第26話 マッド⑶

 夕方5時。冬だからこの時間でもかなり暗く、「夜だね~」って言えば「そうだね~」って返されてもおかしくない中、ぼくは何をしてるかというと、こっそりそーっと顔を電柱から出していた。


「さっさと歩けやっ!」


 なんでかっていうと、50メートルぐらい先で金戸高校生数名の誘拐事件が絶賛進行中だから。


 ていうか、あんなに大声だったら、近所に聞かれちゃうよ。とはいっても、この辺りに家はないけどね。あっ、だからここで誘拐事件を起こしてるのか。ふむふむなるほど。


 全員で仲良く列作って向かってるのは……あっワゴン車だね。で……まあそうだよね、乗せるよね。


 いやー参っ……てない! 大丈夫!!


 確かどっかのポケットに……いや~「備えあれば憂いなし」って言葉はいい言葉だよね。その上、大事な言葉。

 あれない。じゃあこっちかな? それで……あっ、日本人たるもの、心に刻むべき美徳が刻まれてる素晴らしい……あっ、あった!


 テテテテン、超小型万能発信器~と青いロボットが4次元のポケットから出す時みたいに心の中で呟く。これを50メートル先まで飛ばすには……ええっと必要な角度を放物運動の法則から求めて、そこに空気抵抗を入れてみると——大体ここだな。ぼくは暗算で求めた解の通りに投げてみた。


 えいっ!——あっやばっ、少し前向きに投げちゃった……


 このままだと車よりも前に落っちゃう……


 すると、まるで僕の悲痛な意を汲んでくれたみたいに動き出してくれた。セーフ。


「ではでは」


 理論と実践は別物——発明の時と同じことを思いながらぼくは、連動した機能を備えたマイケータイを見る。赤く点滅した発信器がピコピコと動いてる。速さ的に見ても、車に着いたって分かる。


 よかった……成功したみたい。


 次に、協力者。ぼくは何か格闘技をやってるとかいうわけじゃない。なのに、何人いるのかも分からない敵陣へ乗り込むなんていうのはね、もう無謀中の無謀だよ。だから、はっきり強いって言える人を一緒に連れて行かないと危な過ぎる。


 これも、「備えあれば憂いなし」——とは言っても、相手はもう決まってる。諸々のもちろん、事情を知ってるリュー君だ。


 電話番号電話番号——これだ。ぼくは画面にタッチして、電話をしてみた。けど、『おかけになった電話は電源が入っていないか電波の届かない場所に』、って突っぱねられちゃった。どうしよう……まさかの出れないパターンとは、参った。これじゃ備えらんないや。

 いやいや、諦めるなぼく!

 まだ候補がいなくなったわけじゃない。昨日、「ケータイが見つかった」って報告してくれたハジメ君がいる。「心配かけたんだから」とかなんとか、適当に都合つけて来てもらおーっと。

 早速、電話をかける。


『もしもし?』


 よかった、出てくれた。


『なんかあったのか、マッド』と続けるハジメ君に「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけどさ」とさりげなーく提案する。


『怪しいな』


 ギクリ


『で、なんだ?』


 さっすが、ハジメ君。分かってながらもちゃんと話に乗っかってくれる。優しいね~


「今ね、目の前で高校生が誘拐されたんだ」


『……は?』


 だよね。


 ぼくは詳しい事情を説明した。




『もしかしてその覚せい剤ってのは、ジャンピングって名前だったりするか?』


 おっ?


