岩田の好みのタイプの営業マンばかりとなり、相当に偏った集団になっていただろう。それでは現状維持が精一杯で、岩田の考えが及ばない先のところまではいけないのだ。新しく採用された営業マンたちは、岩田と全く違うスタイルで多くの実績を生み出していた。


 だが、岩田営業部長は歯がゆかった。昔気質の男と呼ばれていたが、岩田には会社を背負ってきた自負心があった。『営業は断られてからが仕事だ』が彼の口癖だった。昔はそれでも、みな歯を食いしばってついてきてくれた。彼らはテレビで巨人の星やスポコン番組を観て育った世代だった。


 今は彼が振り返ると、後ろには誰もついてきていないような気がする。

 いつの間にか会社の受付やオペレーターはロボットになり、人の採用はAI任せになっている。みんなソツなく仕事をこなしてくれるが、岩田のようなパンチの効いた個性のあるヤツはめったに見かけない。

 岩田自身も、自分が絶滅危惧種であることは自覚していた。


 ——たしかにロボットはリース料金だけで済むし、給料も賞与も払う必要はない。しかし......


 数日後に、岩田は剛力社長と飲む機会があった。

 取引先も同席していたのだが、岩田は常々感じていることを社長に話した。

「最近の社員は、なんというか、線が細いような気がするんですが?」

「そうか?他社でもAIが採用の人選をしているし、まあ、あとの新人教育はキミのウデ次第だから......

頼むよ‼︎」


 岩田はそれ以上は何も言えなかった。

 彼はあと数年で定年退職の予定だ。反感をかってでも改革しようなどとは、さらさら思わなかった。

 剛力社長と上林人事部長は親戚同士だ。そして、最近採用しているAIやロボットのシステムも、上林人事部長の息のかかった会社のものだった。そこに難癖をつけるわけにはいかなかった。


 そんなことに思いをめぐらしている岩田に、剛力社長が言った。

「安心してくれ。いよいよ上林くんの尽力で、営業マンにアンドロイドを採用することが決まったんだ。

 彼らは弱音を吐くこともないし、すぐに辞めることもない。キミの仕事もラクになるはずだ」

 社長は上機嫌で、ポンと岩田の肩をたたいた。

 ——し、しかし......

 岩田はまだ何かを言おうとしたが、そのままコトバを飲み込んだ。



「おかえりなさい」

 単身赴任の岩田が家に帰ると、ロボットが暖かい食事を用意して待っていてくれた。

 会社のタイムカードとロボットはAIのシステムで連動しているので、生活管理も会社手配のロボットが上手くしてくれた。ロボットは必要なこと以外は話さないが、彼の毎日をじっと見つめて、色々なことをしてくれているのだった。


 彼はいつものように、食事が終わるとDVDのスイッチを入れた。

 疲れた時には、『男はつらいよ』を観るのだった。

 彼はこのシリーズの全巻を持っていた。

 それを観ながら、あんなふうに自由に生きて、好き勝手に恋愛してみたいと、妄想を膨らませていた。そして退職したら、自分も風に吹かれるままに、妻と一緒にあちらこちらを旅したいといつも思っていた。

 そしてそのまま、この夜も眠りについてしまった。



 翌日も、いつもどおりの勤務をしている岩田に、奥さんから電話が入った。そんなことは滅多になかった。彼女は実家の両親が高齢なので、一緒に住んで世話をしていた。

「なんだ?忙しいんだが......」

「あなた、ちょっと具合が悪くて病院にいったんだけど......」

「どうした?病名は?」

「乳ガンで......末期なんだって......」


 岩田は目の前が真っ暗になった。

 ——もうすぐ一緒に旅に出るはずなのに......

 それが彼の考えつく、唯一の妻への罪滅ぼしだった。別に浮気をしたりしていたわけではない。ただ、一緒に居てあげられなかったのだ。

 だから退職したら、色んな所に旅行して、妻に美味しいものを食べさせて、喜ばせたいと思っていた。

 ——それなのに......末期だと?


 すぐに妻のところに帰って、そばにいてやりたかった。だが、これから会議がある。

 ——とにかく、後のことは会議が終わってから考えることにしよう......



