#39 切っ掛けなんて些細なこと
余りにも唐突かつ突然な話題提供になるのは重々承知なのだけど。
オレは『生まれ変わったような』とか『人が変わったような』とかいう修辞が――いやオレ自身無意識の内に使っているかも知れないが、基本的嫌いで忌避している。
だって、前者は『いや、生まれ変わったから何なの? そもそも転生した先が次も人間とは限らないじゃん』って感じだし、後者に関しては『お前、変わったと判断できるほど、その人のことを網羅してんの?』と普通に思うからだ。
加えて酷く冷めた物言いをするのなら、生まれ変わったように見えた所で人の本質が都合良く劇的に変わるわけもないだろうし、『人が変わったよう』に見えた所で、そう評価した人が全然掴めていなかっただけで、変わったように見えた人格はその人が元々持っていた一面かも知れない。
つまり何が言いたいのかと言えば、人はそう簡単に真逆のベクトルの人間性を持つことは無いってこと。
言うなれば全ての事象に懐疑的な人が、いきなり全てに対し妄信的には成り得ないし、全てを拒絶して生きてきた人間が、容易に全てを受け入れるようになることは無い。
しかし、これは余りにも極端過ぎる例だ。極論だと言ってもいい。
本当の所は、人は日々少しずつ変わっていくものだと思う。その変化が小さ過ぎれば気づかないし、逆に大き過ぎれば人が変わったように見えることだろう。
実際問題、神無月は変わった。劇的に人が変わったように変わった。
かつて『深窓の氷像』と呼ばれた彼女も、今や只の女の子だ。
しかし、それは結構なレアケースであり、通常そんなに無い。
だけど、神無月のように劇的に生まれ変わらなくとも、それでも人は少しずつだが確実に変容していく。
ならば、もし仮に、近い未来そう有り得なくない仮定を考えて、その論法がオレにも当て嵌まるのだとすれば……。
もしかすれば、オレもこの日を境に少しずつ変わっていけるのかも―――なんて甘く頼りない幻想を抱いたりしてもいいのだろうか?
ふと立ち止まり、何の気無しに空を見上げてそんな青臭く、声に出すには余りにも恥ずかしいことを取り留めなく考えた。
俯瞰的になってみれば道路では車が普通に走っていて、歩道にはいつも通りに人が歩いたりしていて。
その人達は当然だけど神無月の人生が変わったことなどに興味も関心も無くて。どうしようもないことだと理解しつつも、少しだけ『なんだかなぁ』って気分にもなったりして。
少しの間、自分勝手かつ身勝手な独善的で個人的な感傷に浸った後に――僕はあることを心に決めて歩き出す。
心に宿った小さな灯火は、到底覚悟と呼べるような大仰なシロモノでは無く、演技と呼べるような立派なモノでも無い。
かと言って、今更自分の気持ちに正直になった系の悟りの境地でも無い。
ただ、ちょっとだけ…ほんの少しだけ前に進んでみようと間違って思ってしまっただけさ。
その結果の正誤は解らないし、善悪の区別も出来やしない。
一時の気の迷い。青春における感情の暴走。
そんなものだとしても振り返ってみなければ、観測することさえも不可能なのだ。今この場でその判断は出来無い。
行動の原動力になっている、その事実だけで十二分だよ。
行ったことのない店の扉を引くと軽快な音が店内に響いて、小柄な女性スタッフがオレを開いている席に案内する。
それでも踏み出さなければ始まらないし、終わりも来ない。
オレの望むものはあの時、あの瞬間から一つも変わっていない。オレの根源はオレの終わりを望む。
だからこそ、始めようか…。
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