第二話「振袖の少女」

「宝島 ~僕と二人の少女の空駆ける青春~」


原案:ロバート・ルイス・スティーブンソン

作:金谷拓海



第二話「振袖の少女」


――僕たちは海賊に追われている。だが、この冒険をやめても奴らは追ってくるだろう。宝の地図を返しても、許してくれないだろう。宝の地図を見てしまった以上、口封じされる。だから、僕たちは前進するしかなかった。


ちょっと時間軸をさかのぼる。


ヒグマとの戦闘終了直後。船長室に一人の男が慌てて入ってきた。

アレクセイ・リブシー。船医だ。眼鏡に白衣、いかにも理系っぽい硬い感じの30代だ。彼はジムと同郷で、ジムが心配でこの船に乗り込んでいたのだ

「ジム、ブリジット、大丈夫か?」

「僕は大丈夫」

ブリジットは下を向いていたが、見た限りでは大丈夫だった。

「私は大丈夫だから、レッドルースを診てあげて」振り絞る声でブリジットは言った。


「あ、ああ」

トリローニ家の執事・レッドルース、白髪の髪、口髭で老齢をうかがわせる。

その白髪が血で赤く染まっている。倒れているレッドルースに駆け寄り、診察するリブシー。

「たぶん、大丈夫だ。頭はすぐ出血するが、傷自体はそれほど大きくないことが多いんだよ」

「医務室に連れて行く。おい、誰か~」

船乗りを二人呼び出して、担架にレッドルースを載せて連れて行く。

「ブリジット、レッドルースのことは僕に任せてくれたまえ」

≪医者がいるだけで船旅は全然違うなぁ≫

改めて、船医の存在に感心したジムだった。


そして、時間軸を現在に戻す。

海賊船は特殊な推進装置を使い、大英帝国の軍艦を轟沈させ、そして、相当離れたところに行ってしまった。

すぐに追いつくことはないだろう。


空の色から赤が抜けていた。紺から濃紺へ、地球が動いている以上、いつまでも夕焼けという訳ではない。めまぐるしく空の色は変わっていく。


僕、ブリジット、そして、ゴールドはその空をジーと見ていた。


僕はブリジットと手をつないでいた。ブリジットの方から手を握ってきたのだ。

北風がピューと吹いた。高空なため、夜は冷える。

僕はブリジットとつないだ手にちょっと力を入れた。

もしかしたら、落ち込んでいるブリジットを慰めたかったのかもしれない。

その瞬間

「ちょっと! 何、あたしの手を握っているのよ!」

「このエッチ!」

「えっ! ブリジットの方から握ってきたんじゃないか!」

「そんなわけないじゃない!」

すごい勢いで手を振りほどき、もう片方の手で、今まで僕とつないでいた方の手をなでなでし出す。

「あー、もうイヤ、何もかもイヤ」

「あたし、自分の部屋に帰る。あたしが出てくるまで絶対入ってこないでよ。ジムだけじゃなくて、他の人もよ。じゃあね」

捨て台詞を言うと、ブリジットは自室に入っていた。カシャ。内カギを閉める音が聞こえた。

ゴールドが言った「お嬢ちゃん、多少は堪えたようだな。気が強いように見えるが、こんな修羅場初めてだろうからな。まあ、自分で出てくるまで放って置くしかないな」

「さあ、俺たちは片付けだ。あいつら、いろいろぶっ壊していきやがったからな」

「はい!」

その時、また緊急ブザーが鳴りだした。

「ジム、片付けは後だ。船橋に行こう」

走り出すゴールド。

僕も後ろをついて行く。


船橋には、スモーレット船長が苦虫をすりつぶしたような顔をしていた。

「海賊の奴ら、機関室も襲ったのよ」

「そりゃ、当然だろうな」とゴールド。

「もちろん、襲われる可能性が高いから機関室のドアは他より頑丈にできている。それに、中にも機関士たちが複数いて、そう簡単には占領されないわよ」

「だから、問題ないって思っていたんだけど、奴ら、腹いせに貯水槽を壊していったのよ」

「槽自体はもう修理し終わったのだけれど、水がほとんどなくなっていて」

「船長、別に水がなくても航海は続けられるんじゃないの?」ジムが無邪気に聞く。

「そうはいかないのよ。蒸気機関は水と石炭が命。どちらが欠けてもダメ。蒸気機関が止まるわ。そうなると、船は風任せでフラフラと漂うだけで目的地には到底到着できないわ」

