第6話 巳の役割


「そもそも呪詛って言うのは、本来扱っていいものではないの」

「人を呪うから、ですか?」

「ええ。呪詛は成功すればあっさりと相手の命をも奪えるし、命まではいかなくても相手に不幸をもたらす。局にいる人からしたら、そんなことを知っていて使える奴なんて、厄介極まりないものよ」


 反感を買えば呪われるのではないか、呪詛を知る身はいるだけで周りに何か影響を及ぼすのではないのか。

 呪詛について知らない者達からすれば、巳は十二生肖の中でも最も忌避される存在だった。


「じゃあ、なんで巳は呪詛に詳しいんですか? 避けられているものなのに……」

「十二生肖になってから学んだんじゃなくて、十二生肖になる前から呪詛に詳しかったのよ。それを十二生肖に招いたのは、相手に対抗するためよ」

「対抗って……つまり、相手を呪うためってことですか?」

「どちらかというと、相殺するためね。あんたもこっちの世界に巻き込まれたなら知ってると思うけど、月神っていうのはいろんな者から狙われるの」


 月神は破綻組に留まらず、幻妖からも狙われていた。それは出会った頃に狙ってきた妖狐が示している。

 様々な者から狙われるため、手段も一つに限ったものではない。力に物言わすもの、霊力で圧してくるものなど、そのやり方も千差万別だった。


「そんな中で使われたのが呪詛だった。月神も、防ぐことができずに掛かったと聞いているわ」

「つっきーが……!?」


 初めて聞いた内容に、都季は驚きが隠せなかった。

 確かに、呪詛ならば月神に近づくこともなく、周りの守り手に気づかれることもなく月神の命を狙えるだろう。月神の未来を視る力も、回避手段を知らなければ無意味だ。

 都季は戸惑いながらも、つい先程別れた月神を思い浮かべた。とても呪詛を受けたことがあるとは思えないほど、出会ったときから平然としている。


「え、でも、つっきーは今も元気にいますけど……」

「それはそうよ。だって、巳が現れたから」


 月神が呪詛を受けたと聞いて、当時の配下達は呪詛を解くための手段を探し回った。そして辿り着いたのが、他の幻妖達からは離れてひっそりと暮らしていた巳だ。

 呪詛について知っていた巳は見事に月神の呪詛を解いてみせ、褒美として神格を賜り、十二生肖の一角になった。次に呪詛に狙われても対処ができるように、と。


「それまで、呪詛については触れるべきものではないと避けられていたの。だからこそ、敵に隙を作ってしまったのよ」

「なるほど。呪詛なら誰も抵抗できないから……」

「そう。巳が加入してからは、もうその手段も使えないんだけど」

「でも、これだけの呪詛の種類が分かっていれば、早々掛からなさそうですよね」


 禁書庫にはかなりの数の書物や物が詰まっている。知らない呪詛が存在しないのではないかと思うほどに。

 麗は十二生肖として選ばれる前から、呪詛について先代から聞いて頭に叩き込んでいる。呪詛を学ぶだけならば、巳の家系であれば許されているからだ。

 禁書庫へ入ることはできなかったが、呪詛について少しでも知っておかなければ、自分や身の回りの人に降りかかったときに対処できない。例えば、誰かが呪詛を掛けてきたときや、呪詛を解く際や返す際の過程で飛び火したときなど。

 呪詛に触れることが多いからこそ、いつ、どのような形で周りに影響を及ぼすか分からないのだ。

 そっと息を吐いた麗は、テーブルに置いた本の表紙を軽く撫でてから言う。


「何でも大丈夫と思うでしょう? そうでもないの」

「えっ」

「この世界には、多くの国があるでしょう?」

「はい」

「呪詛だけに限らないけど、世に出回ったものは伝わった先の言語でも書かれることがある。だから、例えば……これとこれ」


 言いながら一番奥の本棚に歩み寄った麗は、並んだ二冊の本を取りだして表紙を都季に見せる。片方は漢字、もう片方はアルファベットに似た文字だ。

 書かれた国が違うからだろうが、都季は各国にそれぞれの呪詛があり、それが保管されているのかと思った。

 しかし、麗から明かされた事実は予想とは異なる物だったが。


「これは、同じ呪詛が載った本よ」

「……え?」

「なんで同じ物が、って思うでしょ? それも本に霊力があるからなの。任務で回収した呪詛にまつわる物も、然るべき時に処分をするまで、ここに一時保管されることがあるのよ」


