#170 Fly me to the sky(僕の手を引いて)

「お兄さん、何かお探しですか〜?」

「あ、あっ? え…ええ、ああ、あーはいはい、概ねそんな感じですね、えええはい」


 ほんとマジで「I miss you」って感じでメダパニ中の僕は、普段接することのない系の――なんつーか如何にも、何処に出してもイケてますって感じのオーラをそこかしこから振り撒く――同い年くらいの女性店員の距離の近さや言葉遣いにどうにも慣れなくて、妙に緊張してドギマギしつつSAN値を急速に消費する。


 というのも、そもそもね。

 バンドマンたる僕ら演者とそういった音楽を好むリスナー。

 そこから更に掘り下げて、僕達の様な枝葉を含んだシーン全体やカルチャー全般における――いわゆるバンド音楽界隈を好む人間は得てして――何かしらやどこかしらで、ちょっとばかり人生が上手く行ってないが故に屈折して、その上で偏屈な奴が多いからなぁ…。


 それ故にこういう感じでごく自然に全うに――普通に充実してパリピで華やかな空間で――その場所を体現するかの様な雰囲気の異性とは関わりが薄いので、若干どもって気恥ずかしい。なんなら僕はナイトプールとかいう盛り場は恥ずかしくて行けない系男子なのだ。


 とは言え、僕も思春期をとうの昔に終えたハタチを越えてそれなりに年齢を重ねた訳だし?

 何より少なからず女性というものを日進月歩を超える速度で理解しつつある今日この頃だ。


 だからこそ、毅然とした大和男子として僕は胸と声を張る。


「あーまあ、プレゼントを探してんですよぉ…」

「ええ…クリスマスのですかぁ? ちょっと〜。流石に準備遅くないですぅ? もうマジで直前じゃないですかぁ」


 そんな嘲笑の前日譚とも取れる気安くフレンドリーな言葉と共に軽くボディタッチ。語尾をだらしなく伸ばしながら僕の左肩に流行りのメイクで着飾った女性店員が触れる。


 あ、コレ…


 苦手なノリの極地だ。これ。煮詰めて凝集したそれを凝固した感じだわ。

 ふざけんなよ…これさあ、十年前の思春期の頃なら無駄に勝手に期待して、その挙げ句…呆気無く好きになっちゃうパターン入るよコレは。

 端的に表現すれば、ハイスクールの時分――自分のクラスメートの隣の席とかにいたら確実に好意を抱いてしまう系女子だ。

 はあ。絶対普通にモテるタイプ。彼氏と別れてすぐさま彼氏を作るタイプ。その上で寂しかったとかいう妄言をエビデンスに浮気を平気でする奴系。


 同時に僕がこれまで経験した数々の過去トラウマがフラッシュバック。後悔や恐怖が引き金となって、閉鎖的なネガティブに染まった呼び水に同調するみたいに反射的に数ミリ身を引く。


「あれぇ? なんか他に気になる商品とかありますぅ? なんなら、お出ししますけどぉ……?」


 そんな僕の精神的なアップダウンを知る由もない定員さんは当たり障り無い言葉を吐きながら更に距離を詰める。

 なんだコレもう無理無理無理ゲー極まるだろ。二周目でも不可能だろ。脳死のオートバトルが推奨される奴だろ!!


 数日前の、ピュアで女を知らない時分の自分よりも、なんだか更に人間性の症状や人格の病状が深刻に悪化した気がする。


 なので、もう僕は彼女無しでは生きられないのかも知れないね…と詩的で凄まじく私的な伏線を独白の中にみっともなく含めて、フラグを立てて張っておこうと思う。あくまで脳内の心中において。口に出せばただのキモいやつだ。


 と言うことで、眩いショーケースに並んだ金銀財宝を網膜におさめながらスタコラサッサのムーブを実行する。


「す、スィやすぇん。ちょっとオクリビトたる恋人カノジョの胃潰瘍が限界みたいなんでこの辺で。どうもすいませんありがとうございます…!」


 スマホを片手に着信があった風を装いながら実に鮮やかな退避行動をスマートにこなした。うん、これは彼女持ちっぽい余裕を醸し出せたことだろう。きっと。多分…僕の中では。


 そして、芸のない感じでそこらへんに点在するコーヒーショップに逃げ込んだ。

 チェーン店ってほんとにマジでそこらへんにあるからマジ便利。日本全国津々浦々へと業務を拡大した顔や名前を知らない初代店主に感謝とリスペクトと紙幣を最大限捧げよう。


 湯気が漂うアメリカンコーヒーをトレイに載せた僕は固いソファに尻を預けてから、今の荒ぶる心境を言霊として昇華する。


「ああァゥ、おおぅ母なる神よ…愛する大地よ…迷える子羊に似た惨めな我に。相応なる救いを与え給え…ああ、ウナ。イナメキアーメン、ハレルヤ…サティスファクションッ……!」

「えーいやいやアラタさん…色々なんだか過ぎでしょ。一体全体なんの宗教にハマったんですか? どんな教祖に出会ったんですかっ? この前会ったときはそんなんじゃなかったでしょ…?」


 かつて太陽神が席巻した遠き宇宙よりはるばる飛来し、鉄壁に近いアルミホイルでも防げない強靭な怪電波が含んだ宣託に似た感情を口走る僕の前には――いやいや結構それこそまあまあ―――互いの精神的な恥部を晒しあった親しき女性がいた。


 死ぬ程困り顔で、形容し難い形に眉間を歪めた麗しき女性は僕の対面に当たり前の様に座った。


「それで? 何がどうなって、怪しいメンタルとステータスになりさがってんですか――、」


 ねえ、義兄にいさん?


 そう微笑んだのはマジで見知った人物で、今回の事の起こりや出自に大変関わる年下女性。

 つまりは僕の恋人たる女性である新山彩夏アヤカの実妹という肩書を持った女子大学生。


 僕や――彼女の実姉である麗しき恋人がかつて過ごして通り抜けてきた灰色に煤けた過去とは、マジで一線を画する華やかな人生経験を持った女性がトレイを片手に席に着く。


「とはいえ、なんだか面白そうな話題の気配をビンビンに感じます! ただまあ、一つ言っておくと、アラタさん…私はいつだって義兄あなたの味方ですよ?」


 僕も恋人も。

 義兄も実姉も。


 そのどちらも持て余すような劇物極まりない、核兵器を思わせる切り札ジョーカーが僕の前に位置どった。

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