第4話 便利屋⑴

「分からないんです」


 今、俺はトミーにいる。誰もいないトミーに。だから、正面に座っている女性の切なく疲れきった声でも、よく響いた。俺はいつものボックス席にいる。要は、目の前にいる女性は依頼主候補だ。


「ヒロキがなんであんなことをしたのか、全く分からないんです」


 さらに俯き、言葉を詰まらせながら話す女性。ショックがぶり返したのだろう、再び女性の肩が震え出した。さっきよりも震えは大きい。揺れる双肩を両手でそっと押さえる隣で座っている男性は、女性の夫だ。


 一部始終を聞き終えた俺の胸から、なんともやるせない重い気持ちが湧き上がってきた。だが、依頼を受けるものとしてあくまで第三者的に、冷静にならなければならない。俺は気持ちを腹の中に収めるため、アメリカンを口に含み、胃に流し込む。湯気はまだ出ているも、熱さは感じない。いつものごとく、だ。


 口につけたまま、俺は上目遣いでちらりと2人を見る。今回の依頼主候補は夫婦だ。いや、北区にある金戸高校の生徒である、斎藤ヒロキの両親といった方が正しいか。




 金戸高校では校舎裏でタバコを吸ったり、校舎にスプレーでラクガキされてたり、生徒同士の喧嘩が毎日のように起きていたりと、ドラマやマンガのあるようなことが十数年前まで起きていた。だがそんな時でさえも、、なんてのは一度も聞いたことなかった。

 今ではだいぶ良くなったとか聞くが、実のところ詳しいことは知らん。


 そういえばこの島にある高校、名前は確か……明羅だったっけか? そんな名前の高校をわざわざ作った理由は、優秀な人材を集め、学力が高いというイメージを新たに植え付け、金戸高校の悪しき噂を払拭するためだとか。噂でしかないが、金でモノを言わせる的なことを平気でやる金戸財閥ならやり兼ねないことだな。




 俺はそのままもう一口飲む。


 「ヒロキは今、集中治療室で治療を受けています」今度は父親。


「5日経った今も意識不明のままで、予断を許しません」


 5日——先週の木曜ってことか。


「担当の先生からもいつどうなるか分からないと言われていて……」


 父親は歯を食いしばる。俺が思っている以上に辛いのだろう。なにせ、飛び降りた理由が理由なのだから。


「私たちは飛び降りの原因がであると考え、翌日学校に足を運び、『飛び降りの原因を調べてくれ』と頼みました。あくまで、原因を調べてくれとだけ。でも、学校側はイジメなどの事件性はないと突っぱねてきたんです。そんな急に理由なんて分かるはずないのに……」


 父親は母親の肩においていた手を少し握る。


「それから私たちは何度も学校に頼みました。ですが、返ってくる応えは同じ。その上、責任逃れをするような変な言い訳ばかりを重ねてきて……」


 「でも」父親は手を肩から離し、テーブルに置く。


「イジメじゃないのなら、なんで学校の屋上から飛び降りたんだ? しかも、屋上は普段立ち入り禁止だというじゃないですか」


 手に爪が食い込んでいく。


「わざわざあそこを選んだのには理由があるんだ、絶対に……私たちはただ調べて欲しい、としか頼んでないのに……それさえ……それさえっ!」


 ドンッ!


 テーブルを叩く父親。同時にコーヒーが揺れ、カップが音を立たせる。どの音なのか、もしかすると全ての音かもしれない。ただ、鳴った音にびくりと反応する母親。叩いた時の鈍い音、叩いた後の手の震えから、分かりきることはできないかもしれないが、どれだけ悔しいか痛いほど伝わってくる。

 視線を感じ、俺はカウンターの方を見る。マスターが腕を止めてこちらを見ている。心配そうな顔で見ている。


 ハッとしてすぐに手を引っ込め、「すいません……」と俺とマスターに頭を下げて謝る。マスターはお察ししますとでもいうかのような表情で軽く会釈。


「いえ……家には遺書や書き置きのようなものは見つかったのですか?」


「いや、家にはなかったです。学校側も発見していないとのことで」


 遺書はなし、か。


「では、息子さんに予兆みたいなのはありましたか?」


「予兆……ですか?」


「ええ。例えば、学校に行きたがらなかったとか」


 「あの日も」息は絶えなくなり、心なしか先程よりも表情の落ち着いた母親が口を開く。


「いつもと同じように登校していきました」 


 前触れもなかった。


「じゃあ今はただ、学校で飛び降りたという事実のみというわけですね」


 「そ、そうですけどっ!」父親は身を乗り出して反論しようとする。


「その事実の原因がイジメであり学校側もそれを認めてない、ですよね?」


 父親の思いは分かってる。もちろん、隣にいる母親のも。だからこそ、俺は途中で遮り、気持ちを代弁した。


 「……はい」再び俯く父親。ダメか……そういうオーラを放っている。


 だから、その空気や雰囲気を全て払拭するために、俺は「できる限りのことはしてみます」と言葉で、目ではっきりと伝えた。

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