「ええええ!」

「船長、厨房にまだ水が2樽ある。それでなんとかならないか?」

さすが、頼りになるゴールド。

「飲料水だが、もちろん、蒸気機関にも使えるさぁ」

「ナイスアイデア! ゴールドさん、あなた、冴えてるわね」ちょっと船長の顔がほほ笑んだ。

「これで1時間ぐらいは飛べるから。その間にどこかに降りて水を補給できれば冒険は続けられる」

「ハンス、この辺で補給できるポイントはある?」

航海長のハンスが答えた。

「シリー島なら確か小さいながらも補給ができる町がありやすぜ」

「1時間ちょっとかかりますが、なんとかなるでしょう」

コワモテのハンス航海長がニヤッと笑った。黄色がかった歯が見える。何本かは欠けていた。

「すぐに、シリー島に出発よ」

「あなたたちは、すぐに厨房に行って水を機関室に運び込んで頂戴」

「へーい」水兵たちが何人か立ち上がった。

≪ふー、なんとかなりそうだけど、飛行船の旅っていうのも結構大変なんだな≫

そう、ジムは思った。

そして、厨房への帰り道。

船長室の前。

「レッドルースさん、あなたはまだ寝ていないといけない身体なんです。わかりますか?」

船医のリブシーさんだ。

「いいんじゃ。ここに居させてくれ」

レッドルースさんは、頭に包帯を巻いていた。

そして、船長室の前に立つつもりだ。本当は船長室の中に入りたいのだろうけど、中からブリジットが鍵を閉めているし、「誰も入っちゃダメ」って言っていたので敢えて自分からは入らないのだろう。

「じゃあ、せめて椅子に座ってください。それくらいならいいでしょ?」

「……わかった…」

レッドルースさんは、安い木製の椅子に座り、船長室をガードし続けるようだ。

その姿は、ご主人を守る老番犬っていうところだ。


また、あたりがザワザワしてきた。

僕は船の進んでいる方向を見た。

とっぷり暮れた夜。なのに、前方のある一点のみ光が見えた。

よーく目を凝らす。

≪炎だ。炎が見える≫

船が近づいていくに従い、その炎は鮮明に見えてきた。

シリー島の補給ができる小さな町が燃えているのだ。


甲板にはいつのまにやら、ゴールドも来ていた。

「今日は本当に忙しい日だな。ジム、上陸の準備をしていろ。何が起きたのか、確かめにゃあならん」

「あっ、はい!」


町全体が燃えていた。何もかもだ。

ぼくたちは船着き場に船を着け、ロープを使い下船した。


スモーレット船長が指示を出す。

「A班は水を探して。どうしても水だけは補給しなければならない」

「B班は人命救助。船乗りは絶対見殺しにはしない。これは海…もとい、空の鉄則よ」

「へーい」水兵たちが返事をする。


僕もB班に混じり、捜索をする。ゴールドも一緒だ。

町は分かりやすい一本道だった。両側に飲食店や食品屋が並ぶ。

「だめだ。誰も生きちゃいねえ」

燃え上がる業火、それは、人の生を否定していた。

僕たちはどんどん道を奥に進んだ。煙がすごい。ゴホゴホッ、むせながら進む。

飲食店がなくなり、今度は旅館が多くなっていった。だが、こちらも燃え盛り、とても人が生きている感じはなかった。

そして、道の行き止まり、明らかに豪華な館が目に入った。

この町の最高級ホテルといったところだろう。いや、最高級ホテルだったというべきか。

こちらも、轟炎に包まれ、燃え盛っていた。


その前に黒いシルエットが見える。最初は逆光で見えなかったが、近づくと徐々に人の形であることがわかる。

轟炎の前で立っている女。目はオオカミのように鋭く、その髪は西洋人にはない真っ黒で直毛だった。

その女は見たこともない東洋の赤い服を着ていた。日本人ならみんな知っている。その服は「振袖」と呼ばれる服だった。そう、成人式で女の子が着る服だ。

「あ、女だ」ジムは叫んだ。

その女…女の子は手に剣を持っていた。これも見たことがない剣。片刃で刃身が反っている。西洋の刀に比べるとだいぶ軽そうだ。


女の子はすごい形相でこちらをにらんでいる。

「近付いたら、斬ります」

「大丈夫ですか? 僕たちはあなたを助けに来ました」

「海賊じゃ…ない…の?」抑揚のない澄んだ声が聞こえた。

「海賊? 生きている人は君以外いなかったよ」

「僕はイギリス人。火事が見えたので助けに来たんだ」

「海賊じゃ…ないの…ね……」

そういうか言わないかのうちに、目がどんどん光を失い、女の子は前のめりにパタッと倒れた。


「ゴールドーー。生存者がいたんだー」

「俺が運ぼう」

「なんだ、剣を離さないぞ。ジム、手伝え」

無理矢理、剣を離し、ゴールドは女子を、ジムは剣を持って船に戻る。



そして、ヒスパニョーラ号の医務室。


「どうやら、悪い煙を大量に吸い込んだようだ。だが、君たちが素早く運んでくれたので、もう大丈夫だよ」船医のリブシーさんだ。

女の子は医務室のベッドで寝ていた。寝ていながらも眉間にはしわが寄り、夢の中でも戦っているようだ。


「ちょっと休ませてやってくれ。さあさあ、ジムは部屋から出てって!」

リブシーさんに言われて、僕は退室した。


「出航するぞー」遠くから水兵の声が聞こえる。

どうやら、水の補給はうまくいったようだ。

だが、それ以降も医務室に運び込まれた人はいなかった。どうやら生き残りはあの少女一人きりになった。


数時間後、長かった一日がようやく終わりそうな時間。

僕は気になって、再び医務室を訪ねていた。


こっそり中に入った。リブシーさんは自席の椅子に腰かけ寝ていた。リブシーさんも大変だったのだろう。

奥を見た。女の子がベッドで寝ている。

近寄ってよく見た。

長い睫、小さな顔、何より特徴的なのはその髪の毛だった。真っ黒でまっすぐ。西洋では見たことのない髪だった。東洋人ながら西洋人か?と間違いそうになるぐらいの白い肌。小さな唇がちょっと動いた。

