第9話 御室-おむろ-⑴

「オウ、ザカ、サチタロー……」


 俺は学校帰りに翔から渡された名刺を読む。


「翁坂幸太郎こうたろう! オウザカはまだ分かるけど、何だよサチタローって?」


「いや、読めなくもないだろ。早乙女愛とかだってそう読むかもしれないぞ?」


 家の用事だとかで先に帰っちまったから、確かめようはないけど……


「絶対読まないね。俺たちより頭良いし」


「そうなの?」


「この前のテスト、学年1位」


 衝撃的内容に俺は目を見開く。


「俺たちっていうか、明羅高校1年の中でトップじゃん」


「そういえばー……全国模試で1番取ったことあるって言ってたっけ」


 眉も上がる。


「高校どころか、全高1の中でトップじゃん。てか、初耳だし」


「あんま、言いたがらないみたいだからな」


 でも、にはしっかりと伝えてるじゃねぇか、コンチクショー!


 てか、早乙女愛の恋心にいい加減気付けよ……流石に鈍感過ぎんだろ。

 早乙女愛は早乙女愛で、初対面の人でも恋心抱いてるんだなーって気づけるくらいバレバレだし。もしあれがクイズに出されたら、どんな奴でも正解しちまうぐらいに難易度ベリーイージー。勝負になりやしない。

 一昨日だって「いたらアレかなぁ〜」って思ったから、俺なりに『用ある』って気を遣ったのにさ、翔も早乙女愛もコクってねぇわ、2人仲良くシザードールから追いかけられちゃってるわ。何なんだよ全く……まあ、だからって俺が手助けするようなことはしないけどさ。


 理由は2つ。まず1つ目は、そんなことしても2人のためにならないから。人に頼るようじゃダメ。長続きなんてしやしない。恋愛は自分で開拓するものなんだから——って、俺今良いこと言った?

 んで、2つ目は、2人のやり取りがこれ以上なく面白いから。もうサイコー。


「でだ。お前も一緒に……って海陸聞いてるか?」


「あぁ……悪りぃ。考え事してた」


「ったく……どこまで覚えてる?」


「えぇっとね……」


 言いづらいけど、嘘ついて突かれたらマズいしな……腹くくるか。


「早乙女愛が成績言いたがらないって話の後」


「じゃ、丸々全部じゃんっ!」


「だから、悪かったって」


「もう面倒だからダイジェストで良いか?」


「むしろ大歓迎」


「……だからな? 翁坂さんに『一緒に調べませんか?』って訊いたら、『危険なことはしない』っていう条件付きでオッケーもらったの。そんで、今から会いに行くってわけ」


 ……何、だと?


「やっと戻ってきた……でだ。お前も一緒に行く——」


 「チョイ待ち」翔の言葉を手と共に遮る。


「相手はシザードールで……お前を襲ってきたんだよな?」


「そうだよ」


 ハァー……ため息もあるが、息を深く吸い込むためでもある。


「そうだよ、じゃねぇーよ! 危険だろうが!」


 こういう時だけ、翔がボケで、俺がツッコミ。見事に立場が逆転する。


「だから、『危険なことはしない』って条件付きで——」


「守っていれば、危険な目に遭わないとかそういう次元の話じゃないだろ!? 調べてる時に、またシザードールと出会ったりしたりしたら——」


「そんな何度もなんども会わないって」


「いや分からんぞ? 今は目撃情報が多発している夕方だ」


 俺は人差し指で天を差す。


「でも、昨日は会わなかったぞ?」


「昨日今日とかの問題じゃないんだって! いいか? 相手はハサミを持って——」


 あれ? 左隣にいたはずの翔がいない。俺はしっかりとそちらへ顔を向けた。

 いた。少し後ろに、一点を見つめ口を開けたまま、立ち尽くしている。


 ……え、なんで?