「なんだぁ~知ってたん——」


 あっ。


「もしかして田荘君と会った?」


『あぁ。昨日会う機会があって、その時に色々と……っていうか、お前こそ田荘と会ったのか?』


「うん。ちょっとね」


 ピッキングのことは話してないみたいだから、一応隠しておこうっと。


「まあそんなこんなで、来てよ」


『ちょっと待てって。やっぱ作ってんのが高校生ってのは流石にな……』


「あり得なくはないって。田荘君にも言ったけどさ、作ろうと思えば誰でも作れるんだよ。で、売ろうと思えば売ることなんて容易いよ。どちらにせよ、高校生が誘拐されてるのは間違いないしさ。ね?」


『分かった分かった。で、どこ行きゃいい?』


「えっとね……」


 ケータイを耳から外し、画面を操作する。赤く点滅してるのは……


「金戸港4番倉庫、だね」


 『遠いな……』と言われたから、「それくらい我慢我慢」と返すと『おいおい……』って言われちゃった。アハハ。


「どこで合流する?」


『そうだなー……8番倉庫はどうだ?』


 8番倉庫——確認してみると、4番倉庫よりも中央区寄りで、程よく離れている。ここなら見つかることもない。


「了解」


『じゃあ8番倉庫に集合ってことで』




 「珍しいな」合流し、足早に4番倉庫へ歩みを進めているハジメ君から突然の一言。


「何が?」


「服。いつも紺色の作業服着てるだろ?」


「あぁ……これはね——」


 事情を簡単に説明する。


「成る程な。だから誘拐された時も見てたってわけか」


「そういうこと」


 「あ」番号が目に入ったぼくは音をさせぬよう、静かに立ち止まった。隣のハジメ君も少しだけ遅れて同じ動作をする。


「ここか、マッド?」


「うん」


 出入口の上の方に“4”と書かれているのを確認しながら応える。横開きの入口が少し開いており、そこからカシャンカシャンと金属が反響する音が漏れている。ハジメ君が先に、扉に背をつけて中を覗く。


 「割といるな……」ボソッとハジメ君が言うので、気になったぼくはもう一方側にサササッと回って体勢を低くし、覗いてみた。


 月明かりが差し込む倉庫中央には、頭に袋を被せられ縄で椅子に固定された高校生たちが円形に並べられている。その周りを学ランをチャらく身につけたヤンキーが、さらにまたそれを監視するかのように黒スーツを身にまとった男たちが大人げもなく複数人で。いや、監視じゃない。だって話してるもん。内容までは分からないけど、敵対関係には無さそう。

 もう少し視野を広げる。まだいた。奥にある横長なテーブルのところには黒スーツがさらに複数。確かに、結構な人数がいるね……


 そしてその奥のテーブルでは、何やら怪しげなことをしている。その怪しげなことがこっからだとよく見えない。目を凝らす。

 すると何人かが乗っているものを手に取った。一瞬キラリと光ったのを見て、ようやく分かった。あれは中華包丁で、その隣はえぇっとー……ハンマーで、1人飛ばして持ったのはノコギリ、だ。どうやらテーブルに乗っているのは拷問器具で、さっきのカシャンカシャンという音は多分それらが当たる音。物騒だな、全く……


「2人でなんとかなる?」


 念のため確認してみる。


「ちょっと厳しいかもな」


 えっ!?


 「ホント?」まさかの答えにびっくりして思わず聞き返した。


「ホント」


 空耳でも嘘でもなかった。

 てっきり「大丈夫だ、安心しろ」みたいな男らしい答えが来ると思って待ってたんだけど……

 まあ、かといって嘘言われても困るから、これでいいはいいんだけどね。


「あと何人ぐらいいれば大丈夫そう?」


「そうだな……2、3人ってとこだな」


 2、3人——


「とりあえず電話してみる」


 まずは……ダメ元で電話してみますか。念のため、ね。


『もしもし?』


「あっ!」


 で、出たっ!

 通話口を塞ぎ、ぼくはハジメ君に尋ねる。


「ねぇ」


「ん?」


「リュー君だったらどう?」


「リュー君?——あぁ便利屋か。なら1人で十分。むしろ過ぎるくらいだ」


 よしっ!


『……もしもし?』


 おっと! あんまり待たせると、短気なリュー君だから切られちゃう切られちゃう。


「ゴメンゴメン。いや~やっと出てくれたね!」

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