出口はある

「今日限りで、しばらく実況からは手を引こうと思うんだ」

「はぁ」

普通の休日に突然家に呼び出され何事かと思ったが、最後なので隣で見届けて欲しいのだと先輩は言う。表面上はともかく、内心では喜んで見届けることを決めた。

「しかし、どうして?」

「そろそろ自分も、受験生としての自覚を持たないといけないなーって思って」

もう少し早くそれに気付くべきではないのか、もしかして実況に手を出したのは現実逃避だったんじゃないのか。口にはしないものの、顔には出ていたらしい。勉強はきちんとしてるよ、という曖昧な答えが返ってきた。目が泳いでいるので、まだこれからなのだろう。ひとまず、始める気になった所を褒めるべきだろうか。

「というわけで、今回はこちら! 「出口はある」! タイトルから察する通り、脱出ゲームです!」

先輩ひ、僕が何かを言うのを妨げるように高らかに宣言。ゲームを『さいしょから』始めた。画面には倉庫らしき部屋が映っており、明らかに怪しいポイントから一見何の意味があるのか分からないものまで多数並んでいる。ポップコーンマシーン、ボロボロのマット、ブラウン管のテレビ。先輩は1つ1つに推測を立て、それを僕相手に話し続けている。先輩の予想は概ね当たり、ゲームの進行は最初の頃と比べスムーズだった。思っていたよりもずいぶんと長い間、このゲーム実況を続けていたらしい。この実況を通して知れたことは、先輩の声はとても魅力的だということだ。もちろん、元からそんなことは分かっている。しかし、実況という体でしゃべっている彼女の声は、いつもよりワントーン明るい。どちらも可愛らしい声だ。実況があったからこそ知れたのだと思うと、嬉しさを隠しきれない。幸福とはまさにこのこと。永遠にこの時間が続けば良いのに。

「どうしたら良いかなぁ?」

「ん? 先輩のことが好きですよ」

「えっ」

「え?」

先輩の驚いた声と見開かれた目を見つめる。チラリと画面を見れば、選択肢が2つ浮かんでいた。なるほど、先輩はこれについて聞いていたのか。なのに自分は、愚かにも先輩への好意を吐露してしまったと。彼女が俯き、表情を隠した。血の気が引いていくのを感じる。何か言わなければ、嘘ですよ、冗談です、本気にしないでください。言えない。嘘じゃないから。ここで逃げるなんてかっこ悪い。でも、だけど先輩はこんな好意を求めてはいないだろう。僕はただの後輩なのだ。先輩のそういう対象に入っているはずがない。視線に床が映ったとき、言葉がかけられる。

「そんなに優しい声で言われると、ちょっと本気にしちゃうじゃん」

その言葉のほうが、優しいじゃないですか。僕はふと出てしまった好意の言葉を、嘘になんて出来なくなった。彼女に向き直り、目線を合わせ宣言する。

「本気ですよ」

「本当に?」

「本当に僕は、先輩が好きです」

彼女の照れたような、驚いたような、嬉しいような目が可愛らしい。本当に可愛い。このままだとさらに失言をしてしまうと思い、僕は逃げに走る。

「……じゃないと、先輩のアレコレには付き合ってませんよ」

「そうだろうけど、ひどい!」

「では、もっとひどいことを聞きますね。先輩はどうですか?」

自分は逃げたのに人には逃げさせないってひどい人間だな。頭の片隅で客観的な評価が下る。その間にも先輩の視線を追いかけて、やがて先輩は逃げるのをやめた。

「……好きに決まってるじゃん」

「ですよね」

「そういう態度取るんだ!?」

組んでいた足を折り、正座をして姿勢を正す。つられたように先輩も背筋を伸ばした。

「これからも、よろしくお願いします」

精一杯の笑顔を先輩に向けたあと、頭を下げる。

「よ、よろしくお願いします……」

たどたどしい彼女の声が、あまりにも愛おしい。これからも、僕の知らない彼女の声が聞ける。

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