61 すすり泣く、黄金、母
博物館の警備をしていると、どこからかすすり泣く声がした。エジプト関連の展示室だ。中に入ると、その声がよく聞き取れた。男だか女だかわからない細い声。中央に展示された黄金のツタンカーメンがライトを反射して不気味に光った。
おかしい。エジプト展示室はあまり大きくなく、隠れる場所もほとんどない。しかもこんなに大きな声で鳴いているというのに、どこにも姿が見当たらないのだ。あてずっぽうに仮面の方を見て声を張った。
「そこにいるのは誰だ。今ならイタズラで済むから出て来なさい」
すると鳴き声はやんでその声が答えた。
「私は目の前にいます。この仮面に取り付いているのです」
「なに、バカにするのもいい加減にしろ」
思わずカッとなって怒鳴ると、鳴き声の主は震え声で答えた。
「本当なんです。ほら、声はここからするでしょう」
確かにツタンカーメンに近づくと絵が大きく聞こえる。念入りに調べたが、マイクのようなものも見つからない。
「どうやら本当のようだな」
「でしょう」
声はだいぶ落ち着いたようだった。しかしこれは大事件だ。幽霊、しかもあのツタンカーメンのものともなれば、これは歴史に残る大事件だろう。これで有名になればこんなチンケな仕事をする必要も無くなるかもしれない。とすればここは取り入ってパートナーとして認められた方が都合がいいだろう。
「なぜ泣いていたんだ」
「はい、これが私の母親の話なのですが……」
グダグダと長ったらしい語りが始まったが、母親が馬車に轢かれたという話で割り込むことにした。
「待て、馬車? 王女が馬車に轢かれて死んだのか?」
「王女? 私はただの農民ですよ?」
「なに! お前はツタンカーメンではないのか!」
「はあ、私はワティと言いますが、ツタンカーメンとは誰でしょう」
なんとこいつはツタンカーメンではなかった。ツタンカーメンも知らないどこかの田舎者がくっついただけだったらしい。なんとバカバカしい話か。時計を見るともう2時間ほと身の上話を聞いていた計算になる。
「まあかわいそうだったな、あの世でうまくやれよ」
「あっ待ってください。まだ話が」
話を適当に切り上げ、業務に戻った。昼休みにこのことを思い出して受付嬢に話を振ったが、バカバカしすぎてバカにされたと思ったのか、ぎくしゃくした受け答えのまま会話が終わってしまった。次にあの幽霊が出て来たら仕返しをしてやると心に決めるのだった。
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