彼岸花

江戸彼岸桜

第1輪 裸足の王子様

 日本の大学は4月入学だが、中国の高校は6月卒業のため、中国からの留学生は高校卒業の翌年、もしくは翌々年まで日本の言語学校で授業・バイトをこなしながら、大学入試に備えることが多い。

 訳あって日本に憧れていたわたしも前述の一人となった。そして、言語学校や塾で、貴重な友人たちと知り合った。

 そのうちの一人が、今回の王子様Nである。


 Nは塾で同じクラスだった。当時は話したこともあまりなかったが、たまたま同じ大学に進学することになった。その大学は毎年各学科の留学生枠はほぼ1名だけなので、お互い他に知り合いがいないスタートとなった。

 中国では、「家では親が頼り、外では友が頼り」という言葉がある。

 まさにその通りで、私たちは引っ越しや入学手続きなどで助け合った。入学後はたまにアクション映画にも誘われて一緒に行っていた。男女二人で映画、とは言ってもアクション映画だし、わたしは彼のことを、同郷のよしみ程度にしか思っていなかった。


 大学2年生の冬、Nの主催で、塾時代の仲間の男女10数人で長野へ2泊3日のスキー旅行に向かった。

 わたしは運動神経がなく、スキーも初体験で不安だった。Nと東大薬学部の先輩が手取り足取り教えてくれた通りに、重心を低くしてみても、方向もスピードも全然コントロールできなくて、滑れる人たちに羨望の眼差しをひたすら向けていた。


 夜は温泉に入った後、みんなでNの部屋でUNOを楽しんでいた。途中、一人が部屋におやつを取りに席を立った。わたしも水を飲もうと隣にある女子部屋へ向かった。

 Nの部屋から出るとき、前の人が存在感の薄いわたしに気づかず、ドアを勢い良く閉めている最中に、わたしの反応が追いつかずに続けて出ようとしたので、足がドアにぶつかった。


 ぶつかった直後はちょっと痛いなぁと気にしなかったが、部屋に戻って見てみると、なんと勢いよっく出血していた。

 小学生の頃から血小板が少なめで、出血は収まるまで時間を要することが多かった。それで、びっくりしながらも、とりあえずバスタブで血が止まるのを待ってみた。

 しかし、いくら待っても血はどんどん出てきていた。タオルでどうにか止血できるかなと思っていたら、長時間戻ってこないことを心配した同じ部屋の女子が入ってきた。血だらけのわたしの足を見てびっくりした。

 わたしは周りが楽しんでいるところに心配も迷惑もかけたくないので、「もうすぐ止まるから!大丈夫!」と言った。Nたちを呼んでくる提案も断固拒絶したが、すぐNたちが現れてしまった。


 真っ先にNが飛び込んできた。しばらくして、他の人たちもぞろぞろ入ってきた。

 ちょうど血が若干滲んでくる程度になったので、Nの指示のもと、ベッドに移動し、足を心臓より高く上げた。同時に一人をフロントに救急箱を取りに向かわせた。

 Nはわたしの足を持ってじ〜〜〜っと見て、出血箇所を特定し、なぜ止まらないか、医者ならどうするかを考えた。そして救急箱のアルコールを使って、傷口を消毒し、止血処理をした。


 やっとひと段落ついて、みんな安堵したところに、男子Aが「あれ?Nお前なんで裸足なんだ?」と気づいた。Nは「あっ!ほんとだ!りんちゃんが怪我したと聞いて急いで出てきちゃったから...」と答えた。

 ハプニングに落ち着いて適切に対処できて、大事に思ってくれて、素晴らしい友人を持ったもんだと思った。


 ちなみに翌日、わたしは怪我でスキー出来ず部屋でテレビを見ていた。同じ部屋の2人は風邪を引いて寝込んでいた。わたしは所望のジュースや冷えピタなどを買ってきて些細な看病をした。風水の悪い部屋なのかなとからかわれた。


 旅行最終日の朝、出発前にみんなでロビーで談笑していたら、Aから「Nは大学入学当時、君のことが好きだったらしいよ。昨日自分で認めた。」と聞かされた。いろんな驚きとともに、「それって今は好きじゃなくなったの?わたしなんかした?笑」って聞いたら、「まぁ、うお座の男は惚れっぽいからさ」とのことだった。


 Nとはその後も、たまに誘われて映画に行ったりしていた。

 わたしとNのクラスメートであるKが学園祭で一緒に歩いているのを目撃されるまでは。


 


 

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