第12話
「雅臣。どこまで話すつもり? 話しすぎでしょ」
同様に元の姿に戻った清水は、心配そうに雅臣へと声をかけた。だが彼はまったく気にもしていないようで、「仕方ないだろ。同じようなことが起きたら、上も俺と同じようにするさ」と適当にあしらった。
「勘弁してくれよ! 給料下がったらどうすんだよ!」
圭が大声で雅臣を怒鳴りつけた。それでも彼は顔色を変えず、私に説明した。
「俺みたいな憑依体質の人間は稀にいる。そういう奴らは自分の能力を制御するために、国の教育機関に収容される。そこで教育を受けたら、国の支配下にある治安維持組織に配属される。清水は正規身体提供者。組織に雇われている。圭は俺個人と契約している身体提供者だ。組織には属してない」
「身体提供者?」
私が尋ねると、圭と清水はいよいよ身を乗り出して、雅臣の口を塞ごうとした。だが雅臣は眉間に皺を寄せ、「何するんだよ」と言いながら、二人の腕を振り払った。
「俺の第二の身体だ。道具であり、俺の武器だ。俺たち憑依者は教育機関で憑依するために必要な武術の知識を身につける。だがそれらの知識を完全に引き出すには、それなりの道具、それなりの身体が必要だ。だから憑依者は身体を提供してくれる人間を探す」
彼は武術の知識を身に着けたと言った。まさか、彼らは憑依体質を、戦うことに使っているのか?
「憑依できる能力を、国は戦うために使っているんですか?」
「そうだ」と彼は短く答えた。
もし彼の言ったことが事実なら、私はもう国を信用することなどできない。元々信用などしていなかったが、陰で国がそんなことをしているなど、思ってもいなかった。
「だから俺たち憑依者は、武術の心得がある人間を、喉から手が出るほど欲しがる。なかなか見つからないからな。普通、そこまでは望めないから、こうして特定の筋力が強そうな人間に憑依して、身体に合うであろう武器を持って戦うしかない。だが、元々武術の心得を持っている人間なら、身体がその武器に合うよう筋力ができているし、身体提供者の意識を少し引っ張れば、お前が経験したみたいに、お前の一部の意識を解放して戦わせることもできる。既に完成された状態に憑依できるってわけだ。俺たちの世界じゃ、お前みたいな武術の心得がある人間は上玉だ」
欲しかったのは、私の武術。だから黒い服を着た男は私に憑依した。
やっと納得できた。ということは、圭を襲ったのは私だったけれど、他人にコントロールされた故の出来事だったというわけだ。
安心した。心が少し軽くなった。
私の意識下で起こったことではないから、詮索するのもおかしいかもしれない。だが、どうしてあの男は圭を襲おうとしたのだろう。私の身体が関係していることだから、気にしないわけにもいかない。
「どうして、あの人は圭さんを襲おうとしたんですか」
今まで饒舌に話していた雅臣が口をつぐんだ。圭と清水は勢いよく私へと顔を向け、暫くの沈黙の後、笑いながら私に言った。
「紅羽ちゃん、そこまで聞かないでよ。俺たちは雅臣を通して給料というものを貰っていてね? 雅臣が何かしでかすと、給料が減るんだよ。それを三等分に分配すると、雅臣の失敗のせいで、俺たちの手元に入るお金が減っちゃうんだな」
清水がにこにこしながら身体を少し震わせて、私に語り掛けてくる。
「雅臣が話し過ぎると、情報漏洩で雅臣がクビにされる。そしたら雅臣と個人契約の俺は清水と違ってクビだ!」
圭が大声で叫び、頭を抱えた。大袈裟だなと私は笑っていたが、彼らにとっては重大なことなのだろう。
雅臣は死んだように輝きの失った目をして、口を開いた。
「……組織では、憑依体質の人間に順位をつけていてな」
話し始めた雅臣に、圭と清水は「それ以上話すな!」と彼の身体を押さえつけた。「やめろ」「話すな」と揉めている三人の様子を見て、仲が良くていいなと単純に思った。
「お前に憑依した黒い服の男は、ナンバーの上位者だ」
二人に揉まれながら、苦し紛れに雅臣が続けて答えた。
「あの黒い服の男はナンバー6。日本で6番目の実力を持つ憑依者だった」
私は彼の言い方に疑問を持った。
「今は違うんですか?」
「だった」とはどういうことなのか。過去のことなのだろうか。
彼は圭と清水を振り払いながら答えた。
「上層部が奴と連絡が取れなくなっていた。俺も最近見ていなかったから驚いた。まずいことになったな」
圭が「もう話すなよ! いい加減にしろって!」と叫んだが、雅臣は聞かなかった。
「俺たち憑依者は書面で契約を交わした人間にしか、憑依することを許されていない。だけど、どうだ? お前はあいつと契約を交わしたか?」
記憶を辿らなくても分かった。交わしていない。私は突然憑依されたのだ。おそらく、眠っている間に。
「あいつは組織の規則に違反した。未契約の一般人への憑依と殺人未遂。近々ランクを剥奪されて、罰せられる。逃げ回っている以上どうすることもできないが、いずれランク上位者が捕縛任務を与えられる。それに一番近いのが俺たちだと踏んだのだろう。俺の片腕を今のうちに一人、潰しておきたかったんだ」
雅臣は一瞬だけ床に視線を落とした。何か考えているのかとも思ったが、すぐに視線は私へと向けられ、何事もなかったように無表情で再び語りかけてきた。
「あいつはお前が武術の心得があることを知っていた。それも使える道具まで。何から情報を得たのかは知らないが」
見ず知らずの人間に過去を知られていたことにも驚きだったが、何より私を止めてくれた雅臣に感謝した。私が黒い服の男に憑依され、圭を襲った時、もし雅臣が圭に憑依して私を止めてくれなかったら、私は圭を殺していたかもしれない。
人が人に憑依する。私は二度も、その光景を目の当たりにした。
もう認めざるを得ない。
「私、ちょっと外の空気を吸ってきます」
ソファーから立ち上がると、彼ら三人が返事をする前に、私は玄関へとリビングを横切った。
「おい、大丈夫かよ?」
カップ麺を食べ終わった圭が、通り過ぎて行く私を心配そうに見上げた。情報漏洩のことばかり気にした清水も表情を変え、そわそわと落ち着きなく私の顔色を伺っていた。
彼らを無視して玄関へ行き、自分の靴に足を入れ、靴紐を結ぶ。
無言で玄関のドアを開け、部屋を後にした。
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