EP1.5

まだ残ってっかな……

 夜。はっきりと夜。

 街灯が少ない道を、右目にバツ印の傷がある赤髪の男は北区を歩いていた——左手にコンビニで買ったアイス、右手にプラスチックのスプーンを持ちながら。


 再びスプーンでひとつすくい、口へと運ぶ。

 彼はまたもや嬉しそうな笑みをこぼした。




 ちなみに今持っているのは、ただのアイスではない。プリンアイスだ。もっと言えば、プリン味のアイスではない。アイスの上にプリンが乗っているのだ。動くたびにアイスの上でプリンがプルプル震えるという安定性が皆無なのは心配なところではあるが、赤髪にとっては些細なことで全くもって気にならなかった。

 なぜなら、特にずば抜けて好きなスイーツがアイスとプリンで、その2つが、読んで字の如く夢にまで見たスイーツだったからだ。


 ここまで聞いて、「パフェとかでいいのでは?」みたいな無粋なことを言わないで欲しい。別にパフェが嫌いとかでは無い。むしろアップルジュースと一緒に食べるのが赤髪の彼流の食べ方で、その2つが店に無いと店を出るほどであるほどに誰にも分かってもらえない礼儀的作法が己にあるくらいである。


 だが、彼の願いはそうじゃない。アイスとプリン、も、食べたいのではない。だけ、食べたいのだ。「も」に含まれるであろう他のもの。例えばフレークやチョコレート、フルーツなどは、このプリンアイスという名称を名乗る際には余分過ぎる、と赤髪は思っていた。


 「なら両方買って一緒に食べればいいじゃん?」みたいなことも言わないで欲しい。商品名にその2つの名が同時に連なって売られている商品——それがいいのだ。それが夢だったのだ。


 まあここまで色々と述べてきたが、どちらの一言をこの男に対して述べても口にしたら終わりだ。次に目を覚ますのは、病院のベットの上で無機質な白い天井を見ていることだろう。おまけとして、十中八九体の節々を包帯で巻かれている、というなんとも不便極まりない姿となっているだろう。


 話を戻す。


 このプリンアイス、実は発売されてから既に2週間が経過している。「えっ? そんなに好きなのに、すぐ食べなかったの?」と疑問に思うかもしれない。


 違う。「食べなかった」のではない。「食べれなかった」のだ。ニュースでも取り沙汰されているように、全国津々浦々どこもかしこも売り切れだったのだ。赤髪は幾つもの店舗を探し回り、ここ金戸島ことグラニスラでようやく発見し、やっと食べることができたのだ。


 そもそも彼はグラニスラに戻ってくる予定はなかった。理由や未練は色々とあるが、とにかく戻ってくる気はなかった。だが、彼は考えた。「あの島のことだから、もしかしたら……」と。

 まあ実際に来たら来たで、あそこに行くかとか、あいつらに会うかとか色んな考えを巡らせてはいるのだが。


 で、探した。色んな区に赴き、色んなコンビニに訪れた。でも、見つからなかった。「やはりここにもないのか……」彼は覚悟した。諦めかけていたその時、最後にしようと寄ったコンビニで奇跡が起きた。


 プリンアイスがある——しかも、3個も。


 彼はすぐさま頼んだ。だが、1個。理由は単純明快。自分と同じ境遇の人がここに来ても買えるように、だ。赤髪なりの優しさ表現だった。




 よしっ、今度はスプーンではなく、直接いってみようじゃないか——考えただけで顔がにやけてしまうようなアイデアに心をウキウキさせながら、赤髪は顔を近づけた。


 ドンッ! 何かが腕に当たった。

 ベチャ! 地面から聞こえた。


 視線を落とす。プリンアイスが四方に散っている。街灯が少なく暗いが、それは視認できた。


 赤髪は硬直する。すぐには何が起きたのか理解できなかった。

 なぜ地面に散ったのか? アイスが手元を離れたから。

 では、なぜ手元を離れたのか? 腕に何かが当たったから。だとしたら、当たった何かは何か?


 そこでようやく体が動けるようになり、赤髪は振り返る。見るとそこには、男が地面に倒れていた。「イッテェ……」肩を押さえていることから腕に当たったのはこいつである、と赤髪はすぐに理解する。


 ぶつかってきた男はサングラスにマスク、なんの文字も書かれていない安価な黒のキャップで黒ジャージという、街灯がなければ当然見ることのできないような、夜道では車などが見えないのではと不安になるほどに危険な格好をしていた。見方を変えれば、見るからに怪しげな格好である。

 怪しげな男は立ち上がり、背の方向を見る。2つの懐中電灯が振られ、見える円形のライトがチラチラと見え隠れしながらこちらに向かってきていた。それを見ると、目を見開いてすぐさま急いでその場を去ろうとする。


 だが、それは叶わなかった。


 「おい」と赤髪が怪しげな男の襟を掴んだからだ。

 「えっ?」何が起こったか分からず、ただキョトンとした表情で振り返る怪しげな男。


「オレのプリンアイス——」


 赤髪は掴んだ左の手と腕に力を込めながら、足に体重をかける。


「返せぇコノヤロー!!」


 赤髪は背中側に振り返りながら、思いっきり投げた。まるで背負い投げでもするかのようなフォームなのだが、すぐ手前ではなくずっと遠くに、地面スレスレに投げるのではなく空中で弧を描くように、投げ飛ばした。文字通りまさに宙を舞った男は、その向こうからやってくるその2人組近くへ落っこちた。2人組は落ちてきた男に驚きながらも、ライトを照らしながら、何かゴソゴソやっていた。


 正直、それだけでは赤髪の怒りは収まらなかった。ただ、怒ってる時間はない。対象となる人間は投げてしまった。ここから向こうまで行ってボコボコにするよりも、地面で戦死している愛すべきプリンアイスを何としても完食すべきだと思った。

 だが、地面のはもう食べれない。赤髪は新しいのを買おうと決心し、何故ゴソゴソやっているかのことは気に留めず、踵を返し、こう呟いた。


「まだ残ってっかな……」

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