第33話 早乙女愛⑶

「私と付き合ってくださいっ!」


 私は翔を誰もいない誰も入れない屋上に呼び、思い切って告白した。


 翁坂さんに教えてもらったことを私なりに考えた。考えて考えて考え抜いた結果、しなきゃ後悔する——私はそういう答えを出した。


 で、告白した。


 翔は、次第に顔を曇らせていきながら、俯いていく。


「ごめん千華……俺には好きな人がいるんだ」


「そう、なんだ……」


 パァーン——玉砕。書いて読んで字のごとく、綺麗な玉が砕け散った音が体の中に響く。


 ハァー……これから気まずい高校生活が待ってるんだ……自分で悩んで悩んだ結果——ひどく後悔した。


「ち、ちなみになんだけどさ——」


 えっ、どうして? そんな……知りたくなんてこれっぽちもないんだよ??


「翔は……その——」


 やめて……やめてっ!——心で頭で叫んでいるのに、まるで何かに乗っ取られたように口が言うことを聞いてくれない。


 「誰が好きなの?」何で私は余計なことを……


 すると、翔は顔を上げて、暗かった顔をパァッと輝かせた。


 そして一言——「だ」


「……今なんて?」


「海陸だ——俺は海陸のことが好きなんだ……」


 えっ!


「奇遇だな」


 か、海陸!? いつの間にここに?


「俺もお前のことが好きだ!」


 えぇっ!?


「ということだ。の告白は丁重にお断りさせてもらうよ」


 普段呼ばない私の下の名前を呼んだ翔はなんと、海陸に抱きつく。そして、顔を近づけていく。正確には、口元を。


 な、なっ、なぁ、なぁっーー




「なんじゃそりゃーっ!」


 私は叫ぶ——から起き上がりながら。


「敵襲ぅぅー!!」


 その声をきっかけに部屋の灯りが付き、部屋を囲んでいる3つの襖が同時に開く。

 そして、なだれるように男の人が部屋へ入ってくる。中には「えっ? そこから出てくるってことは部屋に隠れてたとしか考えられないよね?」って感じの者も。


「「「……「「「大丈夫ですかぁっ!?」」」……」」」

 何人いるかとか声の高低や幅とか違うけど、部屋中に男の声が一斉にこだました。


 「う、うん……」私はベッドサイドに置いてるテーブルからメガネを手に取り、耳にかけた。


「変な夢見ただけだから大丈夫。全然問題ないよ。ゴメンね、起こして」


「俺らはいつでも待機してるんで、謝ることなんてないっス!」

 かなめ君がなぜか目を輝かせながら、ハキハキと応える。こんな時間でも、青いスカジャン着てるんだね。


 「そ、そう? アハハハ……」衝撃の事実を知った私はとりあえず笑うことしかできなかった。


「念のため、朝までここで見張ります」


 高身長でスキンヘッド姿の小木おぎさんが淡々と話す。夜なのにサングラスかけてるからか、妙に恐怖感を煽る、って……はい?


「……どこで?」


「この部屋です」


 真面目な顔をで返された。てことは、ふざけてないんだね……はぁ……


「だから、安心して寝てくだせぇ!」


 小木さんが腿に手を置き身構えながら叫ぶと、その後ろにいる人たちも一斉に同じ格好をする。おそらく——っていうか全員なんだろうな……


「安心——っていうか、それじゃあ寝れないんじゃ……」


「大丈夫っス! 2、3日寝なくても人間は死にやしませんっ!」


 いや、あのー要君? 申し訳ないんだけども、私がなんだよね。私が遠慮してると思ってるから、みんな引く気がないし、どうしよ……


 「何やってんだ?」遥か後方から静かに声が聞こえてくる。

 こ、この声はっ——「「「……「「「か、頭っ!?」」」……」」」

 さっきと同じく皆の声がこだまする。直後、モーセの海割りのように皆が道を開けた。


 やっぱり日岡ひおかさんだ……

 普段着の限りなく黒に近い紺色のスーツを身につけてる。相変わらずの細さが服の上からでも——ていうか、こんな夜中なのにスーツ? もしかして寝る時も……な訳ないか。みんなと時間差があったんだから着替えてきたんだろう。

