第18話 君のことを知りたい。
『守る──』
何、から?
「どういうこと?」
一体、何の話をしているのか分からなくなってきた。
「君はまだ、何も知らない。知らなくていいんだ。だから──過去のことなんて深く思い出さなくてもいい」
「でもさっき、私の過去も知りたいって」
「それはどこまで思い出したのかを知りたいって事だよ」
「どこまで、って……?」
私の質問を聞いたタケルくんは一瞬、ハッとしたような表情をしたけれど
「……最期のこと、とか」
と、言いにくそうに告げてくれた。
ああ、そういう事か。
命が尽きる時。
何を思っていたのか。
そんな事、普通は知るすべもないはずだ。
そう、普通なら。
だけど今は、もしかしたら──
守りたい、という言葉の真意は分からないけれど
ひょっとしたら目の前の彼は、兄として
私の最期を看取った記憶があるのかもしれない。
それがどんなものだったのかは
今の私にはまだ、想像すらできないけれど。
タケルくんにとって、人の最期を見送る経験は
それが初めてだったのかもしれない。
ましてや前世で身内だったのだとしたら。
まだ成長途中の自分たちにとって、死と向き合うという事は
どれほど重い事なのだろう。
命の尊さを知ったのならば
彼の言葉は、そこから出てきたのかもしれない。
だけど。
「……どうして……私たちに会いに来たの?」
今が大切なら、知らないフリをして生きれば良いだけの話だ。
全ては自分たちの知り得ない過去の話なのだから。
夢だったと片付けて、それ以上自ら深入りする必要はないはず。
「だから……ちょっとした興味だったんだよ。さくらの事を間宮さんから聞いて、懐かしいって思ったんだ、会ってみたいって。いても立っても居られなかった」
タケルくんはそう言って一口、コーヒーを口に運ぶ。
年下とは思えないほどに落ち着いた仕草だ。
ふと窓を見ると、黒い雲が広がってきているのが見えた。
雨が降るかもしれない。
「間宮くんとは知り合いだったの?」
昨日の彼の驚き方からして、面識はあったのだろうけど。
「うん、同じ塾の先輩なんだ。いつだったかな……間宮さんが夢診断みたいな内容の本を読んでいる時があって。ちょうど俺もそういうのに興味があったから話しかけたんだ。そしたら向こうも似たような夢を、ってね」
なるほど、と思わず頷いてしまった。中空くんとも夢の話で盛り上がって、とは言っていた。
だけど──
「あのさ、タケルくんが私のお兄さんなら……間宮くんは……?」
「間宮さんは俺たちの弟、カイだよ」
「!」
ちょうど今日、授業中にうっかり見てしまった夢の内容を思い出す。
確かに可愛い少年がいたし、そんな名前で呼ばれていたような気がする。
「間宮くんが……弟……?」
「まあ、同級生だし無理もないよね。俺だって弟が年上になるなんて想像つかなかったから」
タケルくんはそういって苦笑し、背もたれに体重をかけるように座りなおした。
「間宮さんと話しているうちに、お互いの共通点が出てきてさ……これはもしかして、と思って聞いたんだ。びっくりしたけど、間宮さんはまだ信じられないみたいだって。疑われてるのかな、俺」
まあ、そんな調子よくホイホイ似たような仲間が現れるなんて
どこの三流小説だと言いたくなるような話だ。
「だから、時々会うとお互いに思い出したことを話し合うようにはしてるけど……間宮さんも俺と同じで、あまり過去に触れたくないのかもしれない。最初は面白くて夢を見るのが楽しかったけど、どうしても最期ってのはあるわけだしさ。その辺を夢に見た頃からかな、あまり話さなくなっちゃった」
「………」
何も言えないでいる私の心情を察したのか、彼は努めてカラッとした声と表情で話す。
「だからさ、間宮さんの口からさくらさんの話が出た時はとても嬉しかったんだ。少しでもこの気持ちが和めばいいなって。またこうして会って話せることで、癒える傷もあるんじゃないかって」
タケルくんはそういって背筋を伸ばし、再び真剣な眼差しで私と目を合わせた。
「過去のしがらみは、きっと時間が解決してくれる。こうして出会えたのも何かの縁だと思うんだ。だから……今の、君のことを知りたいと思ってる」
いつの間にか、窓には雨が流れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます