探偵、小杉秀明の日常

@Coke_

第0話

物語を始める前に、少しだけ彼らを紹介しておこう。


小杉秀明、言わずもがなこの物語の主人公。

時折抜けてはいるが、やるときはやる、そんな男だ。


真神皐月(まがみさつき)、裏の主人公と言って良いものか…。

とにかく秀明に付きまとう、奇妙な雰囲気を持つ女性。


そんな彼等は、ここ「小杉探偵事務所」にて毎日を怠惰に過ごしていた。


その日も同様に…。




コンコン


寝ぼけた脳に響く音があった。

どうやら来客らしい。


「ヒデちゃん、お客さんだよ」


響く音の後に真神皐月の声。

分かってはいるが、何だか改めて言われると少々腹が立った。


寝ぼけた脳の主、小杉秀明はその苛立ちをドアの向こうに立つ相手にぶつけたくなった。


「チッ……どーぞー…」


サングラスをかけ、わしゃわしゃと頭をを掻きながら、心地よい寝床…のような椅子から離れ、応接セットへ向かう。


ギィ…


木製のドアが軋み、中にはいって来たのは、意外にも女性だった。


「失礼します…」

「いらっしゃい、こちらへどーぞ」


背丈は、恐らく150センチ程度、黒髪の女性も、恐る恐る応接セットへ向かった。


「それで、どんな依頼でしょう?」

丁寧なようでぶっきらぼうな言葉を秀明は投げかける。


「はい……、実は姉を探して欲しくて…」

「お姉さんを?…っと、どうぞ、続けて下さい」


「はい、数年…いえ、五年前私を残して…どこかへ…」

「蒸発…ですか?」

秀明の語気が少し柔らかくなる。

「はい…」

「原因は…?」

「それが…私には全然分からなくて…、当時姉には有名企業への就職も決まっていたし、私生活は順調だったと思うんですが…」


「ふぅむ…」

サングラスをくい、と上げ秀明はドカッと背もたれに寄りかかった。


しばらくの沈黙が続く…。

「お茶どーぞ」

沈黙を破ったのは皐月だった。


秀明に負けず劣らずぶっきらぼうだが、その所作は実に丁寧な物腰で、服を着替えればどこかの名家のお嬢様のようだった。


「あ…どうも…」

長い黒髪の女性は、それ以上の言葉が出ない。


皐月は、その女性の目をじっと見つめる。

とは言え、皐月の視線は前髪で隠れてしまって、女性には全く見えない。


たまらず女性が問いかけた。

「あ…あの…何か…?」

無表情だった皐月の口元が、わずかにほころんだ。

「うぅん、何でもないの」

そう言うと皐月は部屋の奥へ引っ込んでしまった。


「……?」


「あぁ、申し訳ない、気にしないでくれ、

アイツはいつもあんな感じなんだ」

秀明がフォローにもならないフォローを入れ、

続きを促した。


「えっと……自己紹介してなかったですね、私は満月日和(みつき ひより)、姉は満月明(みつき めい)です、どうか姉を探し出して下さい!」

「写真などはありますか?他に手掛かりになるようなモノがあれば一緒に」


差し出された写真を眺め、秀明は目を細める。

リクルートスーツに身を包んだ茶髪の女性、満月明。


「分かりました、期間はどれくらいになるか分かりませんが、やってみましょう」


「ありがとうございます!宜しくお願いします!」

不安げだった日和の顔が、少しだけ明るくなったようだった。

「それでは、細かな契約書にサインを…あちらで」


その「あちら」には皐月が待っていた。


ーーー


(何だか書きづらいなぁ…)

契約書を座って書く日和の横には、皐月が微動だにせず立っていた。

人間の印象は出会って3秒で決まるという。

その3秒間、皐月は見事に悪い印象を日和に植え付けてしまったようだ。


(動いてる…?)

もしかしたら、マネキンでも替わりに立っているのではないかと、日和は少し顔を皐月の方に向ける。


「……何か?」


紛れもない皐月の声が、皐月の口から放たれた。

「い…いえ…」

そう言うのが精一杯だった。

俯いて、契約書に目を落とす。


程なくして、日和は契約書を書き終えた。


「それでは、何かあれば連絡を入れます…必ず…とは言えませんが、お姉さん、見つかると良いですね」

「ありがとうございます…宜しくお願いします…それじゃ…」


ギィ…パタン


カキン…ボッ

「ふぅ……」


紫煙をくゆらせる秀明の表情は苦い。


「ヒデちゃん、どう思う?」

先に問いかけたのは皐月だった。


「……んー…」

煙草をくわえながら、秀明は天を仰ぐ。

「失踪…ねぇ…」


「何かなきゃ、居なくなったりはしないよね?」

「そうだなぁ…」


生返事が2つ続いたからなのか、皐月は返事を諦め、奥へ引っ込んでしまった。



(五年前の失踪、事件の事故の可能性もある…、だが…何かが引っかかる…)


燃え尽きた吸い殻を、秀明は灰皿に投げ捨てた。

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