「う…、うう…。コテツ…、あたしのコテツ」

女の子が寝言を言った。

「コテツ? コテツって何?」

「刀…」

≪ああ、あの剣のことね≫

「ちょっと待って」

僕は部屋の隅に置いてある剣…刀を手に取り戻ってきた。

「これ、これでしょ」

女の子は突然、上半身を起こした。いつの間にか服は脱がされていた。治療の邪魔になるので、リブシーさんが脱がしたのだ。

女の子の白い肌がジムの眼前に広がる。

白い、その白い肌の、より一層白い部分。女の子が絶対隠す部分が見えた。

胸だ。本当に小さな胸。二つのふくらみは一掴みの砂を落として作った砂山のようだった。

ジムはギョッとした。

その二つの胸の真ん中、ヘソに掛けてまっすぐな傷跡が見える。その傷は今日付いたものではなく、昔の傷のようだ。だが、その傷はいまだ赤く、そしてその白い肌に醜いクレパスを描いている。

「ご、ごめん」

僕は胸を見た罪悪感と、その深い傷跡を見た気まずさから、横を向いた。

当の女の子は胸を見られた羞恥はないようで

「コテツ…」と繰り返した。目はうつろだった。

僕は刀を彼女に渡した。

それを手に取り、女の子はホッとしたようで、またベッドに倒れ込んだ。

僕はそっと女の子の胸にシーツを掛けた。

その時

「じーーむ! 動きのとれない女の子に、何をしているんだい」

リブシーさんが起きたようだ。

「あ、お、あ、ごめんなさい。どうしても、この子のことが気になって」

「具合がよくなれば、ちゃんと面会許可を出すから、今は早く出ていきなさい」

そう言って、リブシーさんは僕の耳をギュッとつまんで扉の方に進んだ。

「いててて、ゴメン、ごめんなさい」

扉を出る時、一瞬だけ女の子が見えた。

女の子は刀を胸に前に持ち、寝入っていた。さっきみたいな険しい顔ではなくなっていた。

≪ぼくはそれがちょっとうれしかった≫


一方、海賊サイドはどうなったであろう。

フリント海賊団 四番隊フラッグシップ「大いなる野望」号。

そのブリッジの船長席に座るピュイ。そして、死神BD。

「EB(エマージェンシーブースト)を使った以上、いったん、アジトに戻らにゃなるまい。火薬を再充填しておかないと、次、海軍に遭った時、落とされちまう」

「じゃあ、小僧たちの追跡は?」

「悔しいが、他の船に引き継ぐ」

「で、どの船に?」

「この辺にいるのはもうヤツしかいねえ」

「お頭、あの船はやべえぜ。拷問師・ゼロが率いる部隊じゃねえですかい」

「ヤツはやばい。へたすりゃ、あの船の全員が惨殺されちまう」

「仕方ないだろう。奴らを取り逃がすよりいい」

「BD、無線でゼロに連絡しろ!」


濃い雲海。そこで2隻の飛行船がランデブーしようとしている。

1隻は「大いなる野望」号。そして、もう1隻は、小型ながら大きなプロペラがついていて、高速が出せる高速飛行船。やはり、空気嚢は真っ黒で、ドクロのマークとその下にクロスする2振りの鎌が描かれている。

船と船の間に吊り橋のようなものが架けられる。これで行き来は自由だ。

大型船の方のブリッジ。

船長席に座っているピュイ。舵輪の前にBD。

BD「接舷完了です。あにき~」

「そうか」

ドアが開く。そこには、全身黒づくめの男が立っている。

「足音でわかったぜ。ゼロ、お務めご苦労」

「ピュイ様。今回も大量の金貨、燃料、食料を調達出きました。ただ、東洋人の一団に手こずりまして…。でも、人質を取ったら、やつら降伏しました。ほんに人質作戦は効果抜群ですわ。もちろん、そのあと、全員殺しまたが…。ホホホホ…」

