三題噺トレーニング

くねくね

1 夢、クッキー、人形

 ある夏の日、図書館で本を返した帰りにあてもなく散歩していた俺は、駅から少し離れたところに蔦の絡まった不気味な家を見つけた。近所のよく通る道で見つけたと言うのもおかしな話だが、なぜだかその日は景色が違って見えていた。

 うちの最寄駅は急行が止まる駅に挟まれた中途半端な田舎で、駅前から少し離れるとどう見ても無人のアパートが点々と立っている。落書きは少ないが治安がいいと言うよりは若者が少ないことの証に感じられるぐらいだ。俺はこの辺りを散歩するのを日課にしていた。と言うのも、とりあえず大学に入学したもののやりたいことが見つからず、サークルに入る気力もない俺は、講義が終わればすぐに電車に乗り、自分探しと称して駅から自分の街をぶらぶらするぐらいしかやることがなかったのだ。

 この家のある道、すなわち廃アパート街も間違いなく何度か通ったはずなのだが、妙に気をひくこの家を覚えていなかったのはなぜなんだろう? とぼんやり考えながらその家を観察する。一軒家としては結構広いだろうか、三角屋根の洋館風二階建てで、中央に扉があってそれを挟むように窓が二つずつある。奥には庭があるようで、塀と家の隙間にも敷石が敷いてある。

  よく見ると玄関らしき扉に張り紙がしてあった。『welcom』『ようこそ』他にもアラビア語やハングル、知らない文字で短い言葉が書かれている。……こんなことを書いて防犯は大丈夫なのだろうか? もしやと思いながら敷地に足を踏み入れた。

 扉を開くと鈴がしゃらしゃらと鳴った。中は薄暗いが、黄色いランプがいくつか置いてあるのと、日光が入って来るせいでものはよく見える。玄関から床が高くなっていて、横につながる廊下と、その奥には階段と扉が見える。「ごめんくださーい」「誰かいますかー」何度か呼びかけたが、何の返事も返ってこない。振り返って外を見るが、平日の昼間に寂れた場所をうろついている人間は、自分以外にはいないようだった。

 その時の俺は異常に興奮していた。誰かに見つからないか? 通報されていたらどう説明しよう? 異常者が出てきたら? 良心と保身の声を好奇心で押しのけ、俺は家の中をうろつき始めた。と言っても、内装はランプが置いてある以外は全く私物らしきものはない。そのランプも特別おかしいところはなく、わざわざ家に入った危険に値する成果を得るには、二階に行くか扉を開けなければならないようだった。

 心臓をガンガン鳴らしながらゆっくり扉を開ける。この部屋の中にも黄色いランプがあったが、そのランプは何者かの影を壁に映し出していた。思わず小さな声をあげて飛び退いたが、すぐにそれは人形だと気がついた。黄色い布で等身大の人間をかたどっているそれは、Yシャツとジーンズを着てソファーでくつろいでいるように座っている。テーブルにはクッキーが乗った皿が置かれていた。

 俺は何だか申し訳なくなってすぐに家を出ようとしたが、クッキーを一枚だけもらうともう少しだけこの家を探検する気になった。一階は玄関向かいの部屋以外にはなにもなかったが、二階には廊下や部屋に人形がいてくつろいだり雑談したりしていた。彼らの服は国や時代感はバラバラだが、人形の材質は黄色い荒縄で統一されていた。パサついてあまりうまいとは言えないクッキーを頂いてから俺は家をでた。日はすっすり傾いて、人形たちの影が長く伸びていた。赤く染まった道を帰りながら、俺は明日もあの蔦の絡まった家に来ようと思った。

 家に帰ってYシャツとジーパンのまま眠り、起きるともう朝になっていた。迎えにきた人形たちに感謝の言葉をかけながら俺は昨日きた道を戻り、蔦の家に帰ってきた。今回はおれがいっかいの部屋にすわる番のようだった。ソファーにすわってしんいりがいえにやってくるのをまつのだ。ながいじかんがかかるが、まつのはくではない。いつかとびらがひらくことはわかっているのだから。

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