第9話 集落(6)

「はぁ」


なにか手伝えることないかなーと思って、外に出たのはいいけど、なーんもない。

人っ子一人いやしない。地下室に居たからいなくて当たり前なんだが。


聞こえるのは、ざーーという雨音だけだ。


雨に当たらないように屋根がある所を通りながら、辺りを歩き回る。



「なにあれ」


ゴォーーーという音と同時に東側の外壁を中心に竜巻が3つ出現した。

遠くからでもその竜巻の規模は大きく、圧倒された。


もしかして、村長たちが言ってたやつの正体ってこれか?それとも、あのおっさんがやったのか?


木々を巻き込みながら移動している竜巻は、とても心強く感じられた。


竜巻が集落の外壁を一周すると消え去った。


雨は止んだ。



雨が止むのと同時に辺りの水たまりの水が犬型、人型に姿を変えた。


「これが天獣?」


水でできた犬型の天獣が俺の存在に気付いたのか、3匹の犬型天獣が近づいてくる。


初めて見る敵対生物

魔物とは若干異なるようだが、迫力に後ずさりしていた

ロイスさんからの言葉を思い出す。あのとき「わかってるよな」と言われた意味を本気で理解した

ロイスさんから託されたこの強そうな短剣

何故、貸してもらった?

無駄にするわけにはいかない。壁の外で命を懸けて戦っているんだ。それなのに、俺は、恐怖で、体が動かない?

ふざけるのはいい加減にしろ

確かに容姿も多分精神も子供だ

だが、任されたものは全うすべきことぐらいは子供でも分かる

ここで、逃げたら付き人としても資格も、男でもない

地下室にいる人たちはどうなる?

やらなければ、やられる

俺は神からの祝福を受けた異世界人だ

こんなモブキャラに負けるわけがない

負ける要素一つもない

そう、これは勝敗のわかっている戦いだ。

俺は勝つ



神・付与魔法ゴッドエンチャント


雨が止んだとはいえ、辺りは暗い。

瞳が光り、人型の天獣も存在に気づき向かってくる


今できる最大のエンチャントを。

あのとき読んでいた、ラノベのエンチャントを思い出しながら、強化していく


脚力強化 腕力強化 耐性強化 聴覚強化 動体視力強化


犬型の天獣が食い切らんとし、口を大きく開き飛び掛かってくるが右によける。


移動速度上昇 跳躍力上昇 攻撃力上昇 防御力上昇 体力上昇


2匹目、3匹目の攻撃を紙一重でかわす


一時的短剣術会得 一時的立体起動術会得 


ロイスさんから貸してもらった短剣を鞘から引き抜く


発動と念ずると、冷気を帯びる。


右足に力を入れ、跳ぶ

人型の天獣の頭の上を通過する寸前に半回転し、短剣で頭を切り裂く

着地と同時に前方にいた人型天獣も上から下まで、短剣を振り落とし、真っ二つに切る。

冷気を帯びているだけあって、天獣を切ることができ、倒すこともできた。

切り裂かれた天獣は蒸発し、跡形もなく消えた。



「ふう」


次だ。

たった二体倒しただけで舞い上がってはいけない。

まだ、この犬型の天獣3匹以外にも別の場所に沸いているかもしれないし



なら、一気に集めて、倒せばいいんじゃね?

大体異世界ものの小説を読んでて思ったのが、大体のこういう魔剣的なものは、魔力を吸えば、吸うほど、能力が高くなったり、必殺技を撃てたりと、使い方の幅が広がるのがほとんどだったりする。


ここは異世界だし、数多くの異世界系小説とは全く違うかもしれないけど、だから、そんな空想世界の常識が通用するのかどうか全く分からないが、試してみる価値は十分にあると思う。というか、今、現時点で最大限できることは、それしか思いつかない。