『ようこそ!剛力商事の会議にお越しくださいました。もうしばらくお待ちくださいませ!』

 会議の参加者が入室するたびに、ロボットがレジメとお茶を運んでくる。それは音もなく座席の後ろを滑るようにいくので、参加者に違和感も不快感も抱かせなかった。


 間もなくして、剛力社長、上林人事部長、岩田営業部長が部屋に入ってきた。

「皆さま、本日はお忙しい中をご参加くださいまして有難うございます。

 私は人事部長の上林です。

 今日、お集まりいただいた目的は、我が社の未来を担う新入社員の採用と、その育成について、皆様の率直なご意見をお伺いしたかったからです。

 それでは、剛力社長からひと言お願いいたします」


「皆さん、お疲れ様です。我が社の業績は20XX年度も右肩上がりで、これも皆さんのハードワークのお陰と感謝しております。

 近年採用したAIを中心としたシステムにより、人件費を大幅に削減することに成功し、我が社は黒字経営の安定期に突入しています。

 今後はますますAI化を促進して、無駄のない経営とお客様満足を高めてまいります」


 上林が次に岩田を指名した。

「営業部からのご報告です。実績は社長のおっしゃるとおり右肩上がりですが、その陰で新人の定着率が下がっています。

 社長が常々おっしゃっているとおり、人は宝の観点で、人材教育には力を入れていきたいと思います」


 会社の業績も株価も上向きなので、人が辞めていくことを問題にする参加者はいなかった。岩田だけがそのことで心を痛めていた。


 だが人事部長の上林は、岩田の考えを読んでいた。

 上林はこの会社だけでなく、彼が関わっているAIの会社を育て上げようとしていた。

 だから岩田の悩みや問題意識は、AI技術の改善や発展のための貴重な材料だった。上林は、もっと岩田を利用しようと考えていた。そして岩田に近づくと後ろから声をかけた。


「岩田さん、よかったら今度、AIの会社を見に行きませんか?そこから営業部にアンドロイドの配属が決まっているので、実施するまえに微調整もできますから」


 岩田にはありがたい提案だった。急にアンドロイドがきてソリが合わないと、自分の評価が下がるのが心配だった。

「ありがとうございます。早く新しいシステムに慣れたいので、よろしくお願いします」


「それでは、これからしばらく、このリストバンドを付けていてください。血圧や脈拍なんかのデータが、自動的に記録されるだけですから」

 上林から言われるままに、岩田は自分の腕にそれを巻きつけた。


 会議が終わり、岩田はまっすぐ家に向かった。妻がいるかと思ったらテーブルの上に伝言が置いてある。

『医大病院に入院しました......』


 岩田が病院に駆けつけると、弱気になった妻に義妹が付き添っていた。岩田夫婦には子どもがいなかったので、妻の妹がきてくれるのは有難かった。

 彼女は岩田が来たのをみると、こっそりと部屋の外に彼を連れ出して言った。

「お姉さん、余命1ヶ月って言われたわ」


 岩田は返す言葉が無かった。

 ——もうすぐ退職して、2人で楽しく旅行をしようと思っていたのに......


「大丈夫か?遅くなってゴメン。心配しないでゆっくり治してくれ」

「ありがとう、ゴメンね」

 岩田は妻に何を食べたいかきくと、売店に買いに行った。雑誌も山ほど買ってきた。担当医師からは数日中に今後のことで説明を受ける事になっていた。

 病院の近くに住んでいる義妹に後のことを頼むと、岩田はまた職場に戻って行った。


 それから数日して、岩田は上林の車でAIの会社へと向かっていた。それは地方都市の山の中にあるという。そこに近づいていくと、まわりは山の緑の濃い人里離れた場所になっていった。

 突然、近代的な建物が出現して、到着したことが分かった。


 車から降りると、建物の向こう側に、住宅地が広がっている。

「あそこには職員も住んでいますが、アンドロイドの実験場所にもなっているんですよ。まぁ、ひと休みしてお茶でも飲みましょうよ」

 上林は岩田の肩をポンとたたいて、ティールームに案内した。


 ロボットが注文を取りに来る。それが終わると上林が話し始めた。


「あれはいつ頃でしたかねぇ。車の自動運転が始まり家庭ロボットが普及してきて、もうだいぶ前のことですが......あの頃から私たちは、ここでアンドロイドの研究開発を行ってきました。最初は軍事用に特化していたので、セキュリティーはもっと厳しかったんですよ。

 しかし、その後に平和の時代がきて、会社や家庭向きのアンドロイドの需要が増えてきた。建設現場や危険作業には、軍事用のものを微調整すれば対応できました。

 しかし家庭用には、もっと細やかな感情表現や配慮の出来るアンドロイドが要求されたのです。


 だからここで、アンドロイドを人間のように生活させてみて、彼らに日常的な経験を積ませてきました。

 営業部に今度お届けするアンドロイドをご紹介しましょう」


 上林はそう言って、1軒の家に岩田を案内した。

 そこには仲睦まじい4人の家族がテーブルを囲んで座っていた。

 岩田はしばらく見つめていたが、彼らは誰も微動だにしない。


「みんなアンドロイドですよ」

 上林は乾いた声でそう言うと、テーブルの上にあるリモコンを手に取りスイッチを入れた。

 男性のアンドロイドが動き出した。


「こんにちは!ご機嫌いかがですか?」

 にこやかに彼が言って、右手を差し出し握手をもとめた。その手は少し固めで冷たかったが、岩田は悪い気はしなかった。


「どうですか?岩田部長、アンドロイドはよく出来ているでしょう?半年以内に営業部に送りますので、月に数回はここに来て、彼とコミュニケーションをとってください。それから、部長にお渡ししたリストバンドで、データをとらせてもらっていますから」


