化学

「化学、終わった」

そう言ったのは、電話越しだった。

手は痛いし、グラグラと視界と頭が揺らいでいる。それでも、終わったという達成感がひたすらに嬉しい。一息ついて、そのままベッドへと横になった。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます!」

見れば、日付は既に変わり、冬休み終了日に差し掛かっている。数学に長らく手を焼いてしまった。解答するために必要な式が多すぎたんだ……。

「さて、報酬の話ですが」

「あぁ、うん」

一気に現実へと引き戻された。いや、向き合おう。向き合わなければならない。彼は私に付き合って起きてくれているのだし、家まで来てくれたんだ。姉への借金返済は、身内ということでまだまだ目を瞑って貰おう。

「明日1日、しんどいでしょうけど僕に付き合ってくれませんか?」

そう思っていたところに、意外な提案が出された。

「明日?」

「チケットがあります。水族館に、行きましょう」

「ごっ!」

予想だにしなかった出来事に、危うくスマートフォン落としかけたが、すんでのところで拾い上げる。

「ご褒美じゃん!?」

「言いましたからね、ご褒美『も』あるって」

「えっ、私でいいの? 彼女とか」

「蹴飛ばしますよ」

「やめて」

「疲れてるなら、別に行かなくてもいいんですよ。明日1日、寝てくださっても結構です」

「水族館に行くってだけで、元気になれる」

「単純ですね、安心しました。では、今から始業式へ向かう準備を済ませた後に寝てください」

「明日の準備ではなく?」

「せっかく終わった課題を、忘れたということで怒られたくはないでしょう?」

「ごもっともです」

「それでは、また明日」

「また明日! 楽しみにしてる!」

まるでデートのようだ。そう思ったが、彼は私のような人間にそうは思われたくないだろう。小林くんのような優等生には、もっと相応しい人がいるはずだ。

「次は、彼に頼らないようにしないと」

数度目になる宣言をし、私は課題を鞄へと入れるため立ち上がった。夜は、まだ明けない。

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