最後の魔女3(水の国)
水上国家アクアリウムを訪れていた。
人口は約二万五千人。
ここは、ルクルム大陸でも唯一水上都市と名乗っている国だった。
近くには複数の水源があり、そこから水路で水を引いて都市の至る所へと繋げていた。
初めは百人程度の小規模な街だったのが、水の恵み一つで三十年足らずでここまでの規模に成長し、国を名乗っていた。
しかし、数ヶ月前から突如として全ての水源から水が湧き出なくなってしまった。原因を調査すべく何度か調査チームが派遣されたが、毎回有力な情報は掴めずじまいだった。
都市の内部の水路は、物の見事に干上がっており、枯葉が積まれていて、見る影もなくなっていた。
私も言われるまで水路だとは気付かなかった程に。
そんなこの都市始まって以来の最悪な状態の時に訪れてしまった私。私は魔女。水がなくても生きて行くことは、たぶん可能。
お風呂や生活に必要な水は魔法で出せるし。
寧ろその水を売りに出したら売れるような気がする。
冗談だけど。
一方で、人間たちは水がないと生きていけない。それは当然のこと。今はまだ備蓄している水があるのだろう、騒いでいるのは上層部の人たちと、商売をしている人たちかな。街の住人は、半々と言った感じに見えた。
私には困っている人の声が聞こえる。
今回は、その声が多すぎてノイズが見事なまでのオーケストラを頭の中で奏でていた。
とても聴いていられないので、今はシャットアウトしているけど。
さて、どうしたものだろうか。
水の事は、水のエキスパートに聞くのがいいのかな、やっぱし。
魔女は、この世界に存在している精霊の気配を感じることができ、且つ話すことが出来る。
勿論話すには、相手の同意があって初めて可能になるんだけどね。
そんな訳で、水の精霊さんが目の前にいる訳なんだけど。どうしたことか、私が何度話しかけても何の返事もない。せめて、何かしらの反応くらいはして欲しい。
「ねえ、聞いてる?」
コミュニケーションが苦手の私がここまで、話しかけようとしているんだから、反応くらいして下さい。
何なら、電撃でビリリとしてやってもいいのだけど?
私の心の中の脅しが聞こえたのか、水の精霊さんは一瞬ビクリと反応すると、私の方へ向き直る。
「もしかして貴女、私が見えるのですか?」
「見えないと話さないと思いますけど?」
「それもそうですね」
精霊さんは私の上から下へと視線を走らす。
「その格好は、もしかして魔女さんですか?」
私は会話が苦手で嫌いだ。出来ることならば誰とも会話せずに一日を終えたいとさえ思っている。
駄猫へと視線を送る。
「ご主人様に代わってにゃもが会話するにゃ」
流石は私の眷族。何も言わなくてもちゃんと分かってるじゃないか。グッジョブ。
だけど、次からは私が視線を送る前に気付けよ! と威圧を込めた目で再度睨みつけておく。
今度もちゃんと言わんとしたいことを理解してくれたのか、その小さな身体をブルっと震わせていた。
「ご主人様は魔女にゃ。この国の水が枯れてしまった原因を探っているにゃ」
「そう⋯魔女さんなんて珍しいわね。最後に会ったのはもう80年以上前よ。ってそんなことどうでも良かったわね。理由が知りたいのでしたら教えてさしあげます。むしろ、聞いて欲しいのに誰も私の声が届かずに途方に暮れていたところなんですよ」
水の精霊さんは、ニコッと微笑みながら南南東の方角を指差した。あっちに何かあるのだろうか?