 日岡さんは黒縁のシャープなフォルムのメガネをクイッと上げる。


「大丈夫だと仰ってるのに、何テメーらはダダこねてんだ?」


 姿に違わず、私なんか足元にも及ばないくらい頭脳明晰。だけど……


「分かってんのか? この1分1秒、貴重なお休みの時間を妨げてるんだぞ??」


 やっぱり……

 日岡さんはいつものように、少し——いや、かなりオーバーに話している。とてもいい人なんだけど、ここだけね……


「それとも、迷惑をかけてやろうとかそういうことか?」


「「「……「「「そ、そんなことは決してっ!」」」……」」」


 みんな一斉に首を横に振る。一斉にしかも勢いよくだからだろう、普通は聞こえるはずのないブンブンと振る音が聞こえる。


「このせいで明日授業中につい寝てしまい、先公に叩かれでもしたら、テメーらどう責任取るつもりだ? ケジメをつけるだけじゃ足りねぇぞ?」


 ケジメ? ケジメって確か……いやいやいや!


「つけなくていいから! 寝させてくれればそれでいいからっ!」


 重大化しつつあった事柄を鎮めるため、私は両腕を使って慌てて止める。


「聞いたか? テメーらがここから出て行くのならしなくていいと言って下さったんだ。それでもまだゴチャゴチャ言うつもりか? あぁっ!?」


 外見上は間違ってないけど、意味合い的には大いなる誤りがある状態で、皆に誤変換されて伝わってしまった。


「謝れ」


 日岡さんの一言で皆が一斉に私の方を見て、「「「……「「「すいませんでしたっ!」」」……」」」と、大声かつ深々と頭を下げる。


「だ、大丈夫だよ。だから——みんなちゃんと寝てね」


 今までの習慣をやんわり訂正することも兼ねて、私は笑みを浮かべながら伝える。ちょっとぎこちないなっていうのは分かってるけどしないよりは——


「「「……「「「うぐっ……うぐっっ!」」」……」」」


 って、なんでみんな泣くのっ!?


「出てけ」


 涙を拭きながら、皆ゾロゾロと出て行く。

 そうして、部屋には日岡さんだけが残った。


「日岡さん、ありがと。私だけだったらもうどうにも——」


 「申し訳ありませんでした」突然ほぼ直角に頭を下げる日岡さん。


「な、なんで謝るの?」


「私が至らないばかりに、こんなご迷惑をおかけして……」


 根が真面目すぎるがゆえの行動だ。


 「か、顔上げて」私がそう声をかけると、ゆっくりと上げる日岡さん。目が子犬のよう。


「日岡さんのせいじゃないし、むしろおかげで助かってる。だから、気にしないで」


 再び頭を下げ、「ありがとうございます。これからも精進いたします」と一言。


 そこまで重く受け取らなくていいんだけど……


 日岡さんは立ち上がり、開いていた2つの襖を閉めてから入ってきたとこに向かう。そこで、正座をし「失礼します」と一礼後、閉め始める。


 ふぅー……これでようやく寝れる——そう思ったら、また襖が開く。というか、閉まっていたのがまた開いた。


「以前お話しした松中組についてですが、無事解決しました」


 「あっそうなの?」私が早く帰らなきゃいけなかった要因の1つだ。


「はい」


 私は色んな意味で表情が明るくなった。


「分かりました。報告ありがとうございます」


 会釈すると、日岡さんは部屋を出ようと、襖の方へ。が、直前で振り返り「部屋の明かりはどういたしましょう」と尋ねてきた。「消してもらっていい?」と答えると、「承知しました」とそばのスイッチを押した。部屋が暗くなる。


「では」そんな中でもはっきりと分かるぐらい、日岡さんは部屋を出たすぐのところで膝をつき、綺麗な形で頭を下げた。


「うん。おやすみ」


 ゆっくりと襖が閉められた。ピタリと部屋が静寂に包まれる。さっきの騒ぎが嘘だったよう。明かりのせいか、人がいないせいか、暗さがより顕著な気がした。

 ハァァー……私は大きなため息をつく。それもはっきり聞こえる。ベッドサイドテーブルに体を傾けた。メガネを外した瞬間、目に入った。私はメガネをかけ直し、写真立てを手に取る。中には、赤ちゃんの頃の私とお父さんの写真が入ってる。大事そうに私を抱えているお父さんの顔は満面の笑み。私が言うのもなんだけど、幸せそう。


 私は写真を指でなぞる。


「パパ……なんでなの?」


 私は天井を見上げる。


「なんで私を、にしたの?」

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