 こいつのこんな顔、初めて見た。だから怖くなった。だけどそれ以上に興味が湧いた。

 翔が見つめている一点は、真正面。俺らがこれから歩いて向かおうとしている方向だ。何を見たらそんな顔になるのか——その正体を見るべく、俺は顔を動かす。

 そこにいたのは、遊園地やそこらの展示会で見かけるような既視感たっぷりのうさぎの着ぐるみ。そして、噂に違わぬ、両手にハサミ。


 「「……」」目がパチクリパチクリ動く。勝手に何度も何度も。動くたびに気持ちと脳内整理がされていく。


 うん……今どんな状況かよーく分かったぞ〜

 てことで、よーいドン!——と誰かに言われたわけじゃないのに、俺も翔も一斉に走り出した。


 やばい!——とりあえず、走った。走りながら、後ろをチラッ。シザードールはハサミを持った両手を前後に揺らしながら、ものすごい勢いで向かってくる。

 やばいやばい!——俺らはさらにスピードを上げる。


 「そうだ! ひったくりの時みたいに、何か投げるもんは?」翔は足を止めずに訊いてくる。


「何も無い!」


 角を曲がる。チラッ。まだいる。


 「お前剣道強いんだろ? 戦えないのか?」今度は俺から訊く。


「竹刀代わりになるのが——あっ、お前いつも傘持って……」


 そうなんだよ。


「なんで持ってねぇんだよぉ!?」


「だって、今日は快晴ってお天気お姉さんが言ってたからぁ!」


 また角を曲がる。チラッ。まだいるっ。


「でも、いつも持ってるじゃんかよぉ!?」


「持たない気分だったのぉ!」


「今日に限って!?」


 またまた角を曲がる。チラッ。まだいるっ! いつまで追ってくるんだよっ!




 走っては曲がり走っては曲がりを繰り返していた。何度も何度も。だが、シザードールも何度も何度も繰り返していた。


 しつ……しつこい……


 いつの間にか中央区へ来ていて、いつの間にか例のラビリンスに来ていた。呼吸するのも忘れるほど必死に走っていた。だから、今どこにいるかもざっくりとしか把握できていなかった。


 一歩一歩前に足を出すたびに腕の振りが弱くなっていくのを感じていた。空気を取り込もうとして口を開けっ放しで走っているため、恐ろしく口が渇いている。乾き過ぎて喉が痛い。もうヘトヘトだ。気力だけで走ってる状態だ。


 もう……無理、かも……


 見えた曲がり角を無意識に曲がる。すると、何かとぶつかり、俺は地面に倒れ込む。その拍子に、ほぼ止まっていた呼吸機能が復活する。肺が必死になっている。空気を取り込もうと長く吸う。


 代わりに吐き出される白い息がとても弱々しい。もう自力で立ち上がる体力は残ってない。


 「大丈夫か?」目の前に手が差し出された。


 顔を上げる。相手は30代くらいの男性だった。膝下まである黒いロングレザーコートを着ている痩せ型の男性。髪は癖っ毛が入っているからかボサボサで、顎髭を蓄えている。だが、剃っているのか、口髭はない。


「すいま……せん」


 俺は手を借りて、起き上がる。支えがあってもフラフラ。隣には、膝に手を置き、呼吸している翔がいた。俺のこと、置いていかなかったんだ……


 「なんでそんな疲れ——」向こうを見ると男性は喋るのをやめてしまった。代わりにため息をつき、「あいつか?」と一言。


 えっ?——俺は慌てて振り返る。向こうから走ってくるシザードールが。俺らが必死に走り、またシザードールも疲れだしたことで、差は開いていた。だが、現在進行形で詰められている。


 逃げなきゃ! 差が開いた今こそ、逃げないと——


「こっち来てろ」


 コートの男性は俺らを自身の背中側へ。そして、ポキポキポキと指を鳴らし始めた。その仕草でこれから何をしようとしてるか分かった。


 この人、闘う気だ……


 「に、逃げたほうがっ!」俺はそう促す。

 「危ないですよ!」翔も続けて。


 聞こえてないのか聞いてないのか分からないが、男性からは反応がない。シザードールはハサミを構え、男性めがけて突っ走ってくる。

 俺は思わず目を逸らした。すると、「うぐっ」という声が聞こえ、直後、地面に叩きつけられる音が耳に届いた。

 恐る恐る目を開く。だんだんと脳内に情報が入ってくる。


 えっ……えっ!? ど、どういう、こと?

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