第19話 御室⑵
とりあえず、シザードールの着ぐるみを全身脱がせた。普段着になったら、下手なことはしないだろうと考えたから。それに、この格好のまま連れてくのはちょっと……ってことで。シザードールも抵抗はしなかった。もう諦めてるんだろう。
「あっ、ごめん。まだだったね」と名刺を取り出してくる記者の人。
「記者の翁坂です」
「どうも、御室です」
ちょっと遅い自己紹介を交わし、俺は名刺を受け取る。見ると右上には、“アーバン・レジェンズ”と書かれていた。
「あっ、アーバンレジェンズの記者さんなんですか?」
「知ってる?」
「はい、毎月欠かさず読んでます」社交辞令とかではなく、嘘偽りなく結構好きな雑誌だ。
「ホント!?」満面の笑みを浮かべる。
「嬉しいな〜今後ともどうぞご贔屓に」
ペコっと頭を下げてくる翁坂さん。
「もちろん。シザードールの記事も楽しみにしてます」
「こりゃ良い記事書かないと」照れながら耳の下辺りを掻く翁坂さん。
そして、「改めてこれからよろしくね」と右手を出された。「こちらこそよろしくお願いします」俺は左手を出し、握手を交わす。
一通りの挨拶を終え、俺は気になっていることを訊いた——というより確認したのほうが近いか。
「連れてくのは、金戸中央警察署ですよね?」
ここをまず左に出て、大通りを駅方面とは反対方向に進んだところにある、ここから最も近い警察署だ。歩いて……7、8分といったとこ。
「俺も近いからそこを考えてたんだけど……これって、持ってるだけでも結構目立っちゃってるよね?」
シザードールを見る。確かに、かなり目立っている。
両手でうさぎの頭を、腕にかけるようにしてうさぎの胴部分を持っている男の姿に漂うは、圧倒的存在感となんとも切ない哀愁。俺だって周りに3人の男に囲まれながら、着ぐるみを持った人が歩いていたら2度、いや3度見は少なくてもする。
結果、警察ならどこも変わりないだろうということで、俺らが追いかけられ走ってきた道を引き返すような形で路地裏ラビリンスを使うことになった。つまり、西区にある交番だ。
ここをまっすぐ行くと元来た道へ行けるが、今回は交番なので右手方向に。
少し進むと、パチンコ店の裏に出た。開いた扉から男性が座っていた。随分とやせ細っていて、髪は白黒、「わーモテるだろうなー」って感じの顔立ちの男性。ただ、白衣というパチンコには似つかわしくない格好をしている。
あんま見られたくないけど、背に腹は変えられない。そそくさと通り抜けよ——あっ、バレた。こっち見てる。もちろん驚いてる。
そりゃそうだよな。着ぐるみ持ってるやつを男3人が取り囲んでたらそりゃあ普通……おっおっおっ! な、なんだ?——凄い勢いでこっちに向かってきた。
「ホントに少しちょっーとだけ、それ貸してくれません?」
「……それ?」
うさぎの着ぐるみを指さし「それ」と男性は一言。
……えっ、なんで?
成る程。着ぐるみの頭が無くなってイベントができない、と。
「その犯人ってまさか……」ふと頭をよぎったことを俺はそのまま尋ねる。3人で一斉に見ると、察したシザードールは「いや、俺じゃない!」と言わんばかりに必死に首を横に振る。
「自費で買ったんだっ!」
「いくら?」
「54300円っ!」
「「「高っ」」」またしても言葉は揃う俺と翔と翁坂さん。
「あのー……お取り込み中のところ申し訳ないんですけど——いいですかね?」
「どうします?」翔が翁坂さんに尋ねる。
「困ってるようだからね」
ということで、シザードールはパチンコ屋の周年記念イベントに出ることになった。
流石は、どうぶつキャッチ。子供達は一瞥しただけですぐに気付き、黄色い歓声をあげたり、「ピョン太だぁー!!」とキャラの名前を叫びながら駆け寄ってきた。中には、いきなり抱きつくような子までいた。あっという間に人だかりができる。
パチンコ屋の店員は、ホッと胸をなでおろした表情をしている。それにしても、あの白衣の人とは何の関わりが? 店員の人とは明らかに格好は違うよな……
そうして大盛況のまま、イベントは終わった。最後まで残っていたのは、男の子だった。しかも、1番最初に来た子。よっぽど好きなんだろう。最後親から無理やり離されていった。だが「嫌だ嫌だ」と抵抗。だが、諦めて途中で「ピョン太、バイバァーイっ!」と叫び始めた。
去りながら手を振り続ける男の子。100メートル先ぐらいにある角を曲がり、姿が見えなくなる。だけどシザードールはずっと手を振り続けていた。
「……グス……グスッ」
シザードールを見ると、頭が少しだけ揺れている。そして何より内側から声が聞こえる。
「もしかして泣いてんの?」俺がそう訊ねると、取れんばかりの勢いで頭を縦にカクカクさせる。ヘドバンかってぐらいに何度も。
「子供って、素晴らしいです」
そう思う心がある——つまりは、それほどまでに今まで追い詰められていたということだ。
だけど、もうちょいそれに早く気づければなぁー……
「ありがとうございました。助かりました」を連呼する店員らに別れを告げ、西区に着いた頃、辺りはもう夜になっていた。西区は少し田舎な風景をモチーフに作られているため、あえて街灯が少なくなっている。当然、中央区の大通りにあるようなネオンなどもない。だから、真っ暗。まあ、人工光のない分、星が綺麗に見えるから個人的には嫌いじゃない。
うっすらと見えた光を頼りに、交番に到着。中を見回すも、誰もいない。
「すいません」
扉がないため、中に体を入れるようにして俺は呼んでみた。電気ついてる状態だし、そもそも誰もいないなんていう不用心なことしないだろう。
「すいませーん」でも、返事はない。
「すいませぇ——」
「今行きまーすっ!」
奥の給湯室と書かれた扉から警官が出てきた。駆け足で向かってくる。
「お待たせしました——ご用件は?」
「あのー、シザードールを捕まえたんですけど……」
「……えっ?」警官は目を見開いたまま、固まって黙ってしまった。そんなに驚くことか?
