第11話 警官⑴
だいぶ日が落ちてきた。
「暇だなぁー」
俺は頭の後ろで手を交差し、体を背もたれに倒す。
「仕事してないからですよ」
「だから、『事務関係は任せた。その代わりに俺がお茶汲みするから』って、一昨日来た時に話したよな?」
俺は大きな欠伸をし、足を机に乗せる。
いつも隣に座っているのは、今事務作業をしている小柳じゃない。小柳は、メガネをかけたいつも生真面目な“ガリ勉君”こと——名前何だっけ? まあいいや、ガリ勉君の代理なのだ。理由は、「インフルエンザにかかったから」だそう。代わりとして来た一昨日、そう言われた。
ガリ勉君、マスクしてなかったから、俺も感染してるかも……インフルになれば仕事は休めるけど、予防接種とか受けてないから抗体ないし、結局そのほぼ全ての日を治すために使うことになる。なら、元気にここでサボっていたほうがマシだよなぁ——などと頭の中で呟き、サボっている。
「ちょっ、机に足乗っけるのやめたほうが……」
「なんで?」
「島民に見られたら、マズいからです」
島民……そうだよな、今俺がいるのは島なんだよなー。特に西区のここは、見た目が完全に田園風景。だから余計にその感じを無くさせ、島であることを忘れさせられる。いい意味でも悪い意味でも。
「大丈夫だって。見る奴なんていないいない」俺は手を頭の上で振る。
「でも、もしかしたら——あっ、落とし物ですかー?」
えっ、嘘!? 俺は慌てて机から足をどかす。
「あふっ!」勢い余って、椅子ごと後ろに倒れる。交番内にガチャンという金属音と、足がクルクル回る音が響き渡る。
……違う! ボーッとなんかしてられないっ!!
「いらっしゃいませ〜」俺は体を起こしながら応対する。
「交番へようこ——あれ?」
誰もいない……
「てなことが起きるかもしれないんですよ——って言おうとしただけなんです。ゴメンなさい」
「ふざけんなお前……ったくよぉ!」
俺はまず、体についたホコリやちりを払う。上からズボンまで。次に椅子を起こし、今度は座るとこを払う。最後に座り、元の体勢に。手は頭の後ろ、足は机に。
「文句は言わせないからな?」
諦めたかのようなため息を吐き、小柳は自分の席に戻る。
「そういや、昨日の報告書は?」
「昨日?」小柳は書く手を止めずに訊き返してくる。
「ほら、シーザー……なんとかってやつの、学生が襲われた——」
「シーザー?——ああ……大丈夫です。ちゃんと処理しておきました」
おっ、仕事が早いね〜いいことだ。
「正直半信半疑だったんだよなー」
「シザードールのことですか?」
「あぁ」そうだ、シザードール。思い出した。
「ガキが作った単なる噂話だとばかり思っていたが、まさか本当にいたとは……そういやーこの辺で出始めたの、お前が来た日だよな?」
「えっ……そうなんですか」
「あっ! もしかしてお前が追いかけてたりして〜」
「ちょっ、そういうこと言うのやめてくださいよ」小柳は不機嫌そうに眉をひそめ、全力で否定してくる。
「そんなマジになるなって。冗談だよ冗談」
噂といえば——「昨日出た辺りってさ、建設中止になったマンションの辺りだろ?」
書く手を止めて、「えっ?」とこちらを見て返答する小柳。
あれ? 違ったか?
「……あぁーはい、そうです」
「あそこさーこの時期になると変な輩が棲みつくんだわ」
「というと?」
「ホームレス。確かにね、この時期寒くなってくるからしのぐためにっていうのは分からないでもない。でも、それは法律違反だ。俺らは法律を遵守しなきゃいけない立場だ。慈悲深い俺もそこは鬼になって、毎年取り締まりをしてる。いくら完成間近とはいえ、危険は危険だし。だが、何度やっても懲りない奴がいてな……」
思い立ったら吉日、ということで俺は立ち上がり、「行ってくるっ」と小柳に一言。
「どこにです?」
「だから、あの未完成マンション!」
そばに停めてある自転車へ向かう。
「そう言って、またサボる気じゃないんですか?」小柳はわざわざそばにやってきて注意する。
お前は母ちゃんか!?——今度帰ろう……
「失礼なこと言うな。地域の安全のためのパトロールだよ。それに、パトロールして地域の安全を守ることこそお巡りさんの果たすべき仕事だって俺は思ってる」
「でも——」
しつこい小柳の制止を無視し、自転車にまたがる。「じゃ、あとはよろしく〜」俺は悠々と自転車を走らせた。
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