最後の魔女38:亡国の姫
「お姉様」
「うん、人の血の臭い。でも魔物じゃない」
そのまま真っ直ぐ街道を進むと、先程通り過ぎていった馬車が横転していて荷台の積荷が散乱していた。
恐らくは御者であろう質素な服を来た人物と立派な鎧を着た騎士が2人血塗れで倒れている。
確認するまでもなく既に事切れていた。
街道の先の方には、血の跡だけが延々と続いている。
「同士討ち? 時折思うけど人間って残酷よね。悪魔だって仲間同士で殺しあったりしないのに」
「魔女もたぶんない」
たぶんと答えたのは経験がないから。
だってこの世界に魔女は私1人なのだから。
人間同士のイザコザに関わりあうつもりはないけど、私たちは血の跡を追って先へ進む。だってしょうがないじゃない。進行方向が同じなんだもん。
「ひ、酷い⋯酷すぎるわ⋯い、いやあ、離して! お願いっ⋯」
「ふん、亡国の姫がまさか本当に逃げられると思っていたのか?」
「そうと気が付かれぬよう護衛の数を減らしていたようだが、それが逆に仇となったな」
護衛の騎士達の亡骸と恐らく侍女であろうメイド服の少女の首が切断されていた。
相手の数は8人かな。
「お姉様どうします? 通行の邪魔だから全員殺す?」
「う、うん⋯そうね、通行の邪魔だからあの子以外やっていいよ」
あの子が何故襲われているのかは知らない。
だけど、どうみても悪いのはあいつらだと思うし、本当に邪魔なのは確かだし。
「おいおい、こんな所にガキが2人もいやがるぜ」
「見られちまったからにはあいつらも一緒にやっちまうか?」
「そんな性癖俺にはねえよ」
「俺は行けるぜ、あっちの帽子がぶってる方なんてドストライクだぜ」
聞くだけで耳が腐りそうな会話ね。
私がイライラしているのがリグにも伝わったのか、彼等はそれこそ痛みすら感じる事もなく一瞬の内にこの世界から消えた。
それこそ跡形もなく。
まさに今から嬲られそうになっていた女の子は、どうやら気を失っているようだ。良かった。あんなグロい光景見せずに済んで。
ぁぁ、でも普通の人だと一瞬で賊が消えたくらいにしか見えないから大丈夫かな?
目に見えない程に細切れにされて、焼かれたなんて死因は自分だったら絶対嫌。
侍女を担ぎ上げて、路肩まで移動する。勿論頭も忘れずに。
「何するの?」
「うん、お墓を作る。このままにしておけないから」
「ふうん、あっちに転がってるのも?」
「うん、リグはあの辺りに大きな穴を掘って。埋めるから」
「はい! 任せてお姉様!」
やはり生き残りはあの女の子だけだった。
全員を埋葬すると、私は横転している馬車の所まで移動する。
《
私の呼び掛けにより現れたのは、筋骨隆々の凄いマッチョな男。
「久し振り、バッカス」
「これはこれはお久し振りですなリア様」
右手を前に曲げ、深くお辞儀をするバッカス。
お辞儀をしても私より遥かにその身長は高い。
「御者をお願い」
私は馬車の方を指差す。
「お任せ下さい。私にかかればどんな荒れ狂った馬であろうと扱いこなしてみせますぞ」
「その必要ない。魔法で良い子になってる」
「はははっ流石はリア様ですな」
存在自体が暑苦しいけど、御者がゴツい方がこの先移動も楽になるはず。
私みたいな可愛い女の子が御者だったら、たちまち襲われてしまう。
ん? 今リグ呆れたような顔しなかった?
もしかして、心が読めるの?
まさかね。
荷台までソッと女の子を運ぶと、バッカスの御者の元、先へと進む。
馬車旅って楽だね。
歩くのも別に疲れるわけでは無いけど何もしなくても進むのはいいね。楽ちん楽ちん。
途中、小さな集落に立ち寄り、食料などを買い込む。
宿屋? 必要ないよ。最悪この馬車の中で十分だし。
すっかり夜が明けて朝日が差し込んで来た頃、女の子がムクリと目を覚ました。
「ん、んぅ、こ、ここは⋯」
どうやらまだ寝ぼけているみたい。
暫く馬車の中をキョロキョロと見渡すと、私と目があった。
「私は確か⋯盗賊に襲われてって、あれ、ああ、もしかしてここは天国かな?」
どうやらまだまだ寝ぼけているようだ。
「んな訳ないでしょ。襲われてた貴女をお姉様が助けたのよ」
正確には助けたのは私じゃなくてリグなんだけど。
やっと事態を飲み込めたのか、次第に頬が赤くなっていく。
その後、互いに自己紹介を済ませた後、あんまり興味はなかったけど、自ら進んで彼女は事の成り行きを話し出す。
彼女の名前はニーナ。
ベラキール王国の王女らしい。
だけど、ベラキール王国はクーデターに逢い、一週間ほど前に滅びちゃったのだとか。王族は全員即刻打ち首になったらしいけど、王妃様であるニーナのお母様が起点を効かせて逸早くニーナ1人を逃したらしい。当然自分1人が逃げるのに猛反発したニーナは、睡眠薬で眠らされて、半ば強引に少数だけど優秀な騎士たちと共に命辛々逃げ出して来たそうな。
その道中何度も襲われ、その度に騎士たちが奮闘するも、何度目かの襲撃で既に限界を迎えていた所にリグがやっつけた賊に襲われてニーナ以外の全員を殺されてしまった。
間一髪の所を私たちに助けられたってこと。
一国の王女を助けたとあっては、その国から莫大な報奨金が貰えるはず。普通ならば。
だけど、その国はもう存在しないらしいし、そう簡単には美味しい話は転がり込んで来ないみたい。
「私は生きる価値はありません、どうか殺して下さい」
はい?
どうしたんだろうね、この娘は。
頭でも打った?
ちょっとリグ待った! 何故魔力を高める?
ほんとに殺すつもりじゃないよね?
私が1人おどおどしてると、ニーナが弱々しく口を開く。
「助けて頂いて本当に申し訳ありません。ですが、私など生きる価値はありません。全てを失ったんです。両親、お兄様、お爺様に⋯侍女のリーシャまで⋯」
ニーナは何かの線がプツンと切れたように泣き出した。まるで親しい者の死の悲しみが今になって押し寄せて来たかのように。
暫く泣き続けると、そのまま再び気を失ってしまった。
「どうするのお姉様。今の内に楽にしてあげる?」
可愛い顔して怖いこと言わないの。永遠に楽にしてどうするのよ。
取り敢えず、ニーナが自殺を図らないように、自分から死ねないように魔法を掛ける。自分でいうのも変だけど、魔法って便利よね。そんなことまで出来るのだから。
そして眷属を召喚する。
《
小さな小さな妖精さん。
サイズは精々手のひら程度しかない。
小さな虹色の羽を羽ばたかせている。
「リアちゃん!」
召喚されるな否や私に飛びかかる。
そのまま顔に抱き着くと全身を使い愛情表現を見せる。
ちょっと、前が見えないから離れて。
そういえば、シュリはこんな性格だったわね。
私の事が好き過ぎる。
あれ、何だか隣りからどえらい殺気を感じるんですけど?
え、何? 魔王でも降臨した?
「何ですかお姉様、その不愉快な生物は⋯⋯」
それを見たシュリが何故だか対抗心を燃やしていた。
あ、これ面倒くさいやつだ。
「あらぁ、貴女こそ誰よ? リアちゃんは誰にも渡さないんだからねっ!」
私の頬に身体全体を擦り付けて、リグを挑発する。
「キィィー!! 跡形もなくこの世界から消してやるわ!!」
「やれるものならやってみなさいよこのチビ!」
「あんたの方がチビでしょ!!」
シュリにデコピンとリグにチョップを繰り出す。
「うるさい。ニーナが起きる」
人選いや眷選を見誤ったみたい。
涙目になった2人の頭を今度は撫でる。
「ニーナ、この子の護衛をお願い」
自殺は魔法で出来なくはしたけど、まず彼女はお尋ね者で命を狙われている。私と一緒の時は万に一つも大丈夫だけど、そうじゃない時の為にシュリに護衛を頼んだ。シュリは殺気の類の感知にすぐれており、襲撃者に逸早く気付く事が出来る。
また、姿も小さい為、身を隠す事が容易なので打って付けだった。
まさかの性格がリグと合わないことを除いて。
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