オーガーの軍団

 ぽかんとした間抜け面を晒し、ギーンが俺をまじまじと見つめる。

「わ、僅かな情報だけでどうしてそこまで正確に……き、貴様は本当にゴブリンなのか……?」

 うむ、ギーンの様子からして、俺の推測は当たっていたようだ。実は半分ぐらいは適当に言っただけなのだが、それは俺だけの秘密である。

 となると、ここはギーンたちダークエルフに協力すべきか? そして、協力の見返りとして氏族の指導者たちから、《魔物の王》に関する情報を引き出すのはどうだろう。

 俺たちがいくらゴブリンとはいえ、集落を守ることに協力すれば話ぐらいは聞いてくれるのではなかろうか。

 だが、問題はどうやって切り出すか、だ。ゴブリンを完全に見下しているダークエルフにしてみれば、いくらハイ・ゴブリンやホブ・ゴブリンが助太刀を申し出ても受け入れてはもらえまい。

 よし。ここはひとつ、ギーンを上手いこと利用……いや、活用しようか。




 妖魔族に属する魔物のほとんどは、大なり小なり群れを作るものだ。

 群れを作る最大の理由は、なんといっても生き残るためだろう。力の弱い生き物でも群れることでより格上の敵から身を守り、時には手痛い反撃を行えることさえ可能なのは理解できると思う。そして、群れは子孫を残すためにも有利に働く。

 特にゴブリンやコボルトといった妖魔の中でも大多数を占める下位の魔物たちは、まず単独で行動することはなく群れを作って生活している。

 だが、オーガーは妖魔の中でも、普段は群れを作らない例外的な魔物である。

 群れを作ったとしても精々つがいとその子供たちという家族単位で、子供も成体になるとすぐ親離れする。そして子供が親離れした番もそれぞれが単独で行動するようになり、別の番相手を見つけてまた子を儲けるのだ。

 そんなオーガーも、より強力な個体に率いられた時に限り、群れを形成することがある。

 先述した通り、群れとなった生き物は単独よりも強い力を発揮するものだ。その最も顕著な例が、他ならぬ人間だろう。

 一部の例外を除き、人間は生き物としてはそれほど強くはない。だが、その人間が群れを形成した時、信じられないような力を見せる。

 普段は群れを作ることがない──作る必要がないと言い換えてもいい──オーガーが群れを形成すれば。

 その時、ただでさえ強いオーガーは更なる驚異となる。そして、自分たちよりも格上な相手であっても打倒することが可能となるのだ。例えば、本来なら勝てないはずのダークエルフであろうとも。




 とまあ、俺は以上のような自分の考えをギーンやクースたちに聞かせた。もちろん、言語はゴルゴーグ公用語だ。でないとクースたちに理解できないし、ギーンもゴルゴーグ公用語は理解できるそうなので、途中から言語を公用語に切り替えたのだ。

 なお、俺の話に全く興味がないらしいユクポゥとパルゥは、オーガーの死体を食っていた。「人食い鬼」と呼ばれるオーガーも、死ねばゴブリンの腹の中か。いや、世知辛いね。

 そういえば、オーガーとの戦いでいつも被っている鍋をなくしたユクポゥだが、気づけばまた鍋を被っていた。いつの間に拾ってきたんだ? それに、そんなに気に入っているのか、その鍋。

 いつの間にと言えば、治療のために脱がせてあった黒地に銀で装飾が施されたギーンの上着を、ちゃっかりとパルゥが着ているし。きらきらと光る服の装飾を嬉しそうに眺めるパルゥを、ギーンが悲しそうな顔で見ていた。

「……服、返すようにパルゥに言おうか?」

「い、いらんっ!! ホブ・ゴブリンが着た服など、二度と着られるわけがないだろうっ!!」

「そんなものか? 俺も紳士を自認しているが、そこまで気にしないがなぁ」

「ゴブリン風情と一緒にするなっ!! ゴブリンと同一視されるなんて、ダークエルフにとってはひどい侮辱だっ!!」

「あー……いや、すまん。別にギーンを侮辱するつもりはないんだが……」

「あ、謝るなっ!! ゴブリンなんぞに謝られるなんて、ダークエルフにとっては逆に恥だっ!!」

 あーもー、気位が高い奴って扱いにくい。人間にもいるけど、こういう奴はヒト族も妖魔族も変わらないな。

 視線を泳がせつつがりがりと頭を掻いていると、小声でギーンが何やら呟いているのが聞こえてきた。

「……ごめん、姉さん。姉さんが俺のために作ってくれた服を……」

「あー、お姉さんが作ってくれた大切な服だったのか……すまん、すぐにパルゥに返すように……」

「だ、だから謝るなよっ!!  余計に悲しくなるだろっ!!」

 あ、なんだ。やっぱり服を奪われて悲しかったのか。そりゃあ、家族が作ってくれた手作りの服を奪われれば、誰だって悲しくなるよな。重ね重ね、俺の兄弟がすまんことをした。