「そ、そのーどこにいるんですか?」
「この人です」翔がシザードール指差す。
「……あぁ、えぇー、じゃあまず調書作っちゃいますね」
まだ驚いたままなのか、何かと慌てている。
「えぇっと……」
目で何かを探している。
「ちょっ、ちょっとお待ち下さい」
そう言って、また奥にはけようとした。その瞬間、警官が机の上に置かれていた背表紙が黒のノートみたいなのに手が当たり、その上に乗っかっていたものがバラバラと床に落ちた。
「あぁ! すいません!!」慌ててしゃがむ警官。
随分とそそっかしい人だな……
もう逃げたりはしないだろうけど念のため見張っている翔を除いた、俺は翁坂さんと一緒にそれらを拾う。床に散らばったペンやら書類の束やら手紙やら本やらを荒くまとめて、テーブルの上に置いた。
「では少々お待ち下さい」
今度こそ、奥にはけていく警官。またしても給湯室。
「なんかそそっかしい人ですね」翔も同じことを思っていたようだ。
「だね」翁坂さんも同じだった。
それから5分弱して、給湯室から出てきた。そして、またしても駆け足。
「えぇーっとですね……上に確認してみたところ、後はこちらで処理しておきます。もう帰っていただいて結構ですよ。ご協力感謝します」
おぉーこれが敬礼か……本物だぁー
俺らは来た道を引き返す。交番はもう遥か彼方だ。皆疲れていたのか、帰り道は言葉を交わすことはなかった。居心地が悪い空気感とかではなく、ただの沈黙だ。
「翁坂さん」それを破ったのは、翔だった。
「一昨日、早乙女愛とシザードールに出会ったのってこの辺でしたよね?」
「うん……この家を挟んだ向こうにあるよ」
「それで思い出したんですけど……」
「昨日襲ったのは今日捕まえたシザードールではない——そういうこと?」
「はい。でも本人はオリジナルだって言い切っていました」
「てことは、模倣犯が他にいるってことか……」
すると、着信音が。「ちょっと失礼」翁坂さんはケータイを取り出し、電話に出る。
「お疲れ様です——まあ、ぼちぼちといったところです——えっ?——いやでも……分かりました。すぐ向かいます」
「2人ともごめん」電話を切りながら、翁坂さんはなぜか謝ってきた。
「急用が入って、今から行かないといけなくなっちゃった。ここから2人とも帰れる?」
「はい」と翔が答え、「この辺は俺ら通学路なんで」と俺が続ける。
「じゃあ申し訳ないけど俺はここで」
「お疲れ」翁坂さんは片手を上げる。「お疲れ様でした」「「お疲れっす」翔と俺がそう返すと、またも走る翁坂さん。
「大丈夫かな……」
俺がそう呟くと、「なんで?」と問う翔。
「だって、さっき走ってきた時——」
「あぁ……」言い終える前に気づく翔。
さっきみたいに、死にそうな呼吸状態にならなきゃいいけど。てか、さっきはかろうじて生きてた感があったから、次は……これ以上はやめとこ。
「まだ探すか?」と俺が訊くと、「いや、もう今日は疲れたから帰る……」とさすがの翔もため息まじりに返してきた。探究心の塊である翔君も流石にギブか。てことで、俺と翔は帰路につくことにした。
Y字路に差し掛かる。
「じゃあ」翔は左手を上げる。
あぁ……そっちか。翔は俺とは別のもう一方の方へ向かっていく。
「おう。また明日〜」俺もポケットに入れてた右手を上げた。
で、別れた。それぞれの方へそれぞれが歩いていく。
「んっ!」数十メートル歩いた時、頭に強烈な痛みが。マ、マジか……
「……んっぅ!」
久々に……久々にきやがったっ。
「クッソ……あぁあぁ……チクショっ」
必死に耐える。歯を食いしばり、頭に力を込める。体がこわばり、手足の先まで力が入っていく。血管の動きが伝わってくる。
帰れ……帰れよ、さっさと……さっさと帰りやがれっ!——頭の中でそう叫んだ瞬間、全身から力が抜ける。
「はぁ……はぁ……」俺は膝に手を置き、まるで走った後かのような荒い呼吸をする。とりあえず大丈夫みたいだ。そして、鼻から息を吸い込み深呼吸。うん、落ち着いた。それにしても危なかった……もう少し別れるのが遅ければ翔に見られるとこ——いや、誰かに見られてもマズい、か。
だがまたいつ起きるか分からない。その姿が見られぬよう早く、一刻も早く家に帰ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます