嘘に沈む真実、嘘で得られる現実

本陣忠人

嘘に沈む真実、嘘で得られる現実

#1 Starting Line

 そんなに昔でもない昔ばなし。


 勧善懲悪的な教訓もなければ、感動もなかったありふれた日常のはなし。


『君たちの人生の主人公は君たち自身だ』


 したり顔の国語教師だったか、歴史の教師だったかは定かでないけれど――発言者の仔細は既に忘却の彼方の何処かに呆気無く消え失せてしまったけれど――在りし日の教壇に立つ、一人の中年教師は本来やるべき授業から脱線して熱心にそう語った。


 ただでさえ退屈な授業の最中において、突然にそんな個人的な説教や説法にも似た独善的な価値観を押し付けられた級友たちはどう思ったのだろうか?


 その言葉に素直な気持ちで感銘を受け、『なるほど』と感心したのだろうか。もしくは『はあ?』と困惑したのだろうか。

 或いは『はいはい、説教ご苦労』と小馬鹿にしたり、『うるせえな』と無関心を貫いたのかも知れない。


 まあどうだっていいけどさ。


 良い子も悪い子も普通の子も、十人十色で三者三様の異なった――それでいて何処かしらの共通項を含ませる似通った意見を持っただろう。


 オレとしてはそこまで解っていれば充分だ。問題無い。


 とは言え、これが悟った気でいるだけの勘違いという可能性も否定できない。


 ただ、それはそれで仕方のないことだ。

 別に自分の無能さを棚に上げる訳でもないけれど、自分の自信のなさから目を逸らす訳でもないけれど。

 真実と現実を含んだ実体験として、自分以外の考えていることなんて完全には理解出来ないのだし、およそ把握できるはずもない。


 はっきり言ってその行為は――そう思う思想傾向はとさえ言えると思うし、もっと言えばそういった思想を持つこと自体が罪であり悪であるとオレは考える。


 生憎オレは罪人に憧れるような尖った思想は持っていないし、出来もしないことをやろうとするのは時間とカロリーと脳細胞の無駄遣いだとすら思う。


 そんな無意味を重ねるぐらいなら、さっさと思考停止するほうが建設的かつ――こんな言葉があるかはさておいて、エコロジカルな行動だと思うのが道理だ。


 それに、みんながそこかしこで口々に押し付けがましく言うだろう? 国民の代表である政府だって声高に堂々と謳っているぐらいだ。


『エコは大事』だとね。


 だから当時一五歳(誕生日の二日前だった)のピカピカの高校一年生であったオレはその精神を敬々しく素直に受け取った結果『へぇ、分不相応な大役を押し付けられたもんだ』と適当な感想を抱いたきり、読みかけの新書のページを――そんなに続きが気になる訳でも無い癖にはらりと捲ったのだった。


 尤も、歳を少しばかり重ね高校二年生になった今の自分は流石に改心して、含蓄のあるその言葉に思う所も少なからずあるけれどね。


 改心した僕が思うこと。


『主演・脚本・演出その他もろもろまでオレの責任かぁ…そんな面倒を被ってまで生きるぐらいなら死んだほうがマシじゃね?』

『更に製作総指揮までオレなんだから、さぞかし実りのない、壊滅的なまでに歪な喜劇が生まれるに違いない』


 というような破滅的なまでに後ろ向きな考えに至った訳だから、もしかしなくとも改心しなかった方が良かったかも知れない――なんて自らを嘲るオレはあの時から成長しているのか? それとも後退しているのか?

 

考えようによってはあの日あの時のまま停止しているのかも知れない。オレのココロは止まったまま―――なんてね。少しばかり素敵に語ってみただけさ。


 そんな酷くどうでもいい上に本筋には全く関係ない恥ずかしい過去の自分語りをしているのは何でだったか……。え~っと、ああ思い出した。


 これが、あの教師の言っていた『人生の主人公は自分』ってことなのだろうか?


 それこそどうでもいいことさ。僕にとって大概はどうでもいいことだ。自分が関わる物語への興味は薄い。かと言って、他人の物語に異常に興奮したりもしないけれど。


 詰まる所、オレは冷めていて、乾いていた。


 だから、これらの問答はいつも通りの当て所ない水掛け論。

 毎回同じ結論に落ち着くだけの確定事項。若しくは予定調和。


 さて、驚きやサプライズが皆無な結末に落ち着いたところで、これから語る話について前説代わりに軽く触れておこうと思う。


 まず一つ分かって欲しいのは、この話は決して自慢気にひけらかしたい類の英雄譚ではなく、むしろ厳重に鍵をかけて心の奥の奥に仕舞い込んでいたいような黒歴史的な失敗談であるということ。


 間違っても年老いて中年になった際に『オレも昔はワルだったんだぜ?』なんてお決まりなフレーズで酒の肴で披露するような与太話ではない。


 にも関わらず、それを敢えて語ろうとするのは決してオレの性癖が被虐的傾向にあるからではない。


 きっとその経験は無価値で無意味だったかも知れないが、無駄ではなかったからと信じたい。そんな些細とも呼べる願い。


 故に恥を忍んでここに語るのだ。


 オレの……いや、『僕』と彼女の経験が誰かの道標になればいい。

 そんな儚い祈りを込めて僕はこの当て所ない話を始めようと思う。


 大きな盛り上がりも無ければ、圧倒的なカタルシスなど欠片も存在しない。

 ただ失った何かを埋める為に別の何かを喪失するような、どうしようも無く遣る瀬無いボーイ・ミーツ・ガールの物語を。

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