最後の魔女4(死神はいません)

 私は老婆と一緒に指輪を探していた。

 この指輪は亡くなった老婆の旦那さんとの結婚指輪だそうだ。確かに必死に探すのも頷ける。

 そして、同時に私の探してあげたいという気持ちにも火がついた。

 大通りと言うこともあり、人通りはそこそこある。

 しかし、明らかに私たち二人を見て見ぬ振りで皆、通り過ぎていく。

 実に冷たい連中だ。あんまり冷たくすると呪うよ?


「お嬢ちゃんは優しいね。だけどもうすぐ陽が沈んでしまうから、お家に帰った方がいいわ」

「ん、もう少し」


 はい、分かりました。とはいかない訳で。

 駄猫め、早く戻ってこい。


 それから十分くらい経ったところで、お目当ての物を発見する。


「あった」


 私はすぐに見つけた指輪を確認してもらうべく老婆の元へと向かう。


「これよ! あぁ⋯間違いないわ。私の指輪よ」


 勿論、私が見つけた訳ではない。駄猫が見つけて来たのだ。ここではなく、別の場所から。


(ご主人様の推察通り、警備隊の男が隠し持ってたにゃ)


 駄猫からの念話の報告が届いた。


(それで?)

(えと、ちょこっとの記憶の改ざんとたっぷりの恐怖を味合わせといたにゃ)

(良くやったわ)


 後でキレイに身体を洗ってあげる。

 つまりはこういう事。しつこく聞いたから追い返された訳ではなく、やましい事があったから追い返しただけ。

 なんと人の心の醜いことか。そういう輩ばかりでないことは勿論理解はしている、つもり。

 老婆に礼を言われたので会釈でそれを返して戻ろうとする。


「本当にありがとう、小さな魔女・・・さん⋯」


 え?


 思わず驚き、振り向いてしまった。

 老婆は既に後ろを向いて歩いていた。


 どうやら私が魔女であることが気付かれていたみたい。それは今更別にどうでもいいんだけど、私さっき、驚いちゃった。大概のことでは驚かないと言ったばかりだったのに。してやられたと、自分で自分がおかしくなった。

 宿屋へ戻った私は、やることを済ませて風呂に一時間ほど浸かり、すぐにベッドへ向かう。

 その際、日記をつける事を忘れない。

 私が一人になってから、毎日のように日記をつけている。最初はその日に覚えた魔法などをただ箇条書きに列挙していただけだった。

 だけど、こうやって旅をするようになってからは、その日の出来事を記すようにしていた。

 今まで書いてきた冊数は300冊を超えようとしていた。書籍か何かにしたら軽く50冊分くらいはあるんじゃないだろうか?

 駄猫といえば、私の横で何時の間にか寝ている。

 ご主人様よりも早く寝るなんて態度がデカい。

 でもまあ、今日は期待通りに頑張ってくれたから大目に見てあげる。


 夜は耽っていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 とある魔族の屋敷での話


「カミュー様、来るべき開戦に向けて万事予定通りであります」


 カミューと呼ばれた男は、魔族で同族からは魔王などと呼ばれていた。


「ククク⋯。前回の戦争で受けたキズを癒すためにかなりの歳月を要してしまったが、またこの手で人間どもを八裂きに出来る日が来ようとはな」

「前回の戦争では、魔女どもの圧倒的なパワーで我ら魔族は完敗しました。しかし、魔女は全て死に絶えたと聞いております」

「ふん、人間どもを皆殺しにする日も近いな⋯」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「⋯⋯ふあぁ」


