第7章
未知なる惑星
「あら、クリフ。あなた、ここ数日自室に閉じこもりっきりだったけど、一体何をしていたの?」
「やあ、ジャッキー、久しぶりだね。実はちょっと体調不良で寝込んでいたんだ」
通路──超巨大外宇宙移民船〈キリマンジャロ〉の中を歩いていたクリフォードは、彼以外たった一人の生存者であるジャクリーンに、苦笑を浮かべながら肩を竦めてみせた。
「体調不良……? 大丈夫なの?」
「大丈夫って何がだい? 僕はこの通り元気だよ?」
「そうじゃないわ。あなた……私もだけど、この体は限界でしょう? また何十年も、細胞リフレッシュのために眠りにつかないといけないのではなくて?」
どれだけ科学やそれに伴う技術が進歩しても、いまだに「不老不死」は成立されていない。
若い頃の自身の細胞を保存、それから新たな身体をクローンニングし、その身体に意識を移して「若返る」ことはできるが、「若返り」を繰り返すうちにテロメアの著しい短縮化が生じ、細胞老化を起こして細胞分裂が激減する。
細胞分裂が抑制されることで、新陳代謝も低下する。そうなれば、当然身体の「劣化」は激しくなる。
〈キリマンジャロ〉が〈銀の月〉と呼ばれるようになって既に数百年。その間、何度も「若返り」を繰り返した二人の身体は、もうボロボロだった。
クローンニングも既に限界に至り、そのため現在は今の身体を少しでも永らえるために、何十年にもわたる休眠──彼らはそれを「細胞リフレッシュ」と呼んでいる──を必要とするほどに。
数十年の休眠を必要としても、その後に活動できる時間はどんなに長くても三年ほど。現在彼らはそこまで追い込まれているのだ。
「それより、『
「そう、いよいよ佳境だよ……いろいろな意味でもね」
自分に背中を見せ、遠ざかっていく女性に気取られないように。
彼はにやりと笑みを浮かべた。
「僕らは遠い所から来たんだ。僕たちの故郷は、もう住めなくなってしまったからね」
ジョーカーの昔語りは続いている。
彼とその仲間たちは、遥か昔に遠い遠い所からここにやって来たらしい。その目的は自分たちが暮らす場所を求めて。
おそらくだが、彼らの故郷はどこかと戦争でもして、滅ぼされてしまったんだろうな。そして、新たな安住の地を求めて故郷を旅立った。うん、割とよく聞く話だ、これ。
カンキョウオセンやら、シゲンコカツやらとも言っていたが、正直よく分からない。まあ、ジョーカーの話が理解できないのは今に始まったことじゃない。
住めなくなった故郷を捨て、ジョーカーの先祖たちは巨大な船を何隻も用意し、その船で旅立ったそうだ。その船の中で何年も何年も暮らし、船の中で子供を生み、船の中で人生を終える。
そんなことを何度も繰り返して、遂に彼らは新たな土地を見つけた。それが、ここというわけだ。
しかし、船の中でそんなに長く暮らせるものだろうか? 食料や水はどうしたんだ? 必要になったら、その都度近場の陸地に上陸して確保したのだろうか?
それに、船の中で子供を生むなんて、相当危険だと思うぞ。ただでさえ、出産は母子共に危険なことなのに。
そこらへんはきっと、経験を積んだ腕のいい産婆が何人もいたのだろう。うん、きっとそうだ。
「僕たちがこの
言語や文字、度量衡、信仰、思想など、ジョーカーたちは人々が暮らす上で役立つことを、俺たちの先祖に教えたってわけだ。
特に今もある重さや長さの単位など、当時からずっと使われているものらしい。
「まあ、言語はすでにある程度発達していたし、文字も今現在使われているものの原型がすでに存在したので、それをより洗練されたものへと手を加えただけだけどね。信仰に関しては、この
それがキーリ教──キーリジスクラスイエ教というわけか。
元々は別の名前の宗教だったらしいが、こちらも長い年月の内に、あれこれあって名前が変化してしまったらしい。
まあ、宗教ってやつは複雑だからな。ちょっとした思想の違いで、簡単に分裂とかするし。
「最初こそ、僕たちの移住は順調だった。この
ジョーカーの整った顔に影が差す。それは僅かな変化だったが、付き合いの長い俺にはそれが分かった。
「この
その「毒」とやらは、ジョーカーたちの技術では感知できないものだったらしい。なんせ、彼らの技術体系とは根本的に異なる存在だったのだから。
そう。
それは魔力だ。俺たちにとっては慣れ親しんだ、そこにあって当たり前のもの。だけど、遠い土地──魔力が一切ない土地らしい。信じられないが──から来たジョーカーたちにとって、魔力は猛毒だったのだ。
「『毒』とは言っても、即効性のあるものじゃない。じわじわと身体の内部を蝕んでいく感じの『毒』でね……僕たちがそのことに気づいた時、既に手遅れだった」
魔力はジョーカーの仲間たちの身体を蝕んでいった。この土地に来た当初は全く問題なかったが、一年、二年、五年、そして十年と経つうちに、その影響がじわじわと現われ始めた。
内臓が弱って命を落とす者、精神に影響を受けて廃人になる者、様々な症状が次々に現れたそうだ。
更には、子供まで生れにくくなったとか。子供が生まれないってのは、致命的だからな。
「肉体的な損傷については、サイバー技術で何とでもなったけど、それでも何ともならない症状も出てきてねぇ。あれには参ったよ」
あはははーと笑うジョーカー。だが、奴が続けた言葉は、俺たちに大きな衝撃を与えた。
「なんせ、人間が妖魔になっちゃったんだからね」
おいおい、そりゃどういう意味だ? 人間が妖魔になるわけがないだろ?
