#33 時間はヒトを大人に変えるのか?

 前回のあらすじ。

 僕は無実でしたイヤッホイ!


「やっぱり、あなた相当に失礼ね」

「はいはい、性格の悪さは自覚してますよ。んじゃ、清隆さんに電話するし、ちょっと静かにしといて」


 むくれる神無月先輩を適当にいなして、テーブルの上の携帯電話を手に取る。

 アドレス帳を開いて、二宮家自宅に電話を掛ける。機械的な機械音が一定のリズムで流れる。


 ワンコール…ツーコール……スリーコ…。


『はい、もしもし二宮でーす』


 早いな。電話の向こうにいる叔母さんは慌てていた雰囲気を全く感じさせない。

 本命は電話の近くにたまたま居た説だが、大穴としてオレが勝手に注目しているのはダッシュで駆けつけて来た説だ。


 もしも後者でこの対応ならば叔母さんのポテンシャルの高さがスゲェ。主婦の鑑だ。きっとご近所付き合いも完璧にこなせる気がする。あくまでそんな気がするだけのノー根拠の推論だけども。


「あ、あ~もしもし。司だけど…」


 名前を告げると、叔母さんは外用の声から何時も通りの喋り方へと、もの凄く自然にシフトさせた。これが……大人か…?


『おー、どうしたー司―? 紫織ちゃんにでもフラれたか~? よ~し、お姉さんが可哀相な弟を慰めてやろう』


 あれかな、ひょっとしてオレの周りの年上って馬鹿しかいないのかな?

 若しくは、歳を重ねると素面じゃやってられなくなるのか?

 そう思えば同情の余地があるけれど、ただの性質であれば救いようがない感じ。ピーターパンもビックリするくらいに可哀相だ。


「お前馬鹿じゃ…いや、その『紫織ちゃん』に関係あると言えばあるんだけど…」


 雑に言葉を濁しながらも、チラリと横目で神無月の方を見る。僕よりも年上のはずの神無月先輩はつまらなさそうに髪をいじりながら小説を読んでいる。いや、それオレの本だし。まだ最後まで読んでねぇし。


 つーか、お前の為に電話しているのに、何故に当のお前はそんな他人事風な佇まいなの?


 理不尽な現実に対して燃え上がる怒りのオーラを察知したのか、オレに目を合わせて、にこりと微笑む。


 いや、そうじゃねぇだろうがっ!


 口パクで何となく意思の疎通がとれたのか、それとも溢れるオレの怒気を感じ取ったのか、緩んだ顔を引き締め、こくりと何度も頷く神無月。


 ああ良かった。大人は馬鹿ばかりではないんだね。


 オレが安堵し、儚く砕け散った年上への敬意を取り戻そうとした時だった。神無月は大きく息を吸い込んで、切れ切れに切なげに吐き出した。


「んっ…あっ…やめて……つかさ…あっ…」

「馬鹿かッ!」


 キレた。電話口から叔母さんの『何々? どんな状況で電話してんだー? お姉さんは司が変態気質のドSに育って悲しいよー』などと嘆く声も聞こえる。何だってんだよ、マジで…。


 溜息の時間すら惜しく感じたので、速攻で神無月の口を片手で抑えつけた。あれだ。考える間も無く、即決即断ってやつだ。現在の一瞬は何かを超えた。


 それからすかさず叔母さんへのフォロー。


「い、いやっ。してないよ? 今のは神無月…紫織の悪ふざけっ! そうイタズラ好きで困るんだよ。あははははははは…」

『ふ~ん。まぁどうでもいいけどさー。要件は? その変態プレイの為だけに電話したってことはないよなー?』


 叔母さんの訝しげな声。それだけで現在二宮家のリビングにいる叔母さんの目付きが想像できる。同時にそれがオレにとって好ましいものではないということも。下手すれば、面談が開かれそうなシチュエーション。お宅の息子さんの将来が…的な!


 それはごめんだ。冤罪だと声高に主張したい!