「悪んだが、ゼロ、その人質作戦を再度やりたいんだ。ちょっと骨を折ってもらえねぇか?」

「ピュイ様のご命令とあれば」

「ある船の娘をさらってきて欲しいんだ。10代の女は1人しかいないからすぐにわかる」

「誘拐、拷問は私の得意技。今日中にその娘を連れてまいりますわ」

ニヤッといやらしく笑うゼロだった。


一人、自船に戻ろうとしているゼロ

「フフフフッ…。また、お楽しみが増えたわね」

お姉言葉を使うその男は、厚い唇にオールバックの髪型、服はボンテージを基調とした黒で統一されていた。

「また、惨殺が出来るわね」

「あの島のように…」

燃え盛る島。そう、シリー島を襲った海賊こそ、フリント海賊団四番隊独立部隊、別名「死神の鎌」ゼロ船長だったのだ。

「さあ、どうしようかしら?」

見えないヒスパニョーラ号が見えているかのように、にやりと笑った。


翌日、本日も天気良好。だが、雲が多く、敵船がどこから飛び出してきてもおかしくなかった。


「もう退院だ。次の寄港地に着いたら、そこでこの船を降りるんだ。あとは君の好きにしていい。寝る時は、この隣にある病人用個室を使っていいからね」

「ありがとうございました。先生」

日本人らしく深々とお辞儀をする少女。服は元々の振袖を着ている。腰には刀がぶら下がっている。

甲板で心地よい風を浴びている少女。

「あたしだけ またも助かってしまった。みんな、ごめんね」独り言を言う。

「やあ、キミ、退院できたんだね。よかった」

「ボク、ジム。昨夜はいきなり押しかけてゴメンね」

「シリー島では助けてくれて、ありがとうございます」事務的な口調だった。

「もし、よかったら、あの島であったことを教えてもらえないかな?」

「まだ言えない。整理が付かないから」

「そうだよね。ゴメン。気が利かなくて」

その少女はそのあと、ちょっと考え込んだ。それから…

「いえ、やはり、言います。あの島であったことを。あなたはあたしの命の恩人ですから」

「あたしは、お父さんの仇を討ちにヨーロッパまで来ました。お父さんの仲間と一緒に…。だけど、その仇が見つかる前に、あの島で海賊に襲われて…。あたしが人質に取られて、そのせいで、仲間がみんな殺されてしまった。あたし、死神なんです。父が死んだときもそうだったんです。あたしと一緒にいると、お父さんも…そして、仲間も…。あたしが死ねばよかったのに」

「バカだな。それだけみんなは君に生きていて欲しかったってことじゃないか」

「ボクの父は船乗りだった。雲海じゃなくて海の方の。だけど、ある時、消息がプッツリとれなくなったんだ。それからお母さんすごくやつれて。とうとう、お母さん死んじゃった。僕は父の失踪には何かあると思っている。そのために冒険に出たかったんだ。今回、宝の地図を手に入れて、冒険に出れるってわかったとき、うれしかったんだ。父の秘密に近付くことができるかもしれないって。絶対、父には何かあったんだって」

「ジムさんの話を聞いて、ちょっと元気が出ました」

「とりあえず、座ってよ」

ジムと少女は側舷のベンチに並んで座る。


「本当にありがとうございます。あたしの名前は、宮川ケイ。日本人です」

「日本って、ヤーポン? 確か東洋の島国でなんだか不思議なところだって聞くけど」

「不思議って…。あたしたちにとってはそれが当たり前なんです」

「その服も不思議だね。なんだかお人形さんみたいだ」

「これは振袖という民族衣装です。独身女性しか着れないんです」

「へええ、そうなんだ」

「あたしの国では、女でも敵討ちしていいんです」

「へえ、すごいね。西洋ではあり得ない風習だよ」

「………」

「あたし、次の補給地点で下船します」

「そうか、そりゃそうだよね。そうだ、よかたら、友達、友達になろうよ」

ジムは立って、ケイに手を伸ばした。

「西洋式のあいさつ。握手」

二人は握手をした。「もうこれで友達だ」

「では、あたしも友達のしるしをします」

ケイは左に置いていた刀を、右に置き直した。

「え?」

「あたしの国では、友達と話す時は刀を右に置くんです」

「左に置くと、すぐに刀を抜ける。右に置くとすぐには刀を抜けない。抜けないことが友達の証です」

そう言って、ケイはちょっとだけ口の端の筋肉を動かした。ケイなりの笑顔なのだろう。まだ、心の傷が大きすぎて、笑うことが難しいようだ。


その時、突然、雲海から何かが飛び出してきた。

ハングライダーだった。そのハングライダーには人が乗っていた。黒ずくめの男。

その男が鞭を振るう。ケイのウエストのあたりに鞭が当たる。そのままくるくると鞭がケイの身体を縛る。

ケイ、反応して、刀を取ろうとする。ついクセで自身の左をまさぐる。

刀はない。さっきの行動が裏目に出た。


その間に、その男は鞭を手繰り寄せる。身体をくの字に曲げたケイを男は小脇に抱える。

ケイ叫ぶ「ジム、あたし死神だから、このまま放っておいて。今度はこの船の全員が死んじゃうから」はじめて、表情が出た。必死な顔だった。


「ホホホホ…。女は預かったわ。返してほしければ、本日日没までにピレネー山脈のピネタ湖まで来なさい。宝の地図と引き換えよ!」

そういうと、ぐーーんと旋回して、そのハングライダーは消えた。


ジムは何もできなかった。


その後、船橋で会議が開かれた。

≪僕は何もできなかった≫自責の念に駆られるジム。

船橋スタッフに事情説明をする。

まずはハンスがしゃべった。「その日本人は無視していいんじゃないですかい?」

「御嬢さんが誘拐されたんじゃアウトだったけど、幸い、先方は間違えて、その子を誘拐した。これって、ある意味ラッキーじゃないですかい」

「元々あの島に居たら、死んでいた身でしょ。それが1日延びたってだけで、罪悪感を持つ必要もないじゃないですかい」

他のメンバーも黙る。

確かに冷酷に考えれば救いに行く必要はまったくない。昨日助けただけの少女だ。ジム以外ではリブシー船医はしゃべったが、他の船員はその存在すら知らない。

そんな子のために宝の地図を失うことはない。それが大半の意見だった。


≪だけど、僕はイヤだった。東洋の島国から親の仇を討ちに来て、仲間を失い、今また絶望の淵にいる女の子を見捨てる。それは本当にしていいことなのだろうか?≫


「僕はあの子・ケイを助けたい」意を決して発言した。が、ジムはまだ15歳。子供だった。

「ごめんね、ジム。あの子は気の毒だけど、助けに行ったら、私たち全員も殺されるのよ、船長としてそれは許可できない」スモレットも反対した。


一応の結論を出して、作戦会議はそのまま散会になった。




一方、海賊サイド。

拷問師・ゼロは一足先にピネタ湖に着いた。この湖は高原にある湖で水温が低く、まわりの景色はすばらしい景観だった。この高所には毒の雲海も到達できず清浄な空気が流れている。ただ、交通の便が悪く、無人の水車小屋が1軒あるだけで、他にはこれといって何もなかった。見上げるとピレネー山脈の峰が見える。山頂には雪が積もっていた。


ゼロの船がふわりと降りてきて、着陸する。

「ピュイに、お宝、奪われちゃたまらないわ。お宝の地図は私のものよ。誰にも渡さない」

ゼロは、ピュイたちを騙して、自分一人で宝の地図を奪おうとしている。

「私がいくら稼いできても、全部、お宝は取られちまう。これからは、大海賊ゼロ様の時代よ」

そう言って、船を降りた。


「とりあえず、お前が持っている情報を教えてもらうわよ。情報は宝だからね」

「まあ、すぐには言うとは思えないわね、まずはこれからやっていこうかしら」

ゼロは上機嫌で黒い革ベルトをケイの首に巻いた。

ケイはされるがまま。無言で目を閉じている。

「知ってることは靴のサイズだろうが、親のホクロの数だろうがなんでもかんでも、洗いざらい喋っちまいなよ。その方が楽よ」

ケイ、急に目を開け、ゼロの方を見て、キッとにらみ、唾を飛ばす。ゼロの顔にかかる。

「ホホホ…、いいわねぇ。そうじゃなくちゃ」唾を腕で拭う。


「さあ、まずはこれからね」

首輪に通した縄を風車小屋の隣にある木の枝に通す。そのまま一気に引き上げる。

爪先立ちになるケイ。首が締まる寸前。


いわゆる“生かさず殺さず”の姿勢だ。首が締まり、つま先立ちで力を入れるとわずかだが首の苦しみは減る。が、そのためには、ふくらはぎに相当力を入れなければならない。それは、長時間はできない。これはかなりツライ拷問の一種だった。


「さあ、お楽しみの時間よ」

ゼロは誘拐の時、持っていた鞭を取り出した。彼?いや彼女は鞭使いだった。

ゼロは好みの場所に鞭を当たられる。

「さあ、最初はここからね」

ビシッ。冷たい音が高地に響いた。

ケイの臀部の服が裂けた。ケイは悲鳴を上げなかった。

が、身体は反応して腰が動く。その分、体重が首にかかり、呼吸が苦しくなる。


「お前はなぜ、あの船にいたの。お前と船の関係はなんなんだい?」

「あなたには、何も教えない。昨日、私の仲間を全員殺した。あなたの言う通りに武装解除したあとにね。あたしはあなたを忘れない。どこまでも追い詰める」

「ほー、言うわねぇ。昨日に続いて、今日もお仲間さんを皆殺しにしてやるよ」

「まさにお前は疫病神。死神だ」

「ジムたちは来ない。あたしに人質の価値はない」

「そんなはずはない。ピュイは10代の女がいて、そいつさえ捕まえれば、宝の地図は手に入ったも同然と言っていた。ピュイほどの大幹部が間違うはずがない」


「次はここね」ゼロの鞭は容赦がなかった。次は太ももにヒットする。またも和服が破け、皮膚が露出した。そして、そこも赤くミミズ腫れを起こした。

またも、ケイは悲鳴を上げなかった。

「耐えるわね。興奮しちゃうわ」

「あなた、女で残念ね。私、女に興味ないの。男だったら、目くるめく快楽地獄を味あわせてあげたのだけど、女には鞭地獄で十分ね」

「さあ、三発目行くわよ」

それからもケイの身体中に鞭がヒットした。ケイは耐えた。


首が締まっているので、途切れ途切れにケイがしゃべる「あなた、本当にダメな人ね。あたしがいるのはイレギュラーだって、まだわからないの? 人質の価値がある女の子はまだ船にいる」

「そうなのね! あの船は偶然、シリー島に立ち寄ったってことね」

「そう、そういうわけ。だから、あたしに人質の価値はない。わかった?」

「そう。でも、まだ、殺さないわ」

「日没になって、助けが来ないってわかって、その絶望の淵で絶命する。それって、ゾクゾクしちゃうことだと思わない?」

恍惚の表情を浮かべるゼロ。気味が悪い笑顔だった。よだれが口から洩れていた。

「私、拷問で落ちる瞬間がたまらないの。今まで威勢のよかった人が命乞いをする。そして、私が命じるままに私の靴の裏を舐める。その瞬間が何より楽しいのよ。あの快感は、セックスや薬じゃ味わえないわ。禁断の味ってやつよ。さあ、だからそんな簡単に音を上げないでよ」



日没まであと1時間。

「今度はこれを使うわね」

ゼロは水車小屋の水車を指さした。

部下の一人が言う「お頭、それだけはやめた方が…。拷問を何度もしてきた俺っちらが見ても、ありゃ残酷だ」

「それはほめ言葉だねぇ、ぜひ、やりましょう」

逆効果だった。


ケイはずたずたにされた服のまま水車の前に連れてこられた。

水車は止められていた。その水車の円周に沿って、ケイの身体が固定されていった。

まずは伸ばした両手、次に身体。胸のところでX字型に縄をかけていく。

ふくよかな女性だとバストが強調されて淫靡な感じになるが、胸がほぼないケイではむしろ痛々しさが増すだけだった。

次にウエスト、最後に両足首を固定された。


「さあ、いってらっしゃい」

ニィと笑いながら、水車を固定している棒を取り除く。

ギィイイ。ゆっくりと動き出す水車。ケイは水車の上部を通り、次に頭から水に突っ込んだ。

寒冷地特有の刺すような水。鼻から水が入る。さらに身体中のミミズ腫れの箇所がジンジン沁み出した。

激痛に耐え、苦悶の表情を浮かべる。

息が苦しくなる。まだ、水中だ。

もう呼吸が尽きる。そう思った時、やっと頭が水から出た。

ゴホッ、ゴホッ、むせ返る。大きく息を吸う。が、今度は首が苦しくなった。

「あら、やだ、私、言い忘れたわ。革って水を吸うと縮むんですって、この首輪もね」

じりじりと縮む首輪。

「さぁ、もう一周ね」

ゼロは飽きることなく何度も何度も繰り返す。

ケイの体力はどんどん削られていく。それと同時に精神力も削られていく。

身体は耐えられても、心が負けたら、それで終いだ。

そのあたりを、ゼロはよく心得ている。本当の拷問師だ。


高地に日没が迫っていた。ピレリー山脈の突端が赤く彩られ、きれいな夕焼けに染まる。

「あと10分で日没ってところかしら。ほら、助けは来なかったわね。やはり、あなたは用無し人間なのよ」

「ハア、ハア、ハア」ケイの体力は限界まで来ていた。


その時、上空から声が聞こえた。

「約束通りに来たぞ、海賊ども」

ジムだった。


プオンプオン、蒸気機関が動かすプロペラの音を鳴り響かしてヒスパニョーラ号が着陸した。ちょうど敵海賊船と向かい合う形だ。

「へぇ、あんたって、人質としての価値あったのね。水車を止めな!」

すんでのところで、ケイは死を免れた。


ケイは首を左右に振った。「来ちゃダメ」あらん限りの声で言う。

タラップからジムが降りてくる。

「待たせちゃったね。みんなの説得に時間がかかっちゃって。でも、よかった。まだ生きていた」

「ジム、来ないで…」消え入りそうな声。

「おまえはだまってな。うるさい女には、コレ使ってあげるわ」

「これはきついわよ」

そういうとゼロはポケットからゴルフボール大の球が付いた紐を取り出した。いわゆるボールギャグだ。口にボールをハメて固定し、口を閉じることが出来ないようにする拷問器具だ。ご丁寧にボールには何か所も穴が開いていて、そこから水が入り込むという仕掛けだ。


ゼロはゾクゾクしながら、それを自らケイにはめていく。

「ほら、口をお開け」

口を必死で閉じているケイ。だが、ゼロは手慣れた感じでケイの鼻を抑える。それでなくとも、呼吸が整っていない。鼻孔を抑えられれば口を開けるしかない。

その瞬間をゼロはとらえた。

「ほら、いい子ね」

ボールギャグはケイの口にスポッとはまった。そのまま紐を後頭部で固定する。ケイは口を閉じる自由をはく奪された。


「いい子ねぇ、じゃあ、水車、動かすわよ」

ギイィィ、不気味な音とともに水車が動き出した。


「宝の地図はここにある。」

「ケイと交換だ」

「ホホホホ…、宝の地図が先よ。それにそんなことを言っている間にこの女、死んじまうかもしれないわよ。早く取引を終わらせないといけないじゃないかしら」

「わかった。いま、持っていく」 「おっと、降りるのはおまえだけよ。少年!」

「わかった。いま、いく」


ケイの身体は天頂部を通り、再び水の中へ。

今度はさしものケイもまいった。

閉じられない口、そこに嵌っている球の穴から水が容赦なく入ってくる。その水は徐々に喉の奥へと侵入してくる。もちろん、鼻孔からも水が入ってくる。

ゴホッゴホッ、水中でむせてしまった。これが更なる地獄への入口となる。

むせたあと、人体は条件反射で息を吸い込むようにできている。これは避けられない事実だ。だが、ここは水中。空気の代わりに吸い込まれた水はケイの肺へと侵入していく。

肺が水で満たされればもう血液に酸素を送り込むことが出来なくなる。つまり、死である。

≪もうダメかもしれない≫

ケイが初めて弱音を吐いた。父の仇を討ちに来た異国の地。そこで仲間を殺され、また、自身もなんの罪も犯していないのに、理不尽な理由で殺されようとしている。


この時代、人の命は軽い。たくさんの人が理不尽に殺されていった。シリー島の町人たちも、つい先日までは平和に暮らしていた。それが海賊によって一瞬で全滅。この時代を生き延びるには腕っぷしと、もう一つ“運”が必要なのだ。


