第14話上にさぶらふ猫は(3)

清少納言先生:はい、この段の最後までお願いします。

舞夢    :了解しました。


日も暮れましたので、その犬に食べ物を与えてみました。

しかし、食べようとはしません。

結局、この犬は翁丸ではないという話になり、詮議も一旦、おしまいになりました。

それでも、翌朝のことです。

定子様の御髪を梳ったり、御洗面など、朝の身支度をなさっている時、定子様は御鏡を私にお持たせになりました。

その鏡で、定子様が御髪などの具合をご覧になっていると、昨夜の犬が柱のところに蹲っているのです。

定子様が、その犬を眺めやり

「本当に哀そうですね、昨日は翁丸をひどく打ったとのこと、死んでしまったようですが、本当に可哀そうに思いますよ、今度は何に生まれ変わったのでしょうか。打たれて死ぬ時は、どれほど痛く、辛い思いをしたことでしょうね」

と、ふと口に出したのです。


すると、蹲っていた犬が、ブルブルと身体を震わせて、涙をひたすら、ボロボロと落とすのです、私は、本当に驚いてしまいました。

さては、やはり、この犬は翁丸だったと、昨日は、また打たれることを恐れて、素性を明かさなかったのだと、可哀そうに思うし、その知恵にも、感心したのです。


私も思わず、御鏡を下に置き、

「そうね、翁丸ね」とそっと声をかけると、犬は地にひれ伏して、ひどく鳴きます。


定子様も、安心なされたのか、大声でお笑いになります。

右近の内侍を御呼びになり、定子様自ら「事情」を説明になると、居合わせた女房達もほっとしたのか、大笑いになります。

その騒ぎを帝もお聞きになり、定子様の御座所にお出ましになりました。

帝は「ほんとうに驚くようなことだね、犬であっても、そんな分別があるのだね」とお笑いになります。

帝付きの女房たちも集まってきて、犬の名前を呼んだりすると、今度は素直に立ち上がって動きます。

私は「まだ顔も腫れているし、なんとか手当できないかしら」と言うと、他の女房は「やっと翁丸の正体がわかったわね」などと笑います。


そんなところに、蔵人の忠隆が聞きつけて、「台盤所の方から、翁丸が帰って来たって言われましたよ、本当ですか、お見せ願いますか」などと申し上げてきたので、

私は、またひどいことをすると思って

「縁起でもありません、絶対にそんな犬はおりません」と取次の者に言わせました。

しかし忠隆は、「そうやって隠し立てをしたところで、いつかは見つかるのですよ、隠しきれるものではありませんよ」なんて言っている。


こんないきさつもあって、翁丸はもとの身分に戻りました。

それにしても、定子様の憐れみの言葉に感じて、ブルブルと身を震わせて泣き出した様子などは、その知恵もなかなかですし、心根もいじらしいほどだし、こちらが感動してしまいました。

人に同情の言葉をかけられ泣くのは、人間だけと思っていましたので・・・


清少納言先生:はい、お疲れさま、だいたいOKです。

舞夢    :確かに、これは感動物語ですね。

       特に定子様と先生の優しさが、心に響きます。

清少納言先生:まあ、この前にもいろいろあってね・・・

       それだから、翁丸が本当に不憫だったの。



いつか、先生の御心が落ち着いた時にでも、ゆっくりと、「この前のこと」を聞こうと思った。

何より、先生は泣き出しているし、翁丸の涙の悲しい目が辛かった。

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