最後の魔女43:開戦の回避

 無謀にも単身魔の巣窟となっている場所へ赴く人物の後を追った。


「ニーナ」


 いきなり背後から声をかけたせいか、ビクリと肩を震わせ恐る恐る後ろを振り向くニーナ。


「リアさん!?」


 間に合って良かった。

 私は馬車から降りて、駆け寄ってくるニーナにデコピンをお見舞いした。

 何故出会い頭にそんな仕打ちをされたのか分からず涙目になるニーナに物申す。


「1人で何してるの。死にたいの?」


 私の小言は数分に渡り続いた。

 喋るのが苦手な私にここまでさせるとは、恐ろしい子。

 あれ、リグ何だか私の行動に引いてない?


「ごめんなさい⋯。命を粗末にしているつもりはないんです。ですけど、これしか思いつかなくて⋯」


 私はニーナの顔の前で指を4本立てる。


「4回」

「4回?」

「昨日ニーナが死にかけた数」

「え、それはどういう⋯」

「不思議に思わなかった?」


 最初、驚いた表情をしたニーナだったけど、思い当たる節があるようで、


「盗賊に襲われた時、何故だか盗賊が消えてしまいました。あ、道中モンスターに狙われなかったり、いきなり寒くなくなったり、刺客が突然血を吐いて倒れたり、、もしかしてそれって⋯」

「シュリ、姿を見せていい」


 私の呼び掛けで姿を現し、私の肩にちょこんと座るシュリ。


「あっ! あの時の妖精さん!」


 ん? 何で知ってるの?

 私はシュリを見る。

 姿は見せないように陰ながら守るように指示していたんだけどな。


「ごめーん、一瞬だけ姿を見られちゃったみたい!」


 てへっと可愛らしいポーズを取るシュリ。

 まぁ、別にいいけど。


 シュリは私からニーナの肩に移動し、何やら2人とも仲良く話しをしていた。


「お姉様、これからどうするの?」


 うーん。ニーナの仇を取りたいと言うのに協力してあげてもいいのだけど、それだと数百体の魔族と戦うことになるのよね。正直面倒。


 聖女であるサーシャの話では、数日待てば、各地から派遣された兵たちが魔族を討伐するためにベラキール王国近くのガリュウ要塞に集まるそうだけど。

 私が単身で動くより、そっちを待った方がいい。


 取り敢えず、ニーナに事の真相を話しておく。

 口下手な私ではなく、駄猫のにゃもがね。


 真相を聞かされたニーナは、落胆しつつも、両親たちが間違ったことをしていなかった事をして国民から非難された訳ではないと、安堵していた。同時に今まで以上に怒りを覚えたみたいだけど。

 まぁ、無実の罪で自国が滅ぼされたら、怒るのは当然か。


「後は勇者とかその辺の人に任せる」

「リアさん!」


 真剣な表情で私を見るニーナ。


「つまりは人族と魔族との戦争が始まるんですよね?」

「ん、始まる」

「回避する方法はないのでしょうか?」


 え、回避? どうして?


 内心では驚きつつも決して顔には出さずに無表情を崩さなかった私に構わずニーナは続けた。


「戦争になれば、たくさんの人が死にます」


 そうだね。それが戦争だしね。当たり前だけど、何がいけないのだろうか?

 互いに相容れない存在同士、戦うことでしか解決の道はないと言うのに。今までだってずっとそうだった。

 それを否定するの?