ギィイイ、なんとか生きて水中から顔を出す。

激しい咳、それとともに、何割かの水を肺から出すことに成功した。

≪だが、もう一周は持たない≫

ケイは覚悟を決めた。



ここで、また時間を遡る。

ヒスパニョーラ号。作戦会議の後、厨房にて。

大量の玉ねぎの皮をむいているジム。剥いた皮と芯の部分をゴミ箱にどんどん捨てていく。

納得いってないジム。

「ジム、どうしたぁ?」

「ゴールド、だってさ、女の子が一人死ぬんだよ。なんでみんな平気なのかな?」

「ん? これからの旅、誰も死なないなんてことはないんだ。絶対誰かが死ぬ。それぐらいこの冒険はやべぇ」

「だいたい、なんであの子を救いたいんだい? ちょっと話しただけだろう」

「親がいないところが僕と同じ境遇だから。うーん、なんか違うなぁ。そう、あの子はなんか影があるんだ。ああいう子が絶望の淵で、誰からも必要とされなくて、死んじゃうのがイヤなんだ。ああ、うまく言えない」

「もしや、おまえ、惚れたな」糸目になって小声でジムの耳元で言った。

頬を真っ赤にして「そんなんじゃないやい」

「でも、気になる!」

「わかった。じゃあ、助けに行こう」

「でも、どうやって!」

「まあ、任せなって!」


ジムとゴールドは船橋にいた。

「船長さん、あの子、ケイを救いに行ってくれねぇか?」

「さっき、否決したでしょ」

「あんたも女だ。あんな年端もいかねえ女子が海賊どもに何されるか想像できっだろ?」

「そりゃ、そうだけど」

「ジム、宝の地図はどこにある?」

ジム、素直に「このロケットの中に入っているよ」

それを受け取るゴールド。

「この宝の地図の持ち主はジムだ。ジム、これ、捨ててもいいよな?」

船橋の窓から手を出すゴールド。手にはロケットの鎖が握られている。

「いま、手を広げたら、このロケットは雲海に沈む。もう誰もその場所はわからねぇ」

「ちょっと待ってよ!」


スモレット船長にもこの冒険での目論見があった。

この船は元々スモレットがオーナーだった。だが、酒とギャンブルが祟り、借金取りに権利を抑えられたのだ。その権利を買い戻してくれたのがトリローニの旦那。そして、トリローニは、この冒険が無事完遂できたら、この船の権利をスモレットに返すと約束しているのだ。どうしても、この船を再び取り戻したいスモレットは、宝島に行くしかない。ここで宝の地図が紛失したら、もうこの船は戻ってこない。それだけは避けたかった。


「わかった、わかったから。もう行けばいいんでしょ行けば…」

「でも、宝の地図を奴らに渡したら、やつらもう手加減なしに攻撃してくるわよ。そうなったら、昨日の軍艦みたいにあっと言う間に撃沈されちゃう。いまは、宝の地図という切札があるから奴らも総攻撃できないだけなんだから!」

