第25話 便利屋⑸
俺はメールで送ってもらった番号を頼りに、向かう。
ここか……
俺はスライド式のドアを開く。学校のと違って、重いがうるさくはなく、自然と閉まる。中にいた人全員がこちらを見ていた。
「あっ、便利屋さん」母親は膝にかけてた毛布を取りながら立ち上がる。中に入りながら、俺は軽く会釈する。
「夫から話は伺っております。私はすぐそこの待合室におりますので何かありましたら」
「お手数おかけします」
「では」母親は高そうなバッグを両手で持ちながら病室を出て行く。すれ違いざまに俺は再び、会釈する。
俺は部屋の奥に進む。先ほどまで母親の座っていた丸椅子を引き寄せながら「どうも」と挨拶。
「斎藤
「は、はい」
部屋の前にネームプレートがあったことは幸いだった。続けて、「はじめまして……」相手は緊張した面持ちで挨拶し返す。包帯を頭に何重にも巻き、頰のところにガーゼをいているのがなんとも痛々しい。
俺が事前に何をしている人物かは伝えてもらうよう、依頼主の夫婦には話してもらってるはずだ。
「俺について、もう話は聞いてるよな?」
コクリと頷く広樹君。
「飛び降りたのは自分からか?」
深刻な顔をして俯き、「はい、自分からです」と答えた。
「理由は?」
「えっ?」
「あんな高え場所から、しかも普段は立ち入り禁止の場所から飛び降りるなんて普通じゃねえだろ」
「……死のうと思ったんです」俯く。
「じゃあ、木のあるところを選んだ理由は? 本当に死にたいんなら他にも確実に死ねるようなとこがいくらでもあったろ」
黙ったまま、さらに俯く。かすかに見える眉を読む。これではっきりした。彼は何かを隠している。
「俺はお前の味方だ。だから教えろ——本当の理由は、何だ?」
「……逃げる、ためです」
逃げる? 予想外な答えに思わず眉が寄る。
「誰から?」
「1ついいですか?」顔を上げて、俺の顔を見てくる。
「なんだ?」
「僕が目覚めたことを誰にも言わないで欲しいんです」
「クラスメイトにってことか?」
「いえ、先生たちにもです。両親以外には知られたくないんです」
「お願いします」頭を下げる。そもそも、信用できる人物にはまだ出会ってなかったし、広く言う気も無かったけど。てか、かなり深刻なのが裏には隠れてんな、こりゃ。
「分かった。約束する」
目を見て安心してくれの思いを込めて、返事をする。思いが伝わったのか、小さく頷く。
「んじゃ改めて訊く。君は誰から逃げてたんだ?」
顔が少し重い表情になり、唇を内側に巻いて湿らし、「……同じクラスのミツヤコウイチです」と口を開いた。すぐにまた唇を巻く。密告することによほど緊張しているようだった。
ミツヤコウイチという人間には話を聞いていなかった。ま、自分の立場を危うくするようなトコに敢えて出向いてわざわざ嘘つくなんてことはしねえだろうから、当然といっちゃ当然だがな。
「なんでソイツから逃げてた?」
「見ちゃったんです、僕」
ハァァー
俺は膝に腕を立て、「もったいぶらずに結論から話してもらえるか?」ドラマとかで事情聴取を受けてる奴みたいな喋り方に少し苛立つ。「あっ、す、すいません……」相手の目が逸れる。
いかんいかん。怖がらせてどうする、俺。左右に振ることで顔を崩す。
「で、何を見たんだ?」
「その、ミツヤが学校で覚せい剤を売っているところです」
あぁ?
「覚せい剤?」
「はい。複数人で売買してるのをしばらく見てたら、そのうちの1人に気づかれてしまい、追いかけられました。急いで逃げようとしたら、いつの間にか下にも教室棟のほうにも逃げられないように塞がれていました。多分他にも購入者がいたんじゃないかなって思うんですが、とにかく、もう屋上しか逃げれる場所がなくて……当然すぐに囲まれました。逃げ道はありませんでした」
手を大きく左右に震わせながら、話を続ける。
「覚せい剤を売ったり買ったりしてるような連中に捕まったら何されるか分からない。もう怖くて怖くて。そしたら、近くに生えてる高い木が見えました。その時ふと思ったんです。あの上に飛び乗れば逃げられるんじゃないか、って。捕まるくらいならと僕は柵を越えて飛びました。でも、慌ててたがために少し勢いが足りなくて。助かったもののこんな状態に……」
飛び降りて運良くではなく、飛び乗ろうとして運悪くだったわけか。
ふと1つ思い立つ。
「教師に言うなってのは買ってるかもしれないっていう疑惑からか?」
コクリと頷く。
「『こっちには味方がいる。教師っていう大きな味方がな』と言ってたのを耳にしました」
なんちゅう高校だ。まあ、とにかく諸々の謎は解けた。そして、深刻度合いは相当なものだってのは重々に分かった。
「このことを両親には?」と尋ねると、首を横に振りながら「まだ言ってません」と答えた。むしろ好都合だ。
「とりあえず両親には言わないでもらえるか?」
生徒やら教師には伝えるなって言ってたから薄々思ってはいたが、やはりそうか。「逃げるために飛び降りた」と聞けば、当然親は学校へ抗議する。結果、犯人の耳に入るかもしれん。そしたら、命を狙われる可能性だってある。クスリがらみにはいつだって危険がはらんでいる。たとえ警察に相談しても同じだ。証拠がない限り、ちゃんとは動いてくれないし、危険性は残ったまま同じく犯人の耳に入る可能性が高い。今は危険を避けるためにもここだけの話にとどめておいたほうがいい。
「もし聞かれたら?」
「上手くはぐらかしておいてくれ」
「嘘をつくのは忍びないかもしれないがよろしく頼む」というと、「……分かりました」と固く頷いた。
「最後にもう一度訊ねる」俺は顔を近づけ、「売ってたのは、覚せい剤で間違いないんだな?」と確認する。「はい」力強く頷き、「渡す時、ミツヤは『ジャンピングだ』とハッキリとそう言ってました」と確信を持った表情で返答してきた。
俺も信じることにした。売っていたのが覚せい剤だということを。そしてそれが、最近流行ってるジャンピングだってことを。
「あとは俺に任せとけ。詳しく調べとく」
「えっ?」と……その……えーっと……目の前の彼は驚いた顔を浮かべた。
「で、でも、ご迷惑じゃ……」
「まあ、受けた依頼の延長みたいなもんだし、別に構わないさ」それになんか引っかかる。もっと複雑な何かが裏で蠢いているようなそんな気がするんだ。
「では……よろしくお願い、します」
「それじゃあまた必要な時に連絡できるよう、電話番号を聞いてもいいか?」
ケータイの電話帳に入れておこうと取り出すが、その動作を見て「あのーそれが」となんとも気まずそうな声を出す。
「実は、飛び降りた時に落としてしまったみたいで……」
今は持ってない、ってことか。
「じゃあなんかあったら両親のどっちかに電話するんでもいいか?」
「了解です。改めて、よろしくお願いします」
俺は、ミツヤについて情報を得るため、歩みを進めた。季節的なもので辺りはかなり暗くなってはいるが、時間的には夕方。トクダはまだいるだろう。
病院から出て切っていた電源をオンにすると、タイミングよくケータイが鳴る。相手はまさかの相手からだった。
「もしもし?」
出た一言目が『あっ!』だった。そしてその後、謎の沈黙。
「……もしもし?」
『ゴメンゴメン。いや~やっと出てくれたね!』
は?
「やっとってどういう意味だ?」
『さっき何回か電話してたんだけど、出てくれなかったから』
「病院にいたんでな、電源切ってたんだ」
『相変わらず真面目だね~』おどけた声を出してきたから、「茶化すために電話してきたんなら切るからな」と耳から離す。『ちょちょちょ待って!』叫んでいる声がよく聞こえる。再び耳につけて「なんだ?」と尋ねる。
『今……暇?』
恐る恐るな音量からは、無性に嫌な予感を感じ取っていた。
「忙しい」
『そう。じゃあ来て』
「話聞いてたか?」
『頼むよ~人手不足なんだよー』
ハァー……
「緊急事態か?」
『そーだね、緊急といっちゃ緊急になるかな』
すると、『そういう時はな、超緊急事態って言っときゃいいんだよ』と電話越しに聞こえた。心当たりしかない男の声だ。
「そこにいんの、探偵か?」
電話の向こうでガチャガチャと音が聞こえる。
『お電話変わりました。ご希望の探偵です』クレーマー係の電話対応のように、少し甲高い声を出してくる。
「希望なんか一度もしてねえ」
『その辺はどーでもいいからさ、とにかく来いって。作って売ってたのは自業自得だけどよ、仮にも襲われてんのは高校生なんだから』
“作って売ってた”“襲われてる”、そして“高校生”の言葉らに俺は引っかかりを感じた。
「どこの高校生だ?」
再び、ガチャガチャと音が。
『御察しの通り、金戸高校の生徒だよ~』
こりゃ、もしかするともしかするかもな。
「分かった。今から行く。場所教えろ、マッド」
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