「この辺りの水源の更にその水源が三ヶ月前に発生した土砂崩れによってせき止められてしまったの」
「ここからの距離はどれくらいあるにゃ?」
「そうね、歩いて二日ってとこかしら」
「中々遠いにゃ」
駄猫が私の方をチラチラと覗き込む。
分かってるわよ。言いたいことは。
「案内して」
そう言い、何処からともなくホウキを取り出した。
「すごい、貴女は飛べるんですね」
何を驚くことがあるのか分からないけど、魔女がホウキで空を飛ぶのは常識⋯でも無かったりする。
空を飛ぶのは実はかなり高度な魔法。
魔法大全集は1ページに一種類の魔法の取得方法が記載してあり、第八節に区切られている。それは各種属性毎に別けられており、各節の後半にいくに連れ、取得難易度が上がっていく。
飛行の魔法は無属性魔法に分類されて、確か最後からめくった方が早かった。
魔法を取得するには前提条件がある。
それは、前ページの魔法を取得していること。つまり、飛び抜けのズルができない。魔法の勉強していた頃は、何度この前提条件を呪ったことか。
使いたい魔法があるのに、すぐに覚えることが出来ないこのもどかしさ。っと、今はそんなことどうでも良かった。
私はホウキに跨り、水の精霊さんと駄猫を乗せ、南南東の方角へと進んでいく。
勿論誰かに見られないように、透明化の魔法も重複使用している。
徒歩で二日の距離も私のホウキに掛かれば一時間程度。
すぐに水の精霊さんの言っていた土砂崩れによる崩壊現場へと辿り着いた。
確かに上流から流れている川を大量の土砂が見事にせき止めていた。
想像はしていたけど、かなりの土砂の量。魔法を使えば撤去するのは簡単なんだけど、問題はその後。
せき止められた影響で、上流の方が大変なことになってしまっている。
元は地下からの湧き水が小川のように流れている程度だったのが、いつしか地上に巨大な湖が出来ていた。
もう誰がどう見たって湖。いっそのこと湖と名乗ってしまってもいいんじゃないだろうか?
この状況で土砂を撤去しようものなら大洪水は必至。下手をすれば水上都市自体が水没する可能性だってありえる。
この状況を打開するには、面倒だけど溜まったこの水を先になんとかしなくちゃいけない。
「どうするにゃご主人様」
まだ考えてるから黙ってて。気が散る。
うーん、やっぱしこれしかないかなぁ。ちょっと強引だけど。
私は掌に直径二十センチ大の火の玉を出現させた。
少し危険だからみんなにも一応説明しておく。
「これで上流の湖の水を蒸発させる。危ないから近付かないで」
この火の玉の温度は約千度位あり、それを超圧縮させている。圧縮前の大きさは三メートルくらいはあると思う。
私は湖の上までホウキで向かい、火の玉をボトンと落とした。そして巻き込まれないようにすぐにその場から退避する。
火の玉の熱気に当てられた水は、ジュージューと音を立て、凄まじい速度で蒸発していく。
水蒸気が数十メートルもの高さにまで上がり、ゴーゴーと、小さくない音を立てていた。
それに比例して湖の水位が見る見るうちに下がっていく。
どうやら成功したみたい。
この分だと五分もしないうちに空っぽになるだろう。
頃合いを見計らって火の玉の魔法を解く。
上流の湖がある程度無くなったことを再度確認したうえで、土砂を爆破して撤去した。
せき止めから解放された水たちが勢いよく下流へ向かって流れていく。今までの鬱憤を晴らすかのように。
その光景を見た水の精霊さんは安堵の表情をして私の手を握る。
「魔女さん、ありがとうございました」
「別にいい」
「私はこのまま、水の流れで戻ります。本当にありがとうございました。久しぶりに会えた魔女さんが、貴女のように心優しい方で良かった」
いちいち反応するのは面倒だけど、感謝されるのは悪い気分じゃない。
しばしこの余韻に浸っていたい。
「ご主人様、ボクらも帰るにゃ」
「⋯ちっ」
「にゃ!今、舌打ちしなかったかにゃ?」
うるさい駄猫。
