第3話 マッド⑴

 コンコン——ノックへの反応はない。

 まだ寝てる? いや、流石に15時だし、起きてるか。いやでも、寝てたことは今までに何度かあったっけ。


 とりあえず叩き方を強いのに変えてみる。ドンドン——扉を叩いても、中からは何一つ聞こえない。ドアノブに手をかけ、右に回す。開かない。戻してまた右に。開かない。それを繰り返していると、ガチャガチャガチャ、と音が鳴る。玄関が閉まってるってことは、外出中なのかな? 困ったなぁー、流石にこれ外にただぽんと置いてくのはちょっと抵抗がある。

 仕方ない、いつものごとく——


「あのぉー」


 ん?——声のした方を見ると、そこにはスーツ姿の男性が何段か下で淡いネズミ色のスーツを身につけた男性が立っていた。で、「どなたですか?」と身元を訊かれた。まるで刑事みたいだ。


「ここの住人の知り合いです」


「先輩の?」


 先輩?——あっ!


「もしかして……君が田荘君?」


 「は、はい……」突然呼ばれた名前に戸惑いを隠せない田荘君。成る程ね。だから身元を聞いてきたんだ。


「やっぱり! いやぁーハジメ君から聞いたまんまだぁー」


 時々眉をひそめながらキョトンとしてる田荘君。あっ、そっか!


「まだ名乗ってなかったね。どうも初めまして、マッドです」


 「えっ、あなたが!?」目を見開く田荘君。あなたが、ってことは話に聞いてはいたんだ。


「何? 意外??」


「え、えぇ……まあ……」


「みんなそう言うんだよね〜ぼくはそんなことないと思うんだけどさ……ま、立ち話もなんだし、続きは中で」


「は、はい……」


 まだ疑心が抜け切れてない田荘君をとりあえず置いておいて、ぼくはポケットから例のものを取り出しながら、しゃがむ。で、それらを鍵穴に差し込む。


「……何やってるんです?」


「玄関をオープンさせようとしてるの」


 カチャカチャ。2本の針金が当たる金属音だ。


「……それ、ピッキングですよね?」


 ちらりと顔を向けると、田荘君は目をパチクリパチクリさせていた。随分と目にバリエーションがある人だなーって思いながら、ぼくは作業を再開させる。


「ぼくは鍵、って呼んでる」


 田所君は少し慌てて「は、犯罪ですけど……」と述べた。


「大丈夫だって。本人には許可とってあるし」


 「きょ、許可?」そんな馬鹿なみたいな言い方。


「うん。いない時は勝手に開けて入っていいっていうのを本人の意思でちゃんといただいてる」


 カチャカチャ。


「だ、だとしても、住居侵入罪は親告罪じゃないので——」


「警察に見つからなきゃ問題ないよ」


 「いや俺がその警察なんですけど……」って言ってきたから、「君は特殊な警官でしょ?」と返した。


「手伝ってもらうために、ハジメ君に捜査中の事件概要を教えたりしてるってのもなかなかにマズいことじゃない?」


 「た、確かにそうかもしれないですけど……」と田荘君が言い淀んでる間に、ガチャ、と手応えを感じた。針金を抜き、ドアノブを回してみる。うん、オッケ〜!

 

 ぼくは扉を開け、「どうぞ〜」と手を部屋の中へ向ける。彼の顔は痙攣しているかのように引きつっていた。

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