 どうやら、岩田の腕に巻きつけられたリストバンドは、彼の血圧や脈拍を記録するためだけでなく、生活全般の様子も自動的に会社に送られているようだった。



 岩田は妻の見舞いに病院に来ていた。

 医師からの提案で、妻が亡くなった後にクローンを造れるようにと、いちおう妻の遺伝子を採取して保存してあった。クローンが造れるくらいなら、まず目の前の妻の身体を治してほしいと思ったが、まだ医学はその段階には至っていなかった。


 病室に入ると、やせ細り毛糸の帽子を被った妻がベッドの上にいた。

 ——なんという変わりようだ......

 岩田は何も言うことができずに、妻を抱きしめた。


「ありがとう」

 妻はそう言うと、ぎこちないが精一杯の笑顔を見せてくれた。岩田は無言で妻の手を握りながら時を過ごした。できれば最後の瞬間まで、このままずっと彼女の手を握り続けて、ここにいてあげたかった。

 ——そんなことができるヤツなんていないだろう。

 みんな仕事があるから、行かないといけないんだ。


 そう自分に言い聞かせて、岩田は病院を後にした。



 再び岩田がAIの会社に来ると、アンドロイドは岩田を憶えてくれていた。

 だが、簡単な挨拶のあとの彼のひと言が、岩田を驚かせる。

「奥さん、お大事にしてくださいね」

 ——なにっ?なぜ彼が妻の事を知っているんだ?


 ちょうどそこに上林がやってきた。

「驚かれましたか?

 アンドロイドは立派な営業マンになるために、あなたから色々と学ばせていただいているのです。いわば、ミニ岩田部長を造るとでも申しましょうか......

 これは結局のところ、アンドロイドと直結して指令を送っている中枢のAIを成長させるために必要なことで、『ディープ・ラーニング』と呼ばれるプロセスなのです。

 あなたから喜怒哀楽や話し方を学んで、AIはさらに的確な指示を、営業の現場でアンドロイドに出す事ができるようになるのです」


「こいつは、私の全てを知っているんですか?」

 岩田の言葉に、上林はうなずきながら言った。

「会社のためですから、ひとつ今後もよろしくお願いします」


 ——会社の......ため......か。

 そう言われると、岩田は反論ができなかった。

 ——長年働いてきた会社が、時代の流れに取り残されずに、今後も勝ち抜いていくためには、これもきっと必要なことなんだ。

 岩田は自身に言い聞かせながら、その場を立ち去った。



 妻を見舞いに行くと、医師からそばにいてあげるようにと言われた。今はもう山場に来ているというのだ。

 岩田は初めて3日間の休みをとった。

 ——多分、最初で最後のことになるだろう。


 そして、妻は力尽きた。

「奥様は最期までよく闘われました」

 医師の言葉が虚しく響いた。

 それは誰よりも岩田自身がよく知っていることだった。ひとり残された彼は、まだ妻の手を握っていた。


 ——よくやったよ。おまえは本当に立派だったよ。


 家に帰ると、ロボットが出迎えてくれて言った。

「お疲れ様でした」

 ロボットはじっと岩田のことを見ている。

 ——オレに同情してくれているのだろうか?


 それとも、ただデータをとるために、岩田のことを内蔵カメラで撮り続けているだけなのかも知れない。

 全てのデータが会社に転送されて蓄積されていることに、岩田はもう気づいてしまっていた。

 だが、そんなことはもうどうでもよかった。

 岩田は妻の写真の前で泣いていた、いつまでも。

 ロボットはそれをじっと見ていた。


 葬儀が終わり、49日が過ぎて埋葬の時が来た。

 岩田は妻との思い出のある場所に、墓を用意していた。緑の杉林に囲まれて、静かな空気の中にウグイスの声が響き渡る所だった。特に宗教にこだわりがなかった妻のために、墓石には『永遠』というひと言だけを彫り込んであった。

 ——これからも、此処でこの文字を見るたびに、彼女との永遠のキズナを思い出すのだろう......

