異国物語・一話完結短編集
Kei
第1話 1000ピースのメリークリスマス
クリスマスに香織がマレーシアに来ると言う。
「ひとりで来るの?」
「うん、ひとりで行く。」
「どうしたの?」
「ん?なんで?」
「いや、だってさ・・・」
「クリスマスひとりじゃ寂しいでしょ?」
そう言って、香織はLINEでカワウソが涙を流しているスタンプを送って来た。
「空港まで迎えに来てね」
「うん」
23日の羽田発深夜便に乗って、クアラルンプールに到着するのは24日朝の6時半。
到着ゲートで落ち着きなく彼女を待っていると、紺のコートにリュックを背負った香織が軽快な足取りで出てきた。
香織は、出迎えの人の群れを端からサーチするみたいに見つめて、僕のところで視線を止めてうれしそうに笑った。
「深夜便疲れたでしょ?」
「平気、それより気温差大きすぎ~」
彼女はそう言って、コートを脱いだ。
空港から車で1時間。ショッピングモールが併設された外国人居住エリアに建つマンションが僕の住居だ。
部屋に入った瞬間、香織はテラス寄りのソファに深く座って「いいところだね~」と上機嫌だ。
「何か飲む?」
「うん、水でいい」
そう言って今度は台所をのぞき込み、出しっぱなしのまな板と包丁、そして洗い物の山を見て、「ねえ、自炊してんだ~」と笑った。
それから僕たちは、近所のショッピングモールにクリスマスの買い物をしに出かけた。通りには、所狭しとクリスマスグッズが並べられ、香織はひとつひとつ物珍しげに手にとって見ていた。
「何か欲しいものがあれば買ってあげるよ」
「ほんと?」
香織はしばらくあれこれ探し回って、結局、「特に欲しいものないなあ~」と言って僕たちはその場を離れようとした。
「あ、あれ・・・」
「ん?」
香織はクルッと振り返って僕を見て言った。
「ねえ、ジグソーパズル一緒にやらない?」
「パズル?」
「うん、小さい時、あたし好きだった」
僕たちは、小さなクリスマスツリーとワインやジュースやお菓子、そして1000ピースのジグソーパズルを抱えて部屋に戻った。
「コンソメ買ってきてくれた?」
僕はマレーシアでは手に入りにくい味の素の顆粒コンソメを香織にお願いして買ってきてもらい、今夜はラムステーキを焼こうと思っていた。
「香織、ラムステーキ好きだったよね」
僕がそう言うと、「え~~?いつの話~?」とおどけながら、「でも、まあ、好き!」と笑った。
それから僕たちは、クリスマスツリーに飾りつけをして部屋の灯りを少し落として、ラムステーキとワインとジュースで乾杯をした。小さなイルミネーションが星のまたたきみたいに光って、香織の横顔を静かに照らしている。
「髪型少し変わったね」
「うん、この方が似合うってママが言ってた」
食事が終わると僕たちは、絨毯の上にジグソーパズルを広げて、完成図の絵を見ながら真剣にパズルを始めた。
「まず、枠づくりからだよ」
僕は、香織の言う通り、枠のピースを選んで並べた。
「ねえ、空は難しいから、この看板と車のところ作ってくれる?」
「うん」
穏やかな時間が二人を包み込む。
「あ、音楽聴こうか?」
そう言って彼女は、iPhoneを取り出し音楽をかけた。
♪あなたは もう 忘れたかしら 赤い手ぬぐいマフラーにして♪
僕は、それを聴いて大笑いした。
「神田川じゃん!なんで、こんな曲知ってるの?」
「ははは、いいじゃん。なんか昭和っぽくて」
40年以上前のこの古い歌を20歳の香織がiPhoneに入れて聴いてることがなぜかとても可笑しくて笑いが止まらなかった。
それから、僕たちはパズルをしながら「神田川」を一緒に歌った。
※歌詞はこちら(この後のシーンは、歌詞を見ながら読んでいただくとよくわかります)
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=35508
「でもさ~、この男(神田川の歌詞に登場する”あなた”)ひどいよね~」
「ははは、どうして?」
「だってさ、風呂屋に行って、いっつも長風呂で女待たせて」
香織はそう言って、ケラケラ笑ってる。
「こいつ、似顔絵下手なんだな」
今度は僕がそう言うと、香織はもう耐えられない感じでお腹を抱えて笑ってる。
「ははは、悲しいかい?ってさ、悲しいにきまってるよ~」
「ははは、どうして?」
「だってさ、似顔絵、いつもちっとも似てないんだもん」
「ぎゃはははは」
それから僕たちは、昭和のフォークソングをたくさん聴いて、明け方までジクソーパズルをして遊んだ。
---1000ピースのメリークリスマス。
結局、明け方までに完成させることができず、僕たちはいつの間にかソファで眠ってしまっていた。
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翌日、クアラルンプール国際空港。
「1泊なんて言わずにもっといられれば良かったのにね」
僕が少し未練がましくそう言うと、香織は「明日、ダンスのイベントがあるから」と言って舌を出した。
「ダンスがんばってるんだね」
僕がそう言うと、一瞬手を広げ、クルリと回ってポーズを決めて見せた。
「気をつけて帰ってね」
「うん。楽しかった」
香織はそう言って出国ゲートに向かって歩き出した。
僕は、最後に「香織!」と声をかけ、振り向いた彼女に「元気でね」と言うと、香織は手を振りながら「パズル、完成させたら写真撮って見せてね~」と叫んだ。
僕は、彼女の姿が見えなくなるまで見送った後、なんとなく孤独感に襲われて、電話をかけた。
「もしもし?」
「あ、オレ・・・」
「あ~~、どうだった?」
「うん、今、帰ったよ」
「そう~、ねえ、楽しかったでしょ?」
「うん、すっごく楽しかった」
僕は、昨日の夜の出来事を話した。
「あのさ」
「ん?」
「どうして、突然、香織、ひとりで遊びに来ることになったの?」
「あ、うん、あのね、この間突然香織が、パパってクリスマスひとりで寂しくないのかなって言いだしたの」
「へ~~」
「あたしはね、パパ、もう海外長いし、慣れてるんじゃない?って言ったの」
「そしたら、突然、あたし会いに行こうかな~って言いだしてね。香織は香織なりに、パパのこと心配してるみたいだよ」
---そうなんだ・・・
僕は、なんとなく嬉しくなって来た。
「結婚する前に言ってたでしょ?」
「ん?何て?」
「娘が生まれたら、将来、恋人のように仲良くなって、一緒に食事をしたりドライブに行きたいんだって」
そういえばそんなこと言った記憶があった。
「あの時あたし、それは難しいわよって答えたけど」
「うん」
「夢かなっちゃったね」
妻は電話口でそう言って笑った。
---20年以上かけて、夢かなえちゃったな・・・
メリークリスマス!
※この物語はフィクションです。
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