「何が言いたいの?」


 私にはニーナの言わんとすることの意味が分からなかった。

 戦争を回避? 仮に今回避したとしても、先延ばしにするだけ。遅かれ早かれまた再発は必至。意味がない。


「ベラキール王国で、多くの命を失いました。王族、国民も含めて皆大切な命です。一つとして失っていいはずはないんです。それを奪った根本原因を作った魔族は正直憎いです。仇を取りたいと思いました。ですけど、憎しみの連鎖と言うものは何処かで断ち切らないと、どちらかが全滅するまで続いてしまいます。それと同時に新たな憎しみの火種を生んでしまいます。戦争が始まれば双方たくさんの命が失われる事でしょう。私にこんな事を言う資格はないのでしょうけど、この戦争を回避出来る手段があるのでしたら、回避したい。先延ばしにするだけかもしれないですけど、それによって救われる命も少なからずあるはずですから」

「単なる偽善ね」


 リグが冷たくあしらう。


「魔族と人族は所詮敵同士。戦う事でしか互いの存在を証明出来ないの。回避? 笑わせないでよね。仮にこの場で考える事があるとすれば、どうやって最小限の犠牲で魔族を全滅させられるかよ」


 ちょっと強引な考えだとは思うけど概ね私もリグと同意。


「それでも私は⋯」


 ニーナが下を向いてしまった。

 目尻には涙を浮かべている。


 戦争の回避か。

 うーん。そんな事出来るのだろうか。


 人間側に犠牲を出さないだけなら、私が一人でカタをつければいいのだけど。

 今回は数が多いし、流石にちょっとそれは厳しいかもしれない。


 倒すではなく、撤退させるならばそんなに難しい事ではないかもしれない。


 例えばほら、進軍出来ないように周りを奈落の底にするとか、堅牢な壁を作るとか?

 はたまた、魔王軍の指揮官を暗殺するとか?


 うん、どれもパッとしないね。


 変な思考を巡らせていると、何かが近付く気配を感じた。


「お姉様」


 リグも気が付いたのだろう。

 この感じ、魔族で間違いないね。


「ニーナ、馬車の中に入ってて」


 この馬車の中ならば、防御結界を貼っているので、並大抵の事が起きなければ大丈夫なはず。


 空を見上げると、1人の魔族がこちらを観察していた。

 偵察かな?

 ま、根城から近いからね。偵察がいても不思議ではない。あちらからしたら、マッチョな御者に少女が2人。

 とても脅威になるとは思っていないだろう。

 でも、このまま報告されるのも避けたいかな。

 などと思っていると、魔法陣の構築を視認した。


 1m級の火の玉が、数発同時に繰り出された。


 リグが馬車の屋根に登り、悪魔の腕を顕現させ、迫り来る火の玉を文字通り搔き消した。


 あの腕の前では魔法は無効化されてしまうようだ。

 あれ、リグの悪魔の腕の効力は、確か物凄いスピードで殴るだけだと思ってたけど。

 後で聞いてみよう。

 自らの放った魔法が掻き消されて偵察魔族が動揺している。


 諦めて帰るかと思いきや、今度は無数の燃え盛る槍を数えるのが億劫な程に周りに出現させた。


 右手をこちらに向け振り下ろすと、無数の槍がまさしく雨のように降り注がれた。


 チラリとリグに目をやる。


「問題ないわ。お姉様には埃一つつけさせないんだから」


 あれは、物理と魔法の合わせ技。

 異空間から取り出した槍を浮遊させ火をつけて殺傷力の上乗せと拡散力を増加させている。リグの悪魔の腕だけでは無効化出来ない。


 どうするのかと思えば、リグは悪魔の腕を馬車毎私たちを包めるサイズまで肥大化させ、そのまま呑み込む。


 悪魔の腕に槍が刺さる。

 だが、燃えている部分は魔法の為、悪魔の腕に触れたものから消化されていく。


 全ての槍が飛来し終わったのを確認したリグは、突き刺さったままの悪魔の腕を槍毎消し去った。


「こっちの番よ」


 腕を消したら次に悪魔の黒い羽を顕現させたかと思えばリグの姿はそこにはなかった。

 一瞬の内に偵察魔族の背後まで移動していたリグは、左手を振り下ろした。


 魔族は何の抵抗も出来ず絶命した。


 戻って来たリグがご褒美を欲しそうにしていたので、その頭を優しく撫で、労った。

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