見れば、ミーモスも信じられないって顔でジョーカーを見ている。
「魔力がどのように作用して、僕たちの姿を変えてしまうのか……当時は全然解明されなくて、いくつもの仮説が乱れ飛んだものだよ。僕の友人……いや、元友人の遺伝子の専門家なんて、未知の現象に驚喜すると共に頭も抱えていたねぇ」
銀色に輝く銀月を見上げながら、ジョーカーが言葉を続けた。
「だけど……その『魔力による変化』が原因で、彼は暴走してしまったんだけどね」
魔力がジョーカーたちに作用したことで、その姿が変容した。その変化は世代を繰り返すどころか、時には一代でさえ発症することもあったと言う。
「だから僕たちは、一旦母船である〈キリマンジャロ〉に戻ることにしたんだ。中にはこの地上に固執する者や、既に壊滅してしまった移民コロニーなんかもあったけど……大体、地上に降りた者の七割ぐらいは母船に戻ったかな? でも、結果的にはそれが間違いだった」
「どういう意味だ?」
「それがね……僕たちが母船に戻ったことで、『毒』である魔力が〈キリマンジャロ〉の中に蔓延することになったんだ」
「ねえ、ジョルっちに、ミルモランス殿下。二人は、魔力って何だと思う?」
直前までの話から一転、突然ジョーカーがそんなことを聞いてきた。
「魔力……ですか? 世界を構成するものの一つであり、魔法を使う際の源となるものでしょう?」
うん、そうだな。俺も今ミーモスが言ったのと同じように考えている。
だが、ジョーカーは違うと考えているのだろう。だから、「魔力とは何か」なんて尋ねたはずだ。
「うん、僕たちも最初はそう考えたよ。この惑星に存在する、僕たちにとっては未知の物質……エネルギーの類だと。だけど……違った。魔力の正体は……ある意味、『生物』だったんだよ」
は? ジョーカーの奴、何を言っているんだ? 魔力が「生物」だと? そんなわけがないだろう?
「厳密には、生物と呼べるか微妙なところなんだよね。僕たちで言うところの、ウイルスのようなもの……それが魔力の正体だよ」
あ、あー……また、ジョーカーの話が分からないものになってきたぞ。「ウイルスは生物じゃないと考える学説もあるけど」なんてジョーカーは言っているが、更にわけ分からんな。
「この惑星に存在する、僕たちの技術では感知し得ない未知のウイルス、いや、ウイルスに酷似した存在……それが君たちが呼ぶ『魔力』であり、その事実に僕たちが気づくまで、かなりの時間を要してしまった。それこそ、取り返しがつかないくらいにね」
ジョーカーたちは俺たちの住む土地に入るに至り、相当入念な検査をしたそうだ。彼らが持つ技術の粋を集めて、空気や水、大地の状態までかなり細かく調べたらしい。もちろん、この土地に住む様々な生物──人間を含む──の血液などもをこっそりと採取し、それもしっかりと調べた。それでも、魔力の存在を見つけることはできなかったという。
当然、船に帰る時だって、厳重に、何度も、徹底的に身体を清めたらしい。《浄化》の魔法を何度も重ねかけしたのだろう。きっと。
「しかし、魔力を感じることなんて、それほど難しいことじゃないだろ? ある程度魔力の扱いに慣れれば、誰だって感じ取れるものだぞ?」
「それに関しては、この惑星の住民や野生動物の一部は、先天的に魔力を感じる器官を体内に有しているんだよ。その器官の発達具合にはもちろん個人差はあるから、魔力に敏感な人もいれば鈍感な人もいる。だけど、余所からやって来た僕たちには、当然そんな器官は存在しない」
肩を竦め、ゆっくりと首を振るジョーカー。
「この惑星の人類は内臓の外見や配置、機能などもかなり僕たちとは違っていてね。ここの人たちと僕たちとでは、見た目こそ酷似しているけど、生物的にはまるで違う生き物のようなんだ。実際、僕たちと君たちの間に、子供は生まれなかったし……って、話が逸れちゃったね」
ジョーカーは再び銀月を見上げる。かつて、こいつ自身もあそこにいたそうだ。
しかし、あの銀月はどんな所なのだろうか。神話では邪神たちが住む場所とされているが、ジョーカーの話を信じるならばそうではないのだろう。
できれば、一度行ってみたいものだな。
「とにかく、だ。僕たちが母船に戻ったことで、今度は母船の中で魔力が蔓延した。その結果、母船で暮らしていた僕たちの同胞は、そのほとんどが死に絶えてしまった……今、生き残っているのはたった三人であり、その内の一人が僕ってわけさ」
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