#35 僕に降る真っ当な神罰

 結局神無月の問題を片付けても、そんなに心の雲は晴れなかった。


 自分に似た人間をひとり助けた事実。

 少し位は惨めな慰めになるだろうと浅慮にも踏んでいたのだが、意外と言うか当然と言うか。全然そんなこともなかった。


 そもそもこの一件、オレほとんど何もしていないしね。

 ただ神無月かんなづきが自力で助かるのをすぐ側でアホ面提げて見届けただけ。大した傍観者ぶりだよ。若しくは哀れな道化か。


 まあ『神無月が変われたのは良かったね』程度の達成感は得られたけれど。解決する前とした後とで、オレの中身の深い所は何も変わっちゃいない。


 いや、キャラは崩れたのかも知れないけれど、相変わらず心の大部分には絶望が横たわっているし、深く根付いた他人への不信感や拒絶感も拭えてはいない。

 どうやら人助けによるデトックス効果は期待できないらしいな。打算で人助けなんてするもんじゃねぇわ。


 詰まるとこ、オレに救いはアリマセンってか?


 ―――ははっ、ほんと救われない話だ。


 隣の芝生の青さも実感出来無いと、自虐的に自らを笑いながら適当に休日の街を徘徊する。


 昨日までは色々あったけど(主に神無月家の引越しの準備)、今日は折角の休みだ。つまりオフ。完全なるプライベートタイム。

 何か、とてつもなく重大で大切な用事があった気もするけれど、いまいち思い出せない。しかし、忘れるということは大したことでは無いのだろうと目を逸らすことにする。


 そんなこんなで時間を持て余したのだけど、何か色々な思いが頭を巡った。

 だが独り悶々と答えの出ない思考の泥沼にハマるのもどうかと思い、気分転換も兼ねて外に繰り出したのだけれど、悩む場所が部屋から野外に移っただけで、結局悶々とアテのない思索に耽るハメになったのだ。


 しかし、自虐的に自省したり自嘲したりをしながらも、脚は適当に――無意識にオレを上がるべき舞台に導く。

 と言うと些か運命的過ぎる物言いだったかも知れないけれど。実際になかなかファンタスティックな出会い―――再会だったことは偽り様がない。


 気が付けば、結構交通量の多い国道に出ていた。

 道路の上には『海浜公園 直進二キロ』という看板が見えている。ちなみに、ここは家から割と遠い。


「あぁ、清隆さんの言っていたのはアレか……」


 この街に来てから二年目になるけども、恥ずかしながら海浜公園なんて小洒落たデートスポットに行ったことがない。

 別に独りで行こうと思うほどに勇者でもなければ、海の男的なアクティブな性格でもない。


 加えて他者と一定の距離を置き、その先に更に高い壁を作るような人間にそんな恥ずかしい所に一緒に行ける様な間柄のヤツはいなかった。


…ってアレ? もしかして凄い悲しい告白じゃないか?


 少なくない後悔も憎悪も無くはないけれど、自分で選んだ道だ。特に残念でもないけど、残念なことにオレ以外の何かに責任転嫁の仕様がない。


 しかし、みっともなく言い訳をさせて頂けるのなら敢えて行かないという選択をしただけで、そういった類の男女のお誘い――俗に言うデートのお誘い的なもの、告白の類を何度か受けたことはそれなりとだけ付け加えたい。


 自分に対して意味不明のイイワケを重ねるオレの横を一台の軽自動車が通り過ぎた。


 爆音で下品な音楽を周囲の迷惑も省みずに流すその車は、無駄に速い速度で通り過ぎたと思ったらオレの一〇メートルぐらい先でキッと止まった。それはもう急制動って感じで。道でも聞きたいのか助手席のドアが開いて、一人の女が降りてくる。


 うわっ、絶対に関わりたくない系の女だ。


 助手席のドアが開いたことにより、一層大きくなった下卑た音楽に耳を塞ぎ、心理的に距離を置きながらそう思った。


 くねくねモデルを意識した風に歩く女はいかにも遊んでますといったチャラチャラした風貌で、長い金髪を巻き、目元を筆頭に化粧が濃い。


 何故、化粧の濃さが確認できたのか? それはオレの視力が何処かの民族並に優れているというわけではなく、ただ単に女がオレの方にガンガン近づいてくるからだ。


 マジで? 何で近付いてくる…いや、来ないねっ。きっと自販機でジュースを買うとかそんなのだ。オレに用があるとか…自意識過剰気味な被害妄想も大概にしとけよ!


 必死かつ微妙に後ろ向きな祈りは、最悪な形で裏切られた。


 全く、だから祈りって行為はいけ好かなくて嫌いなんだ。

 必死に祈ったところで、悲惨な結末が変わるわけない。むしろ期待した分、より一層報われない不幸な気分になるとすら思う。


 女はオレの前でその歩みを止め、不快な――見る者によっては魅力的なのかも知れないが、とてもオレにはそんな好意的解釈は出来無い笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「斑目くん…だよねぇ~? わたしのこと覚えてる? 同中の丸山だけどぉ~」


 僕の髪が春とも夏とも言えない湿った風に煽られる。当然目の前の少女のそれも同様に揺れる。

 奇しくもなんでもないのだけど、偶然を演出したその色は本当にそっくりで、限りなく不愉快だった。音が鳴るほどに強く、歯を噛み合わせた。


 あぁ覚えてるさ。片時も忘れたことなんかない。

 例え万が一、億が一の天災で忘れたとしても、鏡を見れば無理にでも思い出す。全部大切な憎みオモイデだよ。


 もう二度と直接に関わり合いになることは無いと踏んでいたかったのだけど、親愛なる全知全能とは名ばかりのカミサマに依って降されたお導きで再びオレ達の人生は交差してしまった。これはアレだろうか? 神無月家の家庭崩壊に対するオレへの神罰なのだろうか?


 もしくは、


―――オレにも神無月のように決着を付けろってことなのだろうか?

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