第68話小白河といふ所は(9)
清少納言先生:それでは、最後までお願いします。
舞夢 :了解しました。
今回の八講の初めから、そのまま終わる日まで毎日立てかけていた女車がありました。
しかし、誰もその女車に近寄ろうとはしません。
この毎日全て来ている女車が、予想外で絵に描いたような日々を過ごしているので、貴くも素晴らしく、奥ゆかしくも思われます。
どういう人なのか、どうにかして素性を知りたいと、権中納言は人にお尋ねになっておりました。
それを藤大納言がお聞きになり、「いや素晴らしいとは思えませんよ、すごく感じの悪い、不吉にも思います」などとおっしゃってらしたのが、私には興味深い。
さて、その月の二十何日かに、中納言が出家なさったとの聞いた時は、本当にしみじみと心を動かされました。
桜が散るのも「世の常」ではないでしょうか。
「置くを待つ間の」とすら、言い様もない中納言のあの時のお姿と、私には思われました。
清少納言先生:お疲れ様でした。
舞夢 :「置くを待つ間の」が、よくわかりません。
清少納言先生:「白露のおくを待つ間の朝顔は 見ずぞなかなか あるべかりける」
源宗干様の御歌(新勅撰集)で、「はなかい朝顔の花は、かえってみないほうがよかった」という歌の意です。
舞夢 :説教の場に足繁く通う人と、義懐中納言のあっという間の出家と。どちらが仏縁が深いのか、考えてしまわれたのですね。
清少納言先生:親しい間だっただけにね、そう思いました。
当時の仏事の花形のひとつ、法華八講と、それに集う人々の姿、仏事でありながら世俗的な現実の姿がよくわかった。
その中で、清少納言先生の感情の流れも、本当に飾らず素直に表現されている。
こういう書き方は好きである。
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