再びホウキを取り出し、水上国家へと戻る。
すぐに飛び立とうとする私に必死になって飛び乗ってくる駄猫。心配しなくても置いていくわけないじゃん。
たぶんね。
ゆっくりと空の風景を眺めながら水上都市へ戻ると、その風貌は一変していた。
上空から見たら一目瞭然だったのだ。
網目状に敷かれた水路の全てに水が行き届き、その
何て神秘的な光景なんだろう。
この光景を私一人と一匹が独占しているのだがら、頑張って救った甲斐があったというもの。
降り立つと、突然水が戻って来たことで住民皆が歓喜に沸いていた。
歓喜の声の中には、水の精霊様に感謝する声が含まれていた。
一定以上の大きさのある町や都市、国には必ずではないけど、それぞれ1体の精霊さんが存在している。
守護者的な位置付けになるようだけどこれと言って何をするわけでもなく、その土地が豊かならば精霊さんは元気だし、逆に荒れて腐敗しているようなところだと、元気がなく最悪の場合死んでしまうこともあるらしい。
私も聞いた話なので詳しくは知らない。あと、精霊さんは自分の守護している土地の情報は大概把握していて、今回のように土砂崩れの影響で上流がせき止められていたことも知っていたのはそういうこと。
つまり、その地で困った場合は精霊さんに会いに行けば大丈夫。特に用がなくても私は極力精霊さんがいる時は、会いにいくようにしている。
いつの間にか時刻は夕方になっており、空が夕焼け色に染まり出していた。
宿屋へ向かおうとしていたところに、困っている人の声を見つけた。
老婆が、しきりに下の方を見てキョロキョロしながら目の前を歩いている。
ただの落し物程度なら私が出る幕ではないんだけど、どうやらことはそんなに単純ではないらしい。
私は人とのコミュニケーションが苦手。
しかし、話さずに生きていける訳もない。だから時にはどうしても喋らなければならない時は存在する。
「何か探し物?」
本当は外見的な見た目では年上を敬う気を込めて敬語を使うべきなんだろうけど、たぶん実年齢的には私の方が上だと思う。いや絶対。だから敬語が苦手だから敬語を使わないんじゃない。敬語を使う必要がないから使わない。
老婆は、若干潤んだ瞳で私の方へ振り向く。
「大事な指輪を無くしちゃってねぇ。この辺りで落としたと思うんだけど⋯」
長時間探していたのだろうか? 足取りもおぼつかなく、少し押したら倒れてしまいそうなほどに弱々しい。
きっと、それほどまでに大切な品なのだろう。
「これだけ探してもないのなら、きっと誰かに拾われちゃったのかしらねぇ」
老婆は「はぁーー」と深くため息をつく。
「なら、警備隊のところに届けられているんじゃないのかにゃ」
「さっきも聞いて来たんだけどね、そんな落し物は無いと追い返されたわ。私がしつこく聞いたのがいけなかったのでしょうね。それと、その猫さんはあなたのペットですか?」
猫は普通喋らない。その猫が喋ったらまず第一に発する言葉は十中八九、「猫が喋った! 」のはず。
しかし、老婆は多少驚いた顔はしたももの、すんなりそれを受け入れていた。
「驚かないの?」
「この歳まで生きるとね。大概のことでは驚かなくなるものよ。お嬢ちゃんもその時がくれば分かると思うわ」
なるほど、確かにこの歳まで生きている私は、大概のことでは驚かない。非常に共感を持てた。
私は、あなたよりも年齢は上ですよと言えば驚くだろうか? 試して見たい。
だけど、流石にそこまでのリスクは犯せない。
私には老婆の探し物がどこにあるのか既に検討がついていた。
別に魔法を使った訳ではない。確信はないが、確認してみる。
私はテレパシーで駄猫に指示を送る。
すると駄猫は、私の指示を遂行すべくある場所へと向かった。
指示の最後に超特急とだけ付け加えておいた。
その為か、駄猫はあっという間に私の目の前から消えて走り去っていく。
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