 その場で処分をする物もあれば、宿っている力が強い物は一時禁書庫に保管し、徐々に力を弱めてから処分をする。参考として残す物もあるが。

 麗が手にした二冊はそれぞれ海外の物だが、見つけたのは国内だ。つまり、国外には他にも記されたものがある可能性が高い。

 都季は、呪詛の規模が自分の予想を遙かに越えていたことに開いた口が塞がらなかった。


「じゃあ、ここにあるのは……」

「氷山の一角ってところかしら。私も全部は把握し切れていないわ。……まぁ、呪詛の結末が同じでも手法が変わってくるから、数が馬鹿みたいに多いだけなんだけど」


 麗にも分からない呪詛はある。都季に潜む物が呪詛かはともかく、今のところ麗の知識の範囲では該当するものはない。似たものはあるが、どれも「使用者」が存命であることが前提となる。


「なんで、そんな言語違いでいくつもあるんですか……」

「一般の本と同じで、一つの言語でも複数刷られていることがあるの」

「ええ……。なんか、出版したみたい」

「感覚としてはそれに近いわね。しかも、中身が中身なだけに、相当な高値で売買されているのよ」


 相応のルートで、呪詛にまつわる物は動いている。中には専門の業者も存在するため、麗はそちらの取り締まりに動くこともあるのだ。

 都季は、幻妖世界については知られてはならないはずなのに、と考えたところで、『呪詛』という名目だけならば、確かに幻妖世界を知られているわけではないのだと気づく。ホラー系の話で「呪詛」というワードはよく使われるが、それが幻妖に繋がるわけではないと。

 麗は本を本棚に戻すと、本題からすっかり逸れてしまった、と話を元に戻した。


「とにかく、巳が忌避されるのは呪詛に触れているからなの。自分もそれに触れてしまうんじゃないか、呪われるんじゃないかって不要な杞憂を抱く人には特に。まぁ、避けるのが間違いとも言い切れないけど」

「けど、麗さんはそんなことしませんよね……?」

「ええ。こっちから仕掛けるようなことは、余程の事がない限りはね。局の人にも使うつもりは非常事態以外はないもの」

(何だろう……。完全には安心できない……)


 所々に不安を残す言い方だ。ただ、麗にふざけた様子もないため、そのつもりはないのだろうが。

 麗は局員が自分を見るなり避けたり、あまり関わろうとしない姿勢を取られるのを思い出し、つい溜め息が零れた。目の前にいる都季もいずれ、そのような目を向けてくる日があるのかと。

 ならば、今の内から注意を呼び掛けておいたほうがいい。深く関わってしまう前に。


「見落とすつもりはさらさらないけど、あたしに近づくのは気をつけたほうがいいわ。どんな呪詛があたしについているか分からないもの」

「え?」

「可能性はほぼゼロに近いけどゼロじゃない。なら、最初から不用意に近づかない方がいいのよ。……今は仕方ないけど」


 都季の異変の原因を探るため、有無を言わさず連れてきたようなものだ。

 気味が悪いと嫌がられても、こればかりは月神に関わるので我慢してもらうしかない。

 しかし、都季から返ってきたのは予想とは少し異なるものだった。


「気をつけていればいいんですよね? なら、大丈夫です。ここの外なら、大体はつっきーもいますし」

「……あっさりしているのね」

「はは……。順応性が高いとは言われました。でも、俺は今の局の在り方を変えたいって思ってるんです。それにはつっきーだけじゃなくて、十二生肖の方々とか、色んな人の協力がいると思っているので、麗さんのことも避けようとは思いません」


 真っ直ぐに麗を見る都季の言葉は本音だ。

 噂には聞いていたが、本当に変える気なのかと驚いてしまった。

 ただ、これも彼が呪詛というものがどれ程恐ろしいものか分かっていないからこそ出てくる言葉なのかと疑ってしまう。


「呪詛を知らないから、そんな言葉が簡単に出てくるんでしょうね」

「あ……。……すみません。軽率でしたね」


 ばっさりと切り捨てるかの如く言い放った麗に、都季は何も返せなくなって視線を落とした。

 麗が今までどのような態度を取られてきたのか、その言葉だけで察してしまった。避けられることがどれほど辛いかを、都季は知っている。遠巻きに見られる日々が蘇ってきた。

 眉間に僅かに皺を寄せる都季を見た麗は、自身の発言を振り返って下唇を噛んだ。


(……また、間違えた)


 都季の辛そうな表情は麗のせいではない。

 だが、それを知る由もない彼女は、どうしてこうも上手くいかないのかと両手を強く握りしめた。



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