102 壺、ねずみ、盗み
ガチャーン! 壺が割れる音。サンチョとネールはそれが自分の心臓が割れる音かと想った。猫はそんな二人の間をすり抜け部屋を出ていってしまった。
「わーっ! やっちまったなお前これどうすんだよ!」
「猫が悪いんだ! 俺は関係ないぞ!」
二人が喚いているのは壺の中からこぼれた水が毛袋に染み込んでいることだ。毛袋とは二人の主人のマーガレットが集めた猫の抜け毛を入れてある布袋のことで、彼女はこれでフェルトを作ることを趣味にしている。
どんな高い家具を壊されようが、壁紙を裂かれようが気にしないマーガレットも、殊この毛袋に関しては恐ろしく敏感で、その魔の手は本猫にも及ぶことが多々あった。それが一山いくらの商人によって片付けられたと知れば一体どうなるか想像するのも恐ろしい。
「なんでもいいからどうにかしないとどんなコトされるかワカンねぇぞ!」
「もういい! 俺は裸一貫で生きて行くんだ!」
「待て、奴が帰ってくるまでまだ時間はある。鼠や犬なんかの毛を刈って出すってのはどうだ?」
「そんな当てがあったら俺がもうやってるさ! もちろん貸してもらうのも無理! 俺が隣の猫を盗んで来ようとしたせいで悪名が轟いてるからな」
「なんで俺まで巻き込まれてんだよ!?」
「このヤマが終わったら話してやるさ」
「アホみたいなこと言ってんじゃねぇぞ! とにかく毛を足さねぇことには...」
胸ぐらを掴みあって喧嘩をしていると、その時サンチョの頭に悪魔的な発想が持ち上がった。手に当たる汗ばんだモジャモジャ。
「そういえばあの猫は縮毛だったよな...」
マダムマーガレットは安楽椅子にもたれて趣味のフェルト人形を作っていた。袋に手を伸ばすと、少しの違和感。毛の質が硬い?
「使用人」
「ハッハイ」
「ここ最近ビクトリアちゃんに変わった様子はない? 例えば病気とか」
「いえ! 全然元気ですよ! この前も壺を割るほどヤンチャだったじゃないですか!」
「ふむ、そうかい。最近毛の質が変わったような気がしてねぇ。硬くて太くなった...まあしばらく様子見かねぇ」
それっきりマーガレットはまた黙ってフェルトをいじりだした。サンチョは嫌な汗がツルツルになった体を伝って行くのを感じていた。
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