第18話 浮気?

「……京」


 俺は暗い気持ちで囁いた。京が俺を裏切るとは思えなかったが、昼飯を持ってきた女からの『挑戦状』かもしれない。いや、シャイな京の事だ、バイト先でパートナーがいるなんて言わないだろう。モーションをかけているのかもしれなかった。


「何?」


 ベッドに腰かけて、無邪気に俺を見上げてくる京には、罪はない。どうしたものかと数瞬見つめ合うと、また京は可愛らしく小首を傾げた。


「ん?」


 駄目だ……浮気なんて事を疑ったとしたら、京はきっと傷付くだろう。だが訊かずにはいられず、俺はルージュのついたTシャツを握りしめた。


「昼飯もってきた女って、どういう奴だ?」


「ああ、昨日、真一に電話をかけてくれた先輩だよ」


 あの女か……! 俺と同い年くらいで身長も高い、スレンダーな女だった。京の事が心配で、ろくに顔も見なかったが、そんな印象だった。


「そんなに仲良いのか?」


「ああ、あの先輩は、面倒見が良いんだ。何だかんだ言っても、最後には助けてくれるタイプ」


 面倒見が良い? それでTシャツにリップがつくか? 思わず俺は、京にルージュが見えるようにクシャクシャに握ったTシャツを突き付けていた。


「これは何だ」


「これ?」


 急に語調を変えた俺に戸惑ってか、京はTシャツではなく俺の顔を見た。下心の有無も分からぬ女への嫉妬なんて、どうかしてる。だが今は、そのルージュがどうしようもなく憎かった。思った事は顔に出る。京は、俺の顔を見てやや怯え、手元に視線を落とした。


「あっ」


 京もそれに気付き、大きなまなこを更に見開くと、普段穏やかな彼にしては珍しく、声を大にして慌てた。


「真一、俺、浮気なんてしてないぞ! 後ろにひっくり返りそうになったのを、先輩が支えてくれたんだ。きっとその時に……」


 京は嘘が嫌いだ。京がそう言うのなら、間違いないのだろう。俺はホッとして、京を大人げなく追い詰めた事を反省し、しおらしい声音をだした。


「そうか、分かった。疑った俺が悪かった。飯にしよう」


 京も、ホッと胸を撫で下ろし、空気は気まずくならなかった。だが、その時、隣――京の部屋のチャイムが鳴るのが、聞こえた。こんな言葉と共に。


「京ー、夕食作ってきたわよー?」


 二人の目線がバチっと合った。この声は――件の先輩だった。

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