 実行犯であるパルゥに成り代わり、ちょっぴり涙目になっているギーンに心の中でもう一度謝っておいた。




 結局、ギーンの服はパルゥの物になった。妖魔族にとって、奪う者と奪われる者のどちらが悪いのかと言えば、奪われた方が悪いのだから。

「さて、ギーンにひとつ提案があるんだ」

「ふ、ゴブリンごときが俺に提案だと? おもしろい、聞くだけ聞いてやろう」

 とりあえず、ギーンの気持ちが落ち着いたのを見計らって、俺は自分の計画を彼に申し出てみた。

 つまり、俺たちをオーガーから集落を守るための兵として雇わないか、と持ちかけたのだ。

「ふ、ふん、ゴブリンが三匹増えたところで、どれだけ戦力になるというんだ?」

「だが、俺と兄弟たちの実力は見ただろう? 俺たちなら、それなりの戦力になると思うが?」

 こう言った途端、ギーンは黙り込んだ。俺たちがあっと言う間にオーガーを倒したのを、彼は直に見ているのだ。

 黙って考え込むギーン。俺はもう余計なことは言わず、ただただ黙って彼の決断を待つ。

 と、俺の背中を誰かがちょいちょいと突いた。

 肩越しに背後を振り返れば、そこにいたのは隊長だ。

「お、おい、ゴブリンの旦那よ。ほ、本気でダークエルフに荷担するつもりなのか……?」

「まあ、向こうが受け入れてくれるなら、だけどな」

「お、俺たちはどうなるんだよ……?」

 あ、そうか。俺と兄弟たちはいいけど、隊長とかクースをどうするかな。

 俺たちの本来の目的は、レダーンの町の近くまで行くことだ。そこで隊長は解放し、クースには一旦レダーンの町まで行ってもらうつもりだったのだが、レダーンに向かうのは少し遅くなりそうだ。

 クースは俺と一緒に来るって言いそうだな。何となくだけど、そんな気がする。じゃあ、隊長はどうするだろうか?

「おまえはここで解放するから、好きにすればいいぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、旦那。こんな森の中で解放されても、逆に困っちまうだろう!」

 そうか? 確かにここは魔境とも言われるリュクドの森の中だが、それほど深い場所ではない。一日もしないうちに森から出られるはずだ。

「食料も武器もやるから、一人で森の外を目指せばいい。ひょっとすると途中で魔獣に襲われるかもしれないが、その時は……がんばれ!」

 俺が笑顔でぐっと右手の親指を突き立てて激励してやると、隊長はその顔色を真っ青にしてぶるぶると震え出した。

「い、いや、だからさ! いくら武器があっても、俺にこの森の魔獣が倒せるわけねえだろうがっ!!」

「だったら、俺たちと一緒に来るんだな。クースはどうする?」

「もちろん、リピィさんと一緒に行きます」

 うん、一応聞いてみたけど、やっぱり思った通りの答えが返ってきた。

「どうしてこの嬢ちゃんは、会って間もない奴をここまで信用しているんだよ……? しかも、相手は変な白いゴブリンだぜ? ったく、信じられねえ……」

「で? 隊長はどうするんだ?」

「行くよ! 行けばいいんだろ! ちくしょう、ダークエルフの集落なんか行って、呪われたらどうしよう……」

 がっくりと肩を落とし、盛大に溜め息を吐き出す隊長。そういや、ずっと「隊長」って呼んでいるけど、こいつの名前はなんだろう?

 まあ、もう「隊長」で慣れちゃったからこのままでもいいか。

 そんなことを話していた俺たちを、気づけばギーンがきょとんとした顔で見つめていた。

「おい……その人間たち、貴様の奴隷ではないのか……? 俺はてっきり……」

 ギーンの言う通り、妖魔族が人間を連れていれば、奴隷か食料のどちらかだと思うのが普通だ。

 とはいえ、俺たちの関係を上手くギーンに説明することは難しい。だって、俺自身もよく分かっていないのだから。だから、ここは適当に誤魔化しておこう。

「まあ、似たようなものさ。それより、俺たちを雇うのか? 雇わないのか?」

 俺の問いかけに、ギーンは再び考え込んだ。

「……俺が決断を下せることじゃない。とりあえず、俺の父親……氏族の戦士長に貴様のことを伝え、その判断を仰ぐ」

 あ、こいつ、自分で決めずに他人に投げたな。

 まあ結局、俺たちがダークエルフの集落に向かうことは決定だ。そういや、その集落はどこにあるんだろう?