あの冷気が帯び始めたとき、体の中にある何かが、この短剣に吸い取られる感覚があった。あれが、多分魔力というもの、だと思う。

あのときの、吸い取られる感覚よりも、もっと吸い取られように、ステータスを開いた時のように、念じればいけそうな気がするので、今は、それに賭けよう。


決まれば、とりあえず、辺りを走り回って、ヘイトを集めまくろう


「あぁ。ほんと進む気起きないけどやるしかないよね。ふぅ」


大きく息を吸う

挑発してくるのか知らんが、ものは試し


「こっちにおいでー、いぬっころ。この屑どもが!水だけでできた、出来損ないが!」


発した声を合図に犬型の天獣が3匹同時に動き出す。


「効果あり!」



振り返り、短剣を鞘にしまい、逃げるように走り出す。


移動速度上昇、その他にもいろいろな強化をしている分いつもの数倍走るのが速くなる。


整備されている道に足跡がくっきり残るほど、足に力を入れ走る



走り回り、振り返ると、ざっと数えただけで、10体以上はついてきてるみたいなので、そろそれかな


「い、行き止まり?」


気が付くと、行き止まりだった。後ろには、軽く10体以上いる。

後ろの視界はほぼ水色で埋め尽くされている。


「け、計画通りだよ。うん。———やばい。逃げ場がない。正直この短剣の力を使ってもなんとかならなさそうだし」


うーーん。死にたくはないけど、積んでる気がする。せめて、跳んで、向こう側に行って、この魔剣の力をぶっ放せば、いけそうだけどな。

さっきの半回転して、切り付けるとか、真上を跳ぶなんて、自殺行為だしな。

しかもあんなに上手くいったのは、無心で、何も考えず直感のまま行動しただけ......


じゃあ、今回も直感に委ねよう。


身も心も手放す。

ただ今からは、いろんな異世界に行った、最強主人公の戦い方をイメージするだけ。

行き止まり、追い詰められている状況。あの主人公は、この場合どうしてた?


神・付与魔法ゴッドエンチャント


「再強化」


強く地を蹴り、民家の壁の方に向かって、跳ぶ。

半回転し、足を壁につけ、壁を思いっきり蹴る。

天獣の攻撃が届かない高さで、壁を蹴って、移動する。

対空時間が短く、速度も落ちないので、天獣からの攻撃を心配する必要もなく、天獣の居た後ろ側へと移動する。

天獣はさっきの俺と同じように、逃げ場がなくなる。


短剣を再び、抜く。


天獣に向かい、短剣を向ける


あの、最初に吸い取られた感じよりも、もっと、吸い取らせるようにと念ずると、体の力が抜けていくのと同時に、目の前に、複雑な形をした薄水色の魔法陣が現れる。


現れると同時に、寒気がした。


実際、辺りの温度は急激に下がった。


魔法陣から、白い空気?のようなものが現れ、その白い空気は天獣たちを包み込む。


スッと凍える冷たい空気が通過した後には、天獣たちは、消滅していた。



やったという達成感とともに、身体全体が急に重くなり、気を失いそうになるほどの、脱力感がくる。


思わず跪き、短剣が手元から離れる。


立つのがとてもしんどい。


四つん這いをしていても、きつい。


横に寝っ転がりたい。


粗方天獣は片づけたが、他にも新しく、沸いてる可能性だって十分にあり得る。


生まれたての小鹿のように足をカクカクしながら立つ。




「エルダ逃げて!」



突如声がかかり、直感に任せて、左に飛ぶ。


先ほどいた、場所に水の鞭?のようなものが直撃し、土片がとぶ。


水の鞭が持ち主の手元に戻っていく。


水の鞭の正体は天獣の伸びた腕だった。


その天獣は、今まで戦ってきた人型、犬型にも属さないが、少し人型な気がするが、とても異質な雰囲気を醸し出していた。

直感が言っている。

こいつはヤバいやつだと。


「エルダ!速く逃げるよ!」


銀色の髪の毛ですぐに分かった。


「な、なんで、ソイラ来たの?」


「今はいいから!速く来て!」


俺の右手をソイラがひっぱり、走り出す。

まだ、脱力感が抜けてない体には、とてもきつかった。


「エルダ、村長の家まで行ける?」


現状、この状態ではとても厳しい。行っている途中に天獣に会ったら、倒せないし、逃げ切ることもできないと思う。


「ごめんけど、無理かな」


「じゃあ、今から村長さん呼んでくるから、耐えてて?わかった?」


耐えるといっても、この天獣相手じゃ、手も足も出ないだろうけど、時間稼ぎならある程度は、多分、多分大丈夫


頷くと、ソイラは村長の家の方に走っていった。







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