 岩田はことのほか、そのコトバが気に入っていた。



 上林から呼ばれて、AIの会社に岩田は向かっていた。なんでも今日は此処で見せたいイベントがあるのだとか言っていた。

 岩田が到着すると、上林は先に着ていた。


「ようこそお出でくださいました。今日はアンドロイドを使ったディープラーニングの仕上げを行います。

 AIに人間の感情をより深く理解させるために、アンドロイドに家族の喪失体験をさせます。

 人間には家族のキズナほど大事なものはありません。それを中心にして、人の生きがいがあり、泣き笑いが生まれ、お金や経済も動いています。

 では、別室のモニターをご覧ください」


 私たちは離れた家に案内された。そこにあるモニターには、アンドロイドと家族がテーブルを囲んで座っている姿が映し出されている。


「Go!」

 上林がスタートの合図を送って間もなくすると、アンドロイドの妻と子どもたちが倒れた。

 ——アンドロイドは狼狽している。それはそうだ。

 愛する家族が突然倒れてしまったんだから......

 最近、妻を亡くした岩田は、アンドロイドに感情移入してしまっていた。


 アンドロイドの家のテレビでニュースが始まった。

『現在、世界的に治療方法のない不治の病が大流行していて、特徴は突然に倒れて心肺停止すること......』


 アンドロイドはしばらく家の中をウロウロしていたが、ニュースを観て納得したのか、少し落ちついてイスに座った。

「さあ、行ってみましょうか?」

 上林に促されて、岩田はアンドロイドの家に向かった。


 そこに着くと、アンドロイドは、ただ呆然とした様子で泣いていた。

「ブラボー、ブラボー!」

 上林は手を叩いて喜んだ。アンドロイドが涙を流して悲しむほど、人の心に近づくことができたからだ。

 だが岩田は笑えなかった。彼はアンドロイドと共に泣いていた。


「さあ、キミは立派なニンゲンになってくれたね?

 こちらがキミの赴任先の岩田営業部長だよ」

 アンドロイドは軽く会釈してから、上林に向かって言った。

「墓を、用意してあげてくれませんか?」

「なっ、なに?」

 上林には訳がわからなかった。

「彼は、家族の墓を造りたいと言っているんだよ」

 岩田が物分かりの悪い上林に怒って言った。

「だって鉄の塊に、そんなもの必要ないでしょう?

 死んだアンドロイドは倉庫に持っていくだけですよ」

 それだけ言うと、上林は出て行ってしまった。


 アンドロイドはしばらくじっと座っていたが、立ち上がって家の隅からダンボールを持ってきた。それにグレーの色のスプレー塗料を吹き付けてから、デスクトップのパソコンの周りを囲むように配置した。

 そして正面のダンボールの上のほうに、『永遠』という2文字を書いた。

 ——彼は、墓を作ったのだ......

 岩田は彼が自分の妻の墓を見ていた事を悟った。


 そしてアンドロイドは自分の手首の外部端末接続部のフタを開けると、パソコンの墓とUSBケーブルで繋いだ。彼がパソコン画面の中にある外部機器のアイコンをクリックしてプレイボタンを押すと、4人が仲睦まじく生活していた時のビデオが流れ始めた。

 それは彼の中の内蔵ハードディスクに蓄積された幸せの記憶だった。彼はいつまでもそれを見つめて、ただ泣いていた。


 しばらくすると、アンドロイドはそばにいる岩田のほうを向き、机の中から1枚のSDカードを取り出して彼に渡した。

 ——何が映っているんだろう?


 岩田はもう1台のパソコンにそれを差し込んで、スタートボタンを押した。

 今度の映像は、岩田と彼の妻が織りなしてきた愛の日々だった。

 もうひとつの『記憶の墓』ができたのだ。

 それは人が朽ちて、アンドロイドが居なくなっても、永遠に残る愛の記憶だった。

 岩田は、あと何年先までひとりで生きていくのかと考えていた。

 ——このアンドロイドにも、やがて終わりが来るのだろうか?

 だが、たとえ終わりが来たとしても、愛は永遠なのだ。


 岩田はすぐに妻の墓と仏壇に、彼女の好きだった音楽と映像が流れるようにした。

 ——なぜ、今までこんな墓がなかったのだろうか?

 やがて世間の墓の主流は『記憶の墓』となった。

 墓石自体に、故人の好きだった音楽や映像が流れる機能が備わるようになったのだ。石だけの古いタイプの墓しかない人のためには、墓苑のアメニティースペースで故人の映像の再生が楽しめるようになった。


 仏壇も同様に、故人の好きだった音楽と映像が流れるようになった。


 それを岩田が販売しているのは言うまでもない。










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