まさに正論である。

「それに関しちゃ、俺らに任せてくれ」

「俺とジムで作戦を立てる」

ジム、慌てる。≪ええ、そんな都合のいい作戦が思い浮かぶかな?≫

が、その場はそれで丸く収まった。

とにかくも、ケイを救いに行ける。それがジムにはうれしかった。


再び厨房。

「どうしたら、やつらからケイを助けて、さらに宝の地図を奪回できるかな?」

「30秒だ、30秒やつらの目を塞げれば、その間に少女を助けて、宝の地図も取り返せる」

「30秒かぁ」

考えるジム。厨房にあるゴミ箱に座る。ごみ箱はサイコロ型をしていて、上にごみを入れるための丸い穴が開いている。

勇猛な海賊たちから30秒間のスキを作る。それは難題だった。

「なんか手はないのかなぁ」

立ち上げり、思い切りごみ箱を蹴った。

ドゴッ。ごみ箱から臭気が立ち上る。

「臭い。目が痛い。そうか、さっき玉ねぎ切ったんだ」

「あ、ゴールド、これだよ、これ。これ使えるよ」


そして、時間軸は現在へ。


「あら、かわいい子ね。5年経ったら、おねえさんが相手してあげるからね」

ジムの背中にゾゾゾゾッと寒気が走る。


その間にも、水車は動き、1回転した。

水から出てきたケイは瀕死だった。ゴホゴホと大きな咳を吐く。そのたびに、大量の水が口から出てくる。

「あれじゃあ、肺が水でいっぱいになってしまう」

《ケイはもう1周はもたないだろう》最期の瞬間が近いとジムは感じた。

ゼロの前に歩み出たジム。手には宝の地図が入ったロケットがある。

手を前に突き出した。ロケットを受け取るゼロ。


どうやら、それが合図だったらしい。


ヒスパニョーラ号の側舷の窓から何からが打ち出された。しかも十か所以上から。

が、それは何も見えなかった。音もしない。ライフルであれば発射音がする。その音すらしない。

もし、音がしていたら、ケイの傍にいる海賊がケイの身体にカットラスを突き刺す。

だが、無音なのだ。


ジムはその瞬間、ジムはカチューシャ代わりにしていたゴーグルを目に当てた。



「あーー、目が、目がーー」

「いてーー」

「どうなってんじゃあ」

海賊どもが苦しみだした。特に目をやられたらしくみんな苦しんでいる。

それはゼロも同じだった。目の痛みがすさまじく、膝をついてしまった。


「見えない、目が見えないわよ」

その隙をジムは見逃さなかった。サッと手を伸ばし、ゼロからロケットをかっさらった。

そして、ジムはケイのそばに駆け寄る。もう少しで水中に潜る、その前にケイにたどり着いた。

隠し持っていた短剣でケイの縄を切った。首輪もボールギャグの革もすぐに切り落とした。


「ジム、来なくてよかったのに。なんであたしなんかのために」

「女の子に3度も地獄を見て欲しくないからね」

「さあ、逃げよう。奴らは全員乗船するまで出航できない。今なら、逃げ切れる」

肩を抱き、フォローするジム。


二人は走った。もう少しでヒスパニョーラ号に着く。そんなタイミングで突然、ケイが立ち止まる。

「ジム、虎徹ある?」

「ああ、あの剣ね。あるよ、ゴールドが持っている」

「あれを私に頂戴」

「ええ?」

「早く」

「わかったよ。ゴールド、あの剣を投げて!」

ゴールドが虎徹を鞘ごと投げる。

ケイはそれを綺麗にキャッチする。

刀ホルダーに虎徹をはめる。

そのまま、ゼロの前に近づく。


やっと臭気も収まり涙ながらにまわりを見渡すゼロ。

「やってくれたわね」

そんなゼロにケイは語りかけた。

「1対1の真剣勝負を提案します。その勝負に勝てば、この地図はあなたにもの」

いつの間にか、ジムが持っていたロケットをケイが持っていた。それを懐に入れて、虎徹の柄を持つ。

「ホホホホ。本当にバカね。この娘は。逃げていれば助かったものを」

「そんな剣で私の鞭をかわせるとでも思っているの?」

「いいわ、受けるわ。野郎ども、手を出すんじゃないわよ。これは1対1の勝負」

鞭を構えるゼロ。

「仲間の仇、討たしてもらいます」


もう誰も反対しなかった。広場の真ん中。

ケイはちょっと猫背になって左手で鞘、右手で柄を持った。

対するゼロは手に鞭を持っている。

「さあ、また私の鞭の味を楽しみなさい」

鞭がケイの左二の腕にヒットする。ピシッその音がするたびに、ケイの和服が裂け、ミミズ腫れが増えていく。

ケイ、一切動かない。一方的だった。ピシッ、ピシッ、次々と鞭がヒットする。

が、ケイは微動だにしない。


「こいつは化け物なの。それとも、立ちながら気絶しているのかしら?」

痺れを切らし、一歩、二歩と前進するゼロ。

「しぶといわね。じゃあ、首に鞭を巻きつけて窒息させてやる…」


そう言って三歩目の歩を進めたところで、急速にケイが動いた。



動体視力の良いジムには見えた。リブシーさんには見えなかったらしい。

ケイの持った刀が急速に鞘から抜き出され、ゼロの胸を斬った。

乾坤一擲。一閃の太刀が弧を描く。美しい太刀筋。

ゼロは何が起きたのかわからなかった。


数秒後、大量の血がシャワーのようにあたりに飛び散る。

その血の雨の中、ケイは刀を鞘に納めながら、大声で宣言した。

「あたしの…、あたしの本当の名前は、近藤瓊(たま)。天然理心流宗家4代目にして居合いの達人、新撰組局長・近藤勇の実子なり。いま、正に仲間の仇を討ち果たし候」

チン。そう言って、鞘に刀身を収めた。

いわゆる“居合い”である。天然理心流は居合いを得意とする。体力がほとんどないケイは一撃に賭けたのだ。一撃必殺、そのためには、相手が自分の間合いに入っている必要がある。その間合いに入ってくるまで耐え忍んだのだ。


そして、敵が三歩進んだ、そこがケイの間合いポイントだった。おそるべし天然理心流、おそるべし居合い。

そして、ケイの身元がわかった。ケイは近藤勇の一人娘だった。


次の瞬間、ケイの身体からすべての力が抜けた。気が抜けたのもあるが極限まで戦ったせいだ。倒れ落ちる前にジムが滑り込む。

ザザァー、ケイを支え、お姫様抱っこをして船に急いだ。

ジムは思った≪女の子って、こんなに軽いんだ≫


自分とは骨の作りも皮膚の輝きも違うその生き物、だが、温かくて、ちょっといい匂いがして…。


ジムの心の中で何かが変わっていく気配を感じた。だが、それがどういうことなのか、まだジムにはわからなかった。


第二話 終わり





次回、女の子だけの楽しみ、ランジェリーとお着替えを中心にお送りします。

次回もサービスサービス!!

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