第20話 見舞い

「なんでお前がここに」


突然の来訪者に昴が尋ねるも


「学校休んでるって聞いたので、様子を伺いに来たんですよ」


そう言って彼は手に持っていたコンビニの袋を掲げた。

水滴のついたビニル袋の中にはアイスとジュースが入っているようだ。


昴は思わず後ろを振り返る。

拓海は先ほどより青い顔をしているように見えた。


「中空さん、でしたっけ?先日お会いしましたよね」


タケルは人懐こい笑顔を向けて挨拶をする。


「もしかして……中空さんもお見舞いに?」

「まあ、そんなとこ」

「へえ、優しいんですね」


「かなり体調が悪いみたいでさ。ノートだけ渡して今帰るところなんだ」

「なるほど、じゃ俺も用件が終わったらすぐ帰りますよ」


昴は無言で一度、タケルを見やる。

タケルも表情ひとつ変えず、昴を見つめ返す。


「……じゃあ、またな」


そう言ってタケルの横をすり抜け、彼は間宮家を後にした。

残された二人は少しの間、彼の背中を見送っていたが


「あの人、勘がいいよね。昔から」


さっきとはまるで違う、冷たい声が間宮の耳に届いた。


「ほんと、嫌になっちゃう」


はー、とわざとらしいため息をついて、タケルは間宮に向き直る。


「アイスでも食べながら話そうよ」


間宮は無言で、玄関の扉を大きく開いた。



「新発売のアイスがあってね、試してみたかったんだ」

そう言って袋から取り出したのは、最近よくCMで見かける話題のカップアイスだった。

「ほら、スプーンもちゃんともらってきたから」

プラスチックのちいさなそれを手渡され、力の入らない手で受け取る。


思わず先日の出来事を思い出したが、

彼と手が触れても、なんの変化もない。


呆然と手を見つめていると、ふいにタケルの声が耳に届いた。


「どうしたの。手なんか見つめちゃって……あ、もしかして中空さんと何かあった?」

「え?」

「だってほら、部屋に二人で……えー俺ちょっとまだ中学生なんですけど!?」

「一体何の話をしているんだ?」

「もう、間宮さんったら冗談が通じないんだから」


わかりやすく頬を膨らませてタケルは拗ねたフリをする。

こういうところは昔から変わってないな、と少しだけ緊張が緩む。


けれど


「いくら彼に信頼を寄せていたとしても──まさか、余計なことを話してないだろうね?」


すぐにこうして現実に引き戻されるのだ。

ほんのひと時の気の緩みも許されない状況。


「……何も話すことはない。あいつにも、君にも」

「言うねえ」

間宮の返事を聞いて、タケルはニヤリと笑う。


「じゃあさ、俺も貴方にはもう何も話さないでおくよ。……そう、さくらとのことも」

「さくらとの、事……?」


しーっ、と人差指を唇に立てて意味深な笑みを浮かべる。


「俺はさくらを守りたいだけなんだ。どうせならこの手の届くところでね。幸い今回は血も繋がっていない赤の他人だ。過去のことはもうお互いのためにこれ以上触れないでおこう」


その方が君も楽だろう?と聞かれて思わず身体が硬直する。


過去のことはもう、触れないでおく。

その方がきっと良い。

周りにも──何より自分にも。


「だけどお前は……」

「ストップ!もう何も言わない約束でしょ」


話を遮るようにタケルは手のひらを向けて間宮の言葉を制止した。


「ああ、興味本位で中空さんやさくらが過去のことを思い出して話すようなら、形式だけ合わせてりゃいいんじゃないかな。俺は兄のフリッツで、君は弟のカイ。それくらい貴方には簡単なことでしょう?」


そう言いながら空になったアイスをビニル袋へと投げ入れ

少し残っていたペットボトルの中のジュースを飲み干す。


「ねえ、兄さん。俺はさ……アンタが死んだ後もずっと生きてあの地獄を見てきたんだ」


彼の言う地獄とは一体。


「兄さんには感謝してるよ。心底ね──どうやって恩返しをすればいいのか悩むくらいには」


背筋が凍る、という言葉の意味を

今、初めて理解した。

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