 睡眠の必要ない私が何故だか少しだけ眠い。

 あまり使わない魔力を昨日少しだけ消費してしまったせいかしら。

 アクアリウムを離れた私は、優雅な馬車旅を満喫していた。

 次の街へと向かう馬車に同乗させてもらったのだ。勿論荷台だけど。贅沢は言わない。タダなのだから。

 干し草のベッドは、少しだけチクチクしたけど思いの外快適だった。


「にゃー!! 身体が沈むにゃ! チクチク痛いにゃ!」


 どうやら駄猫には合わなかったみたい。

 私には関係ないけど。


 三日ほど掛けど、次の町へと辿り着いた。

 道中は特に何のイベントも発生する事なく、呑気で平和な馬車旅だった。平和に越したことはないけど、暇すぎるのもそれはそれで辛い。

 特にすることもなかった私は駄猫の顔を引っ張ったりして遊んでいた。意外とこれ、暇潰しに持ってこいなのよね。その間何か抗議めいたものを発していたけど、私が睨むとすぐに黙り込んでいたので、大したことではなかったんだろう。

 どうやらこの町に入るには、身分証の提示が必要なようだ。当然私は自分の身分証なんて持ってはいない。持ってはいるけど、人様に見せれる身分証は持ち合わせていない。

 馬車に乗せてくれた老夫婦に感謝をし、馬車から降り、姿を消してこっそりと町の中へと入る。

 町は、高さ五メートルの壁でグルリと覆われていた。

 簡単には侵入出来なさそうね。私には朝飯前だけど。

 まずは観光も兼ねてこの町をグルリと見てみよう。

 大きさ的にはアクアリウムよりも遥かに小さいこの町の名前はカムル。人口千五百人程度の小さな町だった。

 驚いたのは、極端にすれ違う人の数が少ないということ。流石に疑問に思った私は、数少ない通行人に聞いてみた。


「今日は特別な日なんだ。真夜中の午前0時に外を出歩いていると死神が攫って来るんだよ」


 はい? 死神?

 なんですか、その魔女よりレアキャラ。

 あれですか、SSSレアくらいのレアじゃないですか?

 さしずめ魔女はSレアと言ったところでしょうか。

 次の人に話を聞いても、皆一応に、死神というフレーズが出て来る。

 うーん、もし本当にそんな存在がいるのならば、是非とも会って見たい。ペットにしたい。

 きっと私と同じように孤独に生活しているのでしょうから。


「今ご主人様が考えていることを当てるにゃ。きっと死神に会うと考えているにゃ」

「もし居るなら会ってみてもいい」

「どうせ、偽物にゃ」


 時刻はまだ正午過ぎだったので、取り敢えず今日泊まる宿を確保する。

 宿を探してブラブラしていた私に呼び掛ける声が聞こえて来た。


「お嬢ちゃん、旅人かい?」

「うん」

「悪いことは言わねえ、今日は夜の外出はしないことだ。お嬢ちゃんみたいな小さな子が死神に攫われるんだぜ」

「攫われたらどうなるの?」

「死神の世界に連れていかれて、二度とこちらの世界には戻ってこれなくなるんだ。今までも消えた住人が帰ってきた試しはないって聞くぜ」


 このカムルの町では、一年にたったの一日だけ、死神が生贄を求めて彷徨う日があるそうな。

 それが偶然にも今日なのだけど、真夜中になるとくだんの死神が徘徊するらしい。

 最初に出現してから早六年。死神は五年連続この日に現れて、そして明日が六年目。


 何ていいタイミングで立ち寄れたのだろうか。

 もし魔女の神様がいるのなら感謝したい。死神に会えるチャンスなんて万が一にもないと思うから。


 夜になると、私は宿屋の主人の注意を無視して、ルンルン気分で外へと飛び出した。

 日中でさえ人の姿はまばらだったので、流石に問題のこの時間は、誰一人として姿が見えない。

 商店街なんかは、シャッター街となっているし、家々も窓の灯りが差し込んでいる家は一軒もなかった。まさにゴーストタウンのような雰囲気を醸し出している。死神が現れる舞台に相応しい景色。


「何だか本当にお化けでも出そうだにゃ」


 私の後ろをトボトボとついてくる。

 お化けが怖くって魔女なんてやってられない。

 仮に出てきて敵意を向けられても倒せばいいだけ。


 時刻は既に0時を過ぎていた。

 私はここにいる! ここにいるよ!