 その辺りのことをギーンに尋ねたところ、やはり集落は森のもっと奥の方にあるらしい。

 その集落を、ある日突然オーガーの集団が襲った。

 オーガーの群れを率いるのは、三体のハイ・オーガー。いや、巨大な騎乗用の魔物──突風コオロギと呼ばれる巨大昆虫──に乗っていたそうだから、おそらくハイ・オーガーの更なる上位種であるハイ・オーガー・ライダーだろう。

 三体の上位種に率いられたオーガーたちは、風に煽られた炎のようにダークエルフの集落に襲いかかった。

 もちろん、ダークエルフだって黙って侵攻を受け入れたわけじゃない。彼らも最上位といっていい妖魔族だ。その戦闘力は当然ながらかなり高い。

 祖をエルフと同根とされるダークエルフは、魔法に対する高い適正を持つ。更には弓や剣といった武器の扱いにも優れ、一人のダークエルフは十人の人間の兵士に相当するとまで言われているのだ。

 そりゃあダークエルフ一人で人間十人相当はちょっと盛りすぎだと俺も思うが、剣と魔法を巧みに組み合わせるダークエルフの戦力は、一般的な人間の兵士よりも高いのは間違いないだろう。

 そのダークエルフが、オーガーの集団には一方的に攻められたらしい。

 集団の中に少なくない上位主であるハイ・オーガーやオーガー・ライダーが含まれていたらしいことと、何よりそれらを率いる三体のハイ・オーガー・ライダーが飛び抜けて強力だったらしい。

 その三体は、自らのことを《黒の三巨星》と名乗ったとか。しかも、その三体は血の繋がった兄弟らしく、たとえ親兄弟でも群れて活動しないオーガーの中ではかなり珍しい存在と言えるだろう。

 優れた指揮官に率いられた軍が、並以下の指揮官に率いられた軍を凌駕するのは常識だ。おそらく、その《黒の三巨星》とやらは個々の武力もさることながら、指揮官としても優れているのかもしれない。

 おもしろいじゃないか。是非、その《黒の三巨星》とやらとは直接対決してみたいものだ。そして、本当に優れた連中であれば、何とか俺の配下に引き入れられないものだろうか。

 そんなオーガーの集団……いや、オーガーの軍団との戦いは、ダークエルフにとっても厳しいものとなったそうだ。

 ギーンの父親は集落でも最も優れた戦士らしく、ギーン自身も父親と共にオーガーと戦ったらしい。

 ギーンの父親に率いられたダークエルフたちは、果敢にオーガーを迎え撃った。だが、騎兵であるオーガー・ライダーを前面に立てたオーガーの勢いを止めることは難しかった。

 知性と敏捷性に優れるダークエルフだが、体力や耐久力はオーガーどころか人間にさえ劣る。そんなダークエルフたちに、オーガーの騎兵を受け止めることはできなかったのだ。

 更には、オーガーの騎兵たちが駆る魔獣である突風コオロギもまた、ダークエルフにとっては悪夢だった。

 人間の城塞都市とは違い、ダークエルフの集落には高い防壁など存在しない。ダークエルフに攻撃をしかけるような者は本来なら存在せず、迷い込む野生動物や魔獣が精々。つまり、これまではちょっとした柵などで事足りたのだ。

 だが、そんな柵や必死に組んだ槍衾は、オーガーたちが駆っていた突風コオロギには全くの無力。

 誰もが知っているように、コオロギは高い跳躍力を持つ。柵や槍衾を軽々と飛び越えた突風コオロギを駆るオーガーたちは、次々に集落の中へと飛び込むと手当り次第にダークエルフを蹂躙した。

 殺したダークエルフを食らい、更に士気を上げるオーガーたち。更に更に、彼らの一部が駆る突風コオロギもまた肉食であり、ダークエルフたちを貪り食った。

 ダークエルフを食って士気を上げるオーガーたちとは反対に、同胞が食われるところを目の当たりにしたダークエルフたちは、見る見る士気を下げていった。

 陣の内側に飛び込まれ、士気が下がりながらも、ダークエルフは混乱に陥りつつも必死に抵抗した。しかし、オーガーたちの勢いを止めることはできなかったらしい。

 特に、今回の戦いが初陣であったギーンとその同年代の者たち、いわゆる「新兵」たちの混乱は激しかった。迫りくるオーガーの圧力に、あっという間に統制と連携を乱され、新兵たちは個々に討ち取られていく。

 新兵の戦死率が高いのは、人間もダークエルフも変わらないらしいな。ギーンもやはりオーガーという暴力の化身を目の当たりにして混乱し、気づけば背中に深手を受けた状態で一人森の中をさまよっていたそうだ。

 その後も散発的にオーガーに追い回されて森のこんな浅い所まで来てしまい、背中の傷と疲労のためにここで気を失った、というわけらしい。

「で、集落のある方向は分かるんだろうな?」

「当然だ。ダークエルフが森の中で方角を見失うわけがないだろう」

「ならば、すぐに集落へ向かうぞ。もっとも、ダークエルフの集落は既に陥落しているかもしれないがな」

「そ、そんなわけがないっ!! 我が集落の戦士たちがオーガーにいつまでも後れを取るわけがないだろうっ!! 貴様はダークエルフを侮辱するのかっ!?」

 わざと意地悪なことを言えば、ギーンはすぐに激昂する。いやー、若いね。まだまだ修行が足りないよ、ギーンくん。

 ま、かくいう俺も、今は生まれて一年も経っていない若造なんだけどな。


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