第20話 小田切⑷
夕方、俺はラウンドの前にいた。理由はある人を待つため。
「おう」俺を見つけて、片手を上げながらやってきた。
「昨日はご馳走様でした、増田さん」
目の前まで来てから俺は頭を下げる。
「何度も言わなくていいんだよっ。で、どうした?」
「実は……分かったんです、俺がクビになった理由」
俺がそう言うと目を丸くし、「ほ、本当か?」と訊いてきた。
「はい」
「一体何が原因……」俺は言葉を遮る。
「ここではアレなんで、場所移動しても?」
後ろを振り返って一瞥し、「あぁ……そうだな」と言ってきた。
「どうぞ」俺は扉を開ける。少し遠かったが、ここなら大丈夫。人目につかない絶好の場所だ。「お邪魔します」玄関で靴を脱ぎ、室内へ。
玄関から部屋へは狭い廊下がある。途中にはキッチンと冷蔵庫があり、その反対にトイレや風呂がある。その奥にはスライド式の扉が。そこを開けると、広がるは居間。真ん中には小さな四角の黒テーブルがある。
「今飲み物持ってくるんで、どっか適当に座っててください」俺がそう促すと、「おう」と奥側に座った。
「あれ?」ネクタイを緩めながら辺りをキョロキョロしていた。
「どうかしました?」
「いや、家具が少ないなーって」
「あぁ……家財道具は必要最低限のもの以外売ったんですよ」
「テレビも売るくらいって……結構生活苦しいのか?」
「ええ、まあ」
ふぅー……あっ。キッチンに行こうとしてる足を止め、振り返る。
「コーヒーとお茶、どっちがいいですか?」
「じゃあコーヒーで」
「了解です」俺は今度こそキッチンへ。
「すいません。コーヒーがなかったので」
俺は冷蔵庫にあったお茶をコップに注いだのを2つ、テーブルに置く。で、正面に座る。
「早速だが、何が分かったのか教えてくれ」肘をテーブルにつき、顔の辺りで手を組んだ。俺はそれに答える形で頷き、ポケットから写真を取り出してテーブルに置き、「これ見てください」スライドさせる。
「これって……うちの社長だよな?」
「はい。ですが、もう1つの顔を持っていたんです」
「顔?」
「松中組若頭としての顔です」
眉を中央に寄せて「松中組って確か……ヤクザ、だったよな?」と言われ、俺は縦に頷く。
「てことは……うちは企業舎弟なのか?」と言い淀みながらの問いに俺は「そういうことになりますね」と答えた。
「そんな……」
ひどく驚いている。まあ、普通はそうだ。普通は。
「こんなに優しそうな人なのに……」写真を手にとってそう呟くので、俺は「人は見かけによりませんから」と返した。
「すいません。ちょっとトイレに……」
「あぁ」
俺は席を立ち、扉をスライドさせ、部屋を出た。玄関近くのトイレに向かう最中、外から着信音が聞こえる。しばらく鳴っていた、が鳴り止んだ。
ということは……
ガチャ——来た。
俺はあらかじめ体を少し避けておく。2人分の幅はギリギリあるが、念のため。扉を勢いよくスライドし、俺が座っていたところに座った。
「どうも」
「誰だお前?」
1人部屋でケータイを耳につけ、ボー然としながらそう訊ねている。
「なんだー名前知ってんのに、顔は知らねえのか?」
「……はぁ?」
「初めまして。ドラゴンです」
便利屋さんは前方の双眼をまっすぐ見ている。ていうか、本当にドラゴンだったんだな。直接聞いたことなかったから確認できた。
「お、お前が……」
よっぽど予想外だったんだろう。言葉を詰まらせている。
「ちなみに呼んでも、もう誰も来ねえよ。外で待機してたのは全員お寝んね中だ」
便利屋さんは体を少し捻りながら視線を少し落とす。で、双方のポケットに手を突っ込んだ。
「なんだと?」
「信じれねぇなら、証拠見せてやるよ」便利屋さんはポケットから何かを一緒に出し、その何かをテーブルに向かって投げ始めた。ケータイだ。
「ったく、気づかれねえように倒すのには苦労したよ」と言いながら、便利屋さんは次々にケータイをテーブルに投げていき、結果テーブルの上には7個ものケータイが乱雑かつ無秩序に並べられる。
「これで信じてくれたか?」
「てかよ、1回襲撃してんだから、家が違うってことぐらい分かんだろ?」
すると、目を見開き静かに扉の前に立っている俺の方を向き、「……ハナから俺を騙してたのか?」と睨みつけるように見てきた。
「騙してたのはそっちの方でしょ?」俺は反論した。
「んじゃまあ、邪魔するのもいなくなったことですし、全てを教えてもらいましょうかね? 溝口さん、だっけ?」
便利屋さんは声のトーンを脅しの声に変えて、詰め寄る。
ホント、人は見かけによらない。
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