 居るなら出てこい! などと、殺気に近いものをばら撒きながら真っ暗な夜道を進んでいると、通りの先の広場で人の気配が感じられた。

 まさか、こんな日に出歩く人が私以外にいるとは思えない。私は人ではないのでノーカンだし、駄猫も猫なので同じくノーカン。

 ということは目の前の気配は一体なに?


 月の光に照らされて、その異形な姿が鮮明に映し出された。

 あ、黒いローブを羽織った仮面の人が少女に鎌を突き立ててる。

 なんて巨大な鎌なのだろう。

 刃先だけでも私の身長の2倍はあるんじゃないかな?

 取り敢えず状況が掴めないけど、少女に危害が加わらないように防護壁を張る。

 これで、剣で刺されようが矢で撃ち抜かれようが安全。


「なんだ貴様は⋯」


 あら、死神がどんな声なのか気になっていたんだけど、意外と若い青年のような声だった。


「死神に会いに来た」


 駄猫は死神の姿に怖気付いたのか、私の後ろでブルブルと震えている。

 使えねぇ。この駄猫。後で絞める。

 この世界に私以上に怖いものなど存在しないということを改めてたっぷりと優しくそして丁寧に教えてあげる必要がある。


「そこにいろ、動いたら殺す」


 死神は私を脅すと、そのままこちらへと近付いてくる。


「お前も俺の生贄にする」


 生贄って何されるのかちょっぴり興味がある。

 でもそれは本物の死神であって、偽物に興味はない。


「私は死神に用があって来ました。あなたは死神ではなくただの人間。あなたに用はありません」


 なぜ私が流暢に会話してるかって?


 魔法です。魔法。

 頭の中で思ったことが直接言葉として発せられる魔法。なんていい魔法なんでしょうね。

 私の中では空を飛ぶのと同等クラスの有能な魔法です。これを覚えた時は、こんな魔法誰が使うの? って鼻で笑っていた記憶がある。

 魔女は成長して大人になると口数が減っちゃうんですよ。

 頭の中で思ったことと言っても、全てが声となってしまったら、隠し事までバレてしまうので、この魔法の凄いところは、発する前に、ちゃんと発しますか? の確認をしてくれるところ。


 ならなぜ、いつも使用しないかって?

 この魔法を使えば確かにコミュニケーションは出来る。

 だけど、私はコミュニケーションが苦手で尚且つ、き・ら・い なんです。

 嫌いなことは人間なら極力したくはありません。

 それは、魔女もまた同じこと。

 さてさて、前置きが長くなってしまいましたが、死神を自称する青年が何か騒いでますね。


「お前、舐めてるとこの鎌に血を吸わせてもいいんだぜ?」


 私は鎌に手を触れる。


「こんな偽物の鎌じゃダイコンも切れませんね。私が50年愛用している護身用のナイフの方が幾分かマシですよ」


 次の瞬間、バリバリバリという音が辺りに木霊した。


 私が握った部分の刃が砕け散った音だった。


 勿論、この鎌は本物だった。

 私は嘘をついた。でもこの青年も嘘をついているのでおあいこだろう。

 魔法で身体強化を自らに施し、鎌の刃を砕いてみせた。

 死神もどきはその光景を目の当たりにして「そんな馬鹿なっ⋯」と驚いている。

 実際は仮面をつけているのでその素顔は見えない。

 だけど私には分かる。分かるったら分かるのだ。


「その仮面邪魔ですね」


 パキリっ


 私が声を発した直後、死神もどきが被っていた仮面が二つに割れて、地面へと落下した。


 あらまあ。

 どんな輩かと思っていたら、その素顔は意外と真面目そうな可愛い顔をしている青年だった。


 今は恐怖に慄き酷い顔だけど。


「お前は一体、何者⋯」


 そのセリフを待っていたのよ。


「私の正体?  知りたいの? 教えてあげてもいいけど、、って、あれえ?」


 思わず変な声を出してしまった。

 死神もどきは、口から泡を出して、気を失ってしまったのだ。

 そんなに怖かったのだろうか?

 私が?

 こんなに可愛い私のことが?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る