「そうっ! それ! 流石は朱鷺子さんっ! よく聞いてくれました。うん、現代に聖母が降臨する様を見た気分だよ」

『アンタのノリがさっぱり掴めないけど…言ってみなー』

「まぁ、朱鷺子さんというよりも、清隆さんに相談したいんだけど…清隆さん現在居る?」

『いるかいないかで言えば、絶賛仕事中で家を空けてるよー。てか、え~、あたしには言えない話ー?』

「う~ん…別に言えない話って訳じゃ……」


 言葉に詰まり、手持ち無沙汰になったからというか、何となく思いつきで呼吸を止められモゴモゴやっている神無月を解放する。苦しそうに息を吐き出す神無月をシカトして、会話を続ける。


「まぁその辺のことも直接離すよ。清隆さん、夜には帰ってるかな?」

『多分七時過ぎには帰って来ると思うよー?』


 部屋の時計でに目をやる。現在六時前…。


「なら九時ぐらいに行くから、清隆さんにそう伝えといて」


 警察に被害届けを出すのに、どれくらい時間が掛かるのかお世話になったことのないオレには見当がつかないけれど、多分三時間は掛からないだろうと適当に存在に予測を立てた。

 最悪、清隆さんに頼むのは後日ってことにしてもいい。現在すぐ早急に対応すべきは神無月紫織の『現在から至る今後』を明確に保証することだ。折角手に入れた平和をみすみす明け渡してやるのも馬鹿らしい。


 叔母さんの気の抜けた返事に引き摺られないように注意しながら、頭の中で大雑把にタイムスケジュールを構築。


『ほーい。晩メシはいる?』

「仕事終わりの清隆さんにお預けをさせるほどオレは外道じゃないよ。適当に済ましてから行く」

『んじゃ、そんな感じでー』

「また後で」


 回線の切断された音を確認して、オレは携帯電話を折り畳む。


「ってことで神無月、警察行くぞ」

「えぇ~。私は関ヶ原の戦いでどうやったら豊臣勢を勝たせることが出来るかと思考しているのに…」


 何だよソレ…。随分と無意味過ぎる思考実験ヒマツブシをシテマスネ……いやルビとか振って事ありげに語った所で完全に純然たる暇つぶしじゃねぇか…。


 いいよ、別にどっちが勝ったって。いくらifを重ねたって歴史を変えることは出来ないんだからさ。それにお前数分前まで小説読んでなかったか? もし今の短時間で飽きたのなら相当の飽き性だ。


 なんか頭が痛くなってきた。なんかもう頭の頭痛が痛いみたいな。


「どうしても豊臣勢を勝たせたかったら核兵器とか無線の類とかさ、近代兵器を山ほど持たせてやれよ。そうすればスイッチひとつで勝利がお手軽に転がり込んで来るだろうさ」


 オレのナイスで完璧な返答がお気に召さない文学少女の返答は結構マトモなものであった。


「あなた…それは流石にロマンがなさすぎるわよ。まあ…その性格が本の趣味には反映されていないのが救いかしら」


 そして神無月は豊臣贔屓の思考実験の直前まで読んでいたであろうと推測される文庫本(オレの。しかも未読)を揺らしながらチシャ猫のような笑顔を見せる。


「は~い」


 オレの話をベッドで聞いていた神無月は足をプラプラさせながら適当に返事を返す。スカートでそんな体勢をとるので必然的に中身が見える…白とは意外なチョイスだ。勿論口には出さないけどさ。


 神無月は気だるげに立ち上がり、身なりを軽く整える。キリッと眉毛を整えて凛とした表情を作った。


「さあ行きましょうか、斑目くん」

「いや…だからさっきからそう言って…」

「もう…何グズグズしているの? 早くしなさいよ」


 神無月はぷりぷり怒っている。

 なんか理不尽じゃね? お前はオレのお母さんか! とか思ったけど、思うだけに留めておいた。別に、また内ももを叩かれる気がしたとかではないよ?


 何にせよ、不毛な会話と不等な暴力はオレの望むところではないし、さっさと案件を済ませようと思ったのだけど、


「神無月先輩…ちょっと待って下さい」

「何よ? 急に改まって…昨日はあんなに情熱的に『紫織ッ!』と呼んでくれたのに」

「おおう…今の声真似妙にクオリティ高いな……じゃなくて! あのさぁ…シャワーだけ浴びてきていい?」


 意外な特技に惑わされそうだった。危ない危ない。


「それは暗に覗けと要求されているのかしら?」

「んなワケあるか」


 ピシャリと日頃よりも強めに扉を閉めて浴室に入った。

 一人暮らし歴一年と少し。

 風呂場の鍵の必要性を